ich rede nichts 赤い皇女は語らない

悠井すみれ

文字の大きさ
上 下
33 / 73
離婚裁判の行方

離散する一族

しおりを挟む
 第一次世界大戦が終わった後のハプスブルク家はもはや皇室ではなく、一族の者たちは統治権を放棄して共和国の市民として生きるか、あくまでも支配する一族であると言い張って追放されるかを選ばなければならなかった。前者には、例えば叔母のマリー・ヴァレリー大公女がいらっしゃる。私の父、皇太子ルドルフの妹君ね。祖父亡き後の帝国は滅びるだろう、と。予言のような遺言を受け取った方でもある。だから国を離れるように、という忠告には従わなかった代わりに、あの方は時代の変化を速やかに受け入れられたのでしょう。戦後すぐ、大恐慌の前に亡くなられたけれど、祖母の別荘であるヘルメス・ヴィラを継いで、かつてとほとんど変わらない生活ができたのだからきっと幸せだったと思うわ。その後にこの国がどうなったかを思うとなおさら、ね。

 最後の皇帝カールとその家族は、後者の、つまり共和国に背いて帝位を主張し続ける道を選んだ。だから、あの最後の皇太子、オットー・フォン・ハプスブルクは六歳かそこらで祖国を追われて亡命者になったということになるわね。それ以来、あの子はオーストリアに、少なくとも正式には足を踏み入れていないはず。ほとんど知らない「祖国」の帝位を主張し続ける人生がどんなものなのか──いいえ、私が取りざたする権利もまたないわね。私は自ら帝位継承権を放棄したのだから。
 マリー・アントワネットが断頭台の露と消えたフランス革命に比べれば、祖父の帝国はずっと緩やかに、ずっと穏やかに崩れ落ちたわ。帝政から共和制に国のかたちを変えたと言っても、革命とも呼べるかどうかも微妙なところでしょうね。少なくとも、ロシア──というかソビエト連邦から伝播しかけた共産主義は、オーストリアでは根付かなかったから。

 だからといって、私と子供たちの生活が安寧とはほど遠かったのはこの前話した通りよ。頼れる人もなく、むしろ民衆からは戦争を始めた皇帝の身内、彼らの困窮を他所に贅沢に耽っていた一族と謗られかねない存在だった。まして私は、オットーとの結婚生活の間の醜聞のお陰で、すっかり味方をなくしていたから。母でさえも、もう私の話を聞こうとしてくださらなかった。策に溺れたのだと、今なら認めても良いでしょう。私は、オットーとの結婚を進んで破綻させた。自らレルヒと浮名を流して、オットーに恥を掻かせて怒らせた。それは、やりすぎだったのだ、と。

 でもね、それが私だったの。賢明な淑女らしく夫を立てて操るとか、お互いに見て見ぬふりでそれぞれの愛人とよろしく過ごすとか、そんな真似はできなかったの。百か零か、勝つか負けるか──自由か、束縛か。何ごともはっきりさせなければ気が済まない性分なのよ。誤解もされたし苦しみもしたけれど、私は私の選択を甘んじて受けましょう。私、決して自分のことが嫌いではないのよ。だから結局のところ、結果は同じだっただろうし、私がやることも同じだった。つまり、全力全霊を賭して立ち向かう、ということ! だから、貴方が何度尋ねようと同じこと、私は泣き言なんて聞かせてあげないわ。あら、それでも良いの? 強がりなのか本心なのか──いいえ、私にはどうでも良いことね。それよりも話の続きをしましょうか。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

くじら斗りゅう

陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

豊家軽業夜話

黒坂 わかな
歴史・時代
猿楽小屋や市で賑わう京の寺院にて、軽業師の竹早は日の本一の技を見せる。そこに、参詣に訪れていた豊臣秀吉の側室・松の丸殿が通りがかり、竹早は伏見城へ行くことに。やがて竹早は秀頼と出会い…。

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

処理中です...