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ファシズムの足音

二月蜂起の余波

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 ……大丈夫よ。もう少しは喋ることができそう。ふふ、貴方が純粋に心配してくれたようなのがとても新鮮ね。私自身の行いによって起きたのではないことで打ちのめされたくだりだから、なのかしら。私も、時代に翻弄された人間のひとりなのだと、やっと分かってくれたのかしら。このウィーンで、この屋敷からもほど近いところで起きたことだから、さすがに面白がる余裕もないのでしょうね。

 そこの、ストールを取って──人は呼ばなくて良いわ。ただ、あの日の寒さを思い出してしまっただけよ。よろめくようにこの家に戻る道では、真冬の風が身を切るようだった。私はあの日は毛皮を着ていたのかしら。とても良い品だったのに、全然暖かくなかったのよ。あの時私は、ゴルディに二度と会えないのではないかと思った。だって、あの日だけでも千人以上の亡くなって──殺されてしまって、行方が分からなくなってしまった人もたくさんいた。市街を半日かそこらさ迷っただけの私でも、無残な死体をいくつも見ることになった。顔も分からない死体のどれかに彼がいたのだとしたら? 何より、二月蜂起──あの日のことは後にそう言われることになったのよ──の後、社会民主党は非合法化されてしまった。捕縛を逃れようとするなら地下に潜伏するしかなくて、だから彼が生きていたとしても私の前に姿を見せる訳にはいかなかったかもしれないのよ。

 彼の生死が判明するまでに、さらに二週間はかかったのかしら。もう三月に入っていたと思うけれど、この屋敷にも捜査の手が入ったのよ。今の静かさや穏やかさからは想像もできないでしょう。ここは何度も無礼で乱暴な人たちに踏み荒らされているの! 何しろ私には祖父と父から受け継いだ莫大な財産がありますからね、今や非合法な反政府組織に仕立てられてしまった社会民主党を支援するのは許さないという訳よ! ゴルディは私のお金をあてにしたことなど一回もなかったというのにね。私だって──彼らが疑っていたように──外国へ不正な送金をしただとか、スパイまがいの活動をしたことなんてなかったわ!
 取り調べというのは本当に不快なものだったわ。結論ありきで、答えるべきことはあらかじめ決めつけられていて。ある意味では、貴方たちのインタビューに応じるのにも似ているかしら。もちろん、あちらの方がずっとずっと悪いけれど。ただ、調書を取る時に素性を尋ねられたのは少しだけ面白かったかしら。父は、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子ルドルフ! 祖父は、皇帝フランツ・ヨーゼフ! もちろん私のことは、「赤い皇女」の評判は知った上で臨んでいた人たちだったでしょうに、面と向かって私の口からあの方たちの名を聞くと、どういう訳か畏まってしまったみたい。──それで、だから、なのかしら。ゴルディも拘留されているのだと、やっと教えてもらえたという訳よ。

 でも、彼の居場所が分かったからといって、手放しで喜ぶ訳にはいかなかったわ。ゴルディは、何年か前から胆嚢炎と膀胱炎を患っていたのよ。なのに拘置所にずっと置いておかれるなんて。私が食事を差し入れるのは許されたけれど、身体が悪い人に対してなんてひどい仕打ちでしょう。狭い部屋に閉じ込められて、運動も、太陽を見ることさえろくにできなかったのよ。騒乱罪ですって? 誰よりも穏やかで理知的で、内乱を避けるために駆け回っていたあの人が! ひどい言いがかりなのに、政治的立場が異なる人でさえも彼の人柄について公平な証言をしたのに──なのに、公判が終わり、彼の「刑期」が終わるころにはすっかり夏になってしまっていたわ。愛する人と、晴れて再びこの屋敷で会うことができて、どれだけ喜んだことでしょう。彼の笑顔を見ることができて、どれほど安堵したことでしょう。
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