43 / 73
運命の出会い
ささやかな幸せ
しおりを挟む
私を、ハプスブルク家出身のもと皇女を転向させられることができそうだと見て取ったからだったのかしら、それともこんな私にも少しは魅力が残っていたのかしら。オットーとの離婚が成立して、穏やかな生活が戻ってからも、ゴルディは頻繁に私の館を訪ねてくれた。子供たちにとっても良い教師になってくれたわ。勉強という意味だけでなく、本当の父親が与えてはくれなかった善き人としての生き方や誇り、世間知とでもいうようなことを教えてくれた。そうそう、彼の息子はオットーというの。最初の夫のオットーに、最後の皇太子のオットー・フォン・ハプスブルクに続いて、私の人生に登場する、三人目のオットーということになるわね。ゴルディに似たのでしょう、落ち着いて礼儀正しい、聡明な若者だった。今でも私が息子という時は、オットー・ペツネックを思い浮かべることもあるくらいなの。弁護士でね、とても頼りにしているの。──それは、今の時代のこと、あの当時はこんなことになるとは私たちの誰も思っていなかったのだけど、とにかく、それくらい、私たちは家族ぐるみで交流して、信頼関係を築いていった。
ひとりの男性と対等に語らい、絆を深めていくというのは私にとっては初めての経験だったわ。祖父は肉親である以前にあまりにも偉大な皇帝だったし、私には父の記憶はほとんどないから。最初の夫のオットーにしろ、レルヒにしろ、見栄や打算と無縁の関係ではいられなかった。私を崇拝した人も、愛を囁いた人も数えきれないほどいたけれど、それは絵画や彫刻を愛でるようなものでしかなかった。そうね、私の方だってお高く止まって周囲を見下して、交わろうとしなかったのも確かなのだけれど。でも、同じ目線で心の内側を明かそうと思える人に、それまでは出会えなかったのも本当なのよ。
オットーとの結婚の時には、私、とても焦って急いで話を進めてしまったわ。それに、何より若かったから、勢いというものがあったのね。でも、離婚裁判の決着が着くころには私は四十歳近くなっていた。最初の結婚の時よりは分別もついていたし、一方では臆病になっていたともいえるでしょう。ゴルディの訪れを心待ちにして、時に党の集会にも参加しながら、私たちの距離が縮まっていくのはごくゆっくりと、だったわ。私たちはずいぶん長い間、良いお友達だったの。でも、物事は自然な方へ流れるものよ。水のように、時のように。決して燃え上がることはなくても、私たちは確かに愛し合うようになっていった。そのころには子供たちも大きくなって──母の恋にも、そっと目を瞑ってくれるようになっていた。ゴルディが、私のもとに通うのではなくて、館で夜を過ごし、さらに何日も留まってくれるようになったのは、いったいいつごろからだったかしら。一九……二三年とか二四年とか、それくらいのことだったでしょうね。
少女時代から中年にさしかかるまで、私はずっと落ち着かずにもがき続けてきたようだったわ。自由のため、家や身分という軛から逃れるために。その手段として得た夫からも、後には戦わなければならなくなった。愚かな振る舞いや、思慮に欠ける行いもたくさんしてしまった。そうして時間をかけて回り道をして、やっと安らかな日々を得ることができたのよ。
──そう言い切ることができたら、どんなにか良かったでしょうね。私自身があのころ信じていたように、子供たちを旅立たせた後、愛する人とゆっくりと余生を過ごしました、で人生を締めくくることができたなら。
ひとりの男性と対等に語らい、絆を深めていくというのは私にとっては初めての経験だったわ。祖父は肉親である以前にあまりにも偉大な皇帝だったし、私には父の記憶はほとんどないから。最初の夫のオットーにしろ、レルヒにしろ、見栄や打算と無縁の関係ではいられなかった。私を崇拝した人も、愛を囁いた人も数えきれないほどいたけれど、それは絵画や彫刻を愛でるようなものでしかなかった。そうね、私の方だってお高く止まって周囲を見下して、交わろうとしなかったのも確かなのだけれど。でも、同じ目線で心の内側を明かそうと思える人に、それまでは出会えなかったのも本当なのよ。
オットーとの結婚の時には、私、とても焦って急いで話を進めてしまったわ。それに、何より若かったから、勢いというものがあったのね。でも、離婚裁判の決着が着くころには私は四十歳近くなっていた。最初の結婚の時よりは分別もついていたし、一方では臆病になっていたともいえるでしょう。ゴルディの訪れを心待ちにして、時に党の集会にも参加しながら、私たちの距離が縮まっていくのはごくゆっくりと、だったわ。私たちはずいぶん長い間、良いお友達だったの。でも、物事は自然な方へ流れるものよ。水のように、時のように。決して燃え上がることはなくても、私たちは確かに愛し合うようになっていった。そのころには子供たちも大きくなって──母の恋にも、そっと目を瞑ってくれるようになっていた。ゴルディが、私のもとに通うのではなくて、館で夜を過ごし、さらに何日も留まってくれるようになったのは、いったいいつごろからだったかしら。一九……二三年とか二四年とか、それくらいのことだったでしょうね。
少女時代から中年にさしかかるまで、私はずっと落ち着かずにもがき続けてきたようだったわ。自由のため、家や身分という軛から逃れるために。その手段として得た夫からも、後には戦わなければならなくなった。愚かな振る舞いや、思慮に欠ける行いもたくさんしてしまった。そうして時間をかけて回り道をして、やっと安らかな日々を得ることができたのよ。
──そう言い切ることができたら、どんなにか良かったでしょうね。私自身があのころ信じていたように、子供たちを旅立たせた後、愛する人とゆっくりと余生を過ごしました、で人生を締めくくることができたなら。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
春雷のあと
紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。
その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。
太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……
呪法奇伝ZERO~蘆屋道満と夢幻の化生~
武無由乃
歴史・時代
さあさあ―――、物語を語り聞かせよう―――。
それは、いまだ大半の民にとって”歴”などどうでもよい―――、知らない者の多かった時代―――。
それゆえに、もはや”かの者”がいつ生まれたのかもわからぬ時代―――。
”その者”は下級の民の内に生まれながら、恐ろしいまでの才をなした少年―――。
少年”蘆屋道満”のある戦いの物語―――。
※ 続編である『呪法奇伝ZERO~平安京異聞録~』はノベルアップ+で連載中です。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女奉行 伊吹千寿
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の治世において、女奉行所が設置される事になった。
享保の改革の一環として吉宗が大奥の人員を削減しようとした際、それに協力する代わりとして大奥を去る美女を中心として結成されたのだ。
どうせ何も出来ないだろうとたかをくくられていたのだが、逆に大した議論がされずに奉行が設置されることになった結果、女性の保護の任務に関しては他の奉行を圧倒する凄まじい権限が与えられる事になった。
そして奉行を務める美女、伊吹千寿の下には、〝熊殺しの女傑〟江沢せん、〝今板額〟城之内美湖、〝うらなり軍学者〟赤尾陣内等の一癖も二癖もある配下が集う。
権限こそあれど予算も人も乏しい彼女らであったが、江戸の町で女たちの生活を守るため、南北町奉行と時には反目、時には協力しながら事件に挑んでいくのであった。
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる