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運命の出会い

台頭する階級

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 私は帝国が辛うじて体制を保っていたころから、社会民主主義という思想を知ってはいたわ。父の予言は、私の胸にずっと棘のように刺さっていたから。帝国が滅びるとしたら、何が起こるのだろう、諸民族はそれぞれの王国を作るのか、それとも別の政体ができるのかしら、って、興味と、それに不安を抱かずにはいられなかった。王族や貴族というもの、宮廷や社交界というものが堅苦しくてくだらないと思うようになるほどに、同じような世界がずっと続いていくとは思えなくなっていったのよ。そこへ、ロシア革命と、終戦間際に各地で起きた労働者や兵士たちの蜂起! これからの時代を担うのは彼らではないのかと考えるのは、当然の成り行きというものでしょう。共産主義革命への警戒から、もと貴族や富裕層ブルジョワジーと、労働階級の対立は深まるばかりで──そして、前者が没落する階級だとしたら、後者に与することも考えなければならないでしょう?

 私は、彼らとはもっとも相容れない出自の女であるはずだった。私の手は労働を知らず、衣食住に苦労したこともほとんどなかった。私の財産はもっぱら父祖から受け継いだもので、しかも、その由来からして民衆から搾取したと謗られかねないものだった。私の醜聞や凋落を悦ぶ人も多いと、私は既によく知ってもいた。でも、だからこそ私がなりふり構わず助けを求めることは、彼らにとっては大きな成果になるのではないかとも思ったの。「最後の」皇帝の孫娘が労働者たちの前に跪いて助けを乞うという構図は、きっと良い宣伝になるのでしょう。彼らの政敵にとっては打撃になるのでしょうし。それだけの効果と引き換えならば、私を助けてくれるのではないか、裁判所に働きかけてくれるのではないか──そう、私は期待したのよ。

 さあ、ここでやっとあの日のことに話を戻せるわね。オットーが、子供たちを連れ去るために私の館に押しかけた日。ハプスブルクのもと皇女が泣き喚くさまを眺めようと、多くの人が集まった日。私は、あの人たちの期待通りに怖気づいたりしなかったわ。ええ、決して! でも、子供たちが可哀想でならなかった。あんなに大勢の人に囲まれて、久しぶりに会う「父親」は険しい顔で、知らない人たちが手を伸ばそうとしてくるのよ。読み上げられる執行状の内容の、すべてを理解することはできなかったかもしれないけれど、ただごとではないとは分かったでしょうに。子供たちは、必死に私にしがみついて、執行官に小さな手や足を懸命に振り上げていたわ。なんて胸が締め付けられる、痛々しい光景だったでしょう!

 でもね、あの時あの場所に集まっていたのは、私の敵だけではなかったの! オットーも、予想だにしなかったでしょうね。彼の味方だと信じていた野次馬の中から、彼に立ち向かう声が上がるなんて! 子供たちを連れて悠々と立ち去るつもりでやって来た彼が、貴族出身の軍人らしく、ぴしりとした制服を纏っていた彼が! はるかにみすぼらしい身なりの労働者に歯向かわれて、あまつさえ気圧されることがあるなんて!

 ええ、社会民主党の人たちは、哀れな母親を見捨てなかったの。私の訴えに耳を傾けてくれたのよ。周辺の住人からも話を聞いて、オットーがいかに心ない父親だったか、私がどれだけ子供たちのために尽くしてきたか、戦時中の心細い折に、ほかの人たちに手を差し伸べたのかを堂々と語ってくれたのよ! 彼らの演説は、見物のために集まった人たちの心をも動かした。帰れ、と上がった声は、最初はまばらだったけれど、次第にオットーたちを脅かすような大合唱になったわ。多勢に無勢なのを見て取ったのでしょうね、それでオットーは無様に敗走したという訳よ!
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