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離婚裁判の行方

夫への糾弾

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 最初の舞踏会で私が見たと思った魅力的で快活な士官は、上辺だけだった。あの男の本性は、つまらない見栄っ張り、傲慢な浪費家。知識も教養も、好奇心さえない癖に、それを恥じることもしない。むしろ男らしさだと勘違いしていたようね。私との関係が破綻したのだって、私だけのせいではない──オットーの方にこそ、より多くの責任があったくらいではないかしら。そうね、私は自由になるために彼を利用しただけだった、それは何度も言っている通りの真実よ。でも、あの男が結婚を維持するための努力を何らしなかったのも厳然たる事実なのよ? 私が子供たちを連れ歩いたのが不満なら、旅に同行すれば良かったでしょうに。いつも人に囲まれていないと気が済まなくて、海辺のお城で家族で団欒するような、そんな穏やかさを嫌って──彼の方こそ、私や子供たちを捨てて軍務や狩りや乗馬にのめり込んでいたのでしょうに。それに、何より女に! 私が子供たちに付き添っている間に、オットーは女優だか娼婦だと寝室を共にしていたのよ。そう、私が逢引の現場にピストルを持ち出したという話はもうしたでしょう。あれは、子供たちのためにも彼の放蕩に釘を刺さなければいけないと思ったからでもあったのよ。それに、私は、彼にとって祖父からお金を引き出すための口座とか証券みたいな存在ではないのだと、思い出してもらいたかったの。オットーは、最後まで分かってはくれなかったようだけど。

 彼の態度次第では、私たちはもっと円満に、お互いの評判を傷つけることなく別れることもできたのよ。彼がもっと私に歩み寄ってくれるような人だったら、ふたりして手を取り合って貴族社会というものに背を向けることもできたかもしれない。そうならなかったのは、彼の人格にも問題があったからではないのかしら。ねえ、貴方はどう思う?

 オットーの「糾弾」に応じるために、私はレルヒのことさえ引き合いに出したわ。亡くなってしまった彼がいかにオットーと違って勇敢で知性に溢れていて、素晴らしい男性だったかを堂々と語ったの。私がオットーを裏切ったのだとしたら、それは彼に魅力が書けていたせいだと痛烈に言ってやったのよ。レルヒを愛したことをまったく後悔していない、って! ええ、もちろん私の本心とは少し異なることよ。彼は、少しの間慰めになってくれただけ、私は決して彼との関係に溺れた訳ではない──でも、後悔していなかったのは本当よ。彼への敬意も、感謝もね。レルヒだって、最後までオットーの私への仕打ちを心配してくれていたのだもの、私が彼を称える言葉を連ねたからといって天国で不満に思うことなんてないでしょう。要するに、私はオットーのちっぽけなプライドをへし折ってやりたかったのよ。妻の心を得ることもできなかった癖に、妻を満たすこともできなかった癖に、夫としての立場を主張するなんて図々しいというものでしょう。

 オットーの欠点はそれだけではなかったわ。私との結婚の「代償」に受け取ることになった年金、何だかんだと口実をつけて、ことあるごとに祖父から引き出した何万クローネというお金を、彼は私に無断で浪費していた。私を世間知らずと侮って、というか、実際に私が気付いたのも遅すぎたのだけど、あろうことか赤字さえ出していたのよ。オットーの強欲さの証拠はそれだけじゃないわ、私が病気で手術を受けることになった時には、あの男は自分に全財産を譲るように遺言を書かせていたのよ。私を案じるよりも先に、遺産の心配をしていたの! これも、妻に対してはずいぶん薄情なこと、世間に大声で言えないようなことには違いないわね? 不名誉なことを白日のもとに晒すことになったのは、良い気味だとしか言えなかったわ。
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