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離婚裁判の行方

判決

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 最初の判決では、一九二〇年の六月に子供を引き渡せ、との判決だった。でも、幸いにも指定の日に命令が執行されることはなかった。子供たちが泣いて連れて行かれるのを嫌がったからよ。別に、私が何を言い含めた訳でもなかったけれど。ろくに顔も見せない父親が養育権を主張するなんて、やっぱり間違いだったのよ。あら、貴方はまた彼を庇うのね。祖国のために従軍していたという一事だけで、仕方ないと言ってしまえるの? 貴方も男だから、それとも、彼の方が貴方に近い身分だったからかしら。彼が家庭を顧みなかったのは戦争が始まる前からだというのに。それに、父を慕う思いが子供たちにあるなら、たまに会うだけでも喜んで纏わりつくのではなくて? そうならなかったのは、彼が父親としても義務を果たしていなかったからではないのかしら。私はもちろん、日ごろから子供たちには何も漏らしていませんでしたとも。子供に両親の諍いを見せないようにと、私は常に心を砕いていたのよ。そんな、オットーこそがやりそうなことはしなかった! 子供たちの純粋な目で見ても、母の方、私の方に理を見てくれたというだけでしょう。

 子供たちの思わぬ抵抗に遭って、オットーはいったんは引き下がった。でも、出直したところであの男の思い通りにはならなかった。子供たちは、今度は不安のあまりに、そして父親を嫌がるあまりに熱を出してしまったから。これも、私の虚言などではなかったわよ? 医師の診断書も提出したのだから。それこそ、証拠があることよ。子供たちの健康を案じるからこそ、私は最初からオットーには渡せないと主張していたのよ!
 子供たちの体調を窺いながら、私とオットーは裁判所を挟んで何か月も睨み合ったわ。なんて張り詰めた、神経を削られる日々だったことでしょう。まるで、綱渡りをするような! 私は子供の容態が悪いと訴えては、父親には渡せないと主張した。オットーは、「優しく思いやりのある父親」を演じてどうにか子供たちを懐柔しようとした。私に似てしまったのか、頑固な息子たちに手を上げてしまって、その努力を自ら無にしてしまっていたけれど! 一九二〇年は、そんな一進一退の「戦況」で暮れていったわ。戦争が終わったというのに、私たち一家には心から祝えるクリスマスなんてなかったの。子供たちはずっと落ち着かなかったし、こんな引き延ばしがいつまでも通用するものかどうか、私だって不安で仕方なかったから。

 そして実際に、裁判所はついに最終的な判決を下したわ。子供についての権利はすべて父親に帰するのが法である、と! オットーの見た目だけの優しさや父性愛に、裁判官はすっかり騙されてしまったのよ。彼の、戦場での華々しい「武勲」や、私が糾弾されるべきかつての支配者の家系の出身であるという事情も影響したのでしょうね。それに、父や夫の権利が強かった当時の気風も。変化や、旧来の「常識」が乱されることを嫌うのは貴族社会に特有のことではなかったのよ。女風情が小賢しい口をきいて秩序を乱すな、とでも考えたのでしょう。本当に、旧弊というのは度し難いことだわ。正義を執行すべき裁判において、そんな凝り固まった愚かな考えがまかり通っただなんて!
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