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ファシズムの足音

世界恐慌

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 敗戦国のオーストリアに、軍隊や武装警察の配備が制限されていたのは、きっと後になってみれば悪いことだったのでしょうね。そのせいで、治安維持、国境の警備、反ボルシェビキを掲げて各地で武装自警団が結成されたのだから。その名も郷土防衛運動ハイムヴェーア──でも、結局は保守派の私兵に過ぎない暴力的な勢力だったわ。そんな人たちが武力をちらつかせるなら、社会民主党も対抗せずにはいられない。社民党が独自の武装組織、共和国防衛同盟を結成したのは、自衛のためだったのよ。保守派からは、武力行使によるプロレタリア革命を目論んでいることの証左だと見られてしまったようだけど!

 そうなると、リングシュトラーセやプラ―ター公園でのデモはもう性質を変えてしまった。女子供が混ざってインターナショナルを歌ったり手を振ったりするような、ある種和やかなものではなくて、それぞれの陣営の示威行為になってしまった。私と出会ったころのゴルディだって防衛隊の隊長だった。彼のもとを訪ねると、部屋には銃がずらりと並んでいたものよ。最初の夫の時と違って、そしてあのころの私たちは正式に結婚した訳ではなかったけれど、敬愛する人、人生の後半の伴侶にと考え始めた人が戦いを覚悟しているという事実はとても恐ろしいものだった。彼だってもう四十代の半ばで、余生を考え始めても良い歳だったのでしょうに。時代は、それを許してはくれなかったのよ。

 左右両陣営の緊張の、最初の破局は一九二七年のことだったわ。シャッテンドルフというところで、社民党のデモに対して右派の自警団が発砲したの。子供が亡くなったのに、引き金を引いた犯人たちには無罪の判決が下った! 裁判官が思想的に偏っていたのは間違いなかったでしょうね。不当としか言えない判決に、全国の労働者の怒りは燃え上がったわ。でも、これははっきりと言っておくけれど、ゴルディをはじめとする社会民主党の指導者は、労働者を焚きつけたりしなかったのに! 抗議の集会もストライキも、民衆の怒りのごく自然な発露だった。彼らの気持ちを十分理解したうえで、党の指導部は冷静な行動を呼びかけようとした──でも、力が及ばなかった。
 ウィーンのデモは騎馬警官隊によって鎮圧されたわ。武装もしていない労働者たちが、狩りの獲物のように馬上からピストルやサーベルで襲われ、馬の蹄で蹴散らされたのよ。私は、その恐ろしい瞬間を見た訳ではないわ。そのころ住んでいたシェーナウの館は、ウィーンの市街地まで遠かったから……私とゴルディが駆けつけた時にはすべてが終わっていた──終わりかけていたところだった。怪我人や遺体が運ばれるるところだったのよ。祖父が作り上げたリングシュトラーセに血が流れるところを、私の目で見なければならなかったなんて!

 でも、あの事件そのものよりも余波の方が恐ろしかった。社会民主党は、労働者を制御することも、独自の武力を動かすこともできなかったと、全国に見せつけてしまったのよ。オーストリアの社会民主主義は、どこか優雅でのんびりとした雰囲気だったと言ったでしょう? それが、完全に裏目に出てしまったのよ。社会民主党の凋落を他所に、郷土防衛運動はますます勢いを増した。イタリアのムッソリーニも彼らに武器や資金を援助していた。オーストリアの政治的混乱を助長するための策でしかなかったのでしょうけど!

 そうこうするうちに、一九二九年よ。大恐慌が世界中を揺さぶった年! すでに経済も内政もがたついていたオーストリアは、いっそう激しく揺れ動くことになった。最大手のクレジット・アンシュタルト銀行でさえ破綻の危機に陥って、救済のために外貨準備金のほとんどが外国に流れた。外国の債権者たちがオーストリアに望んだのは、徹底した緊縮措置よ。彼らの投資を焦げ付かせないための。そこには、労働組合や社会民主党が口を挟む余地はなかった。ええ、国の財政のためですもの、譲歩も対話も必要なのは分かり切っていたわ。貴方は、まるで愚民が足を引っ張ろうとしたかのような言い方をするのね! でも、国を思うこと、大局で考えるということは、完全に口をふさがれるということではないはずでしょう。ナチスやヒトラーを批判するのと同様に、当時のオーストリア政府だって批判されるべきでしょう。
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