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離婚裁判の行方

亡き夫に捧げる薔薇

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 お久し振りね。といっても一ヶ月も経っていないかしら。まだ本格的な冬にならないのはありがたいこと。さほど長く間を空けた訳でもないのに久し振りだとか言ってしまうなんて、私も気弱になってしまったものね。貴方のような人に会いたいだとか話をしたいだなんて、若いころなら絶対に思わなかったはずなのに。親しく話せる人が減ってしまうということは、本当に悲しいことね。私も長く生き過ぎたということなのでしょうけれど。そして、今の世界には悲しいことが多すぎるから、だから、昔のことと引き比べてああだこうだ言いたくなってしまうのかしら。私は、若いころはもっと強いはずだったと思うのだけど。

 それで、私の口を滑らかにするための話題は見つかったかしら。ずいぶん自信がありそうな顔だから、なんだか面白くない気もするけれど。──ああ、またお花をくれた。夫のための白い秋薔薇。良い香りで素敵ね、ありがとう。それで、夫の魂の安らぎを祈ると同時に、彼との馴れ初めを聞きたい、ですって? 悔しいけれど、良いところを突いたわね。最初にお会いした時も言ったと思うけれど、亡くなった夫のことを出されると弱いのよ、私。祖父や父や……ほかにもたくさんの人たちと違って、彼がいないということにまだ慣れていないのでしょうね。だから、彼を悼んでくれるという人にはとても甘くなってしまうの。貴方は打算でそんなことを言い出したのでしょうし、ちょうどよくこの前までの話の続きになってしまうのも癪ではあるのだけれど。ええ、でも、私や私の家族の醜聞だとか裏話を掘り返そうとするよりは、ずっと良い話題には間違いないのでしょうね。

 だから、今日ばかりは語ってあげましょう。私が「本当の」運命の人、レオポルト・ペツネックとどのようにして会ったのか。王侯貴族とはもっとも相容れない思想のはずの彼と、どうして生涯の伴侶になったのか。それは、最初の夫、オットー。ヴィンデッシュ=グレーツと正式に絶縁するために、私がどれほど戦い苦しまなければならなかったかという話でもあるし、祖父の帝国が滅び第一次世界大戦が終わった後、「手足の取れたトルソーのような」オーストリア共和国がどのように生き延びようとしたかの話でもある。それに──貴方にとってはこれが一番重要かもしれないけれど──ちょうど、私が赤い皇女と呼ばれ始めたころの話でもあるわね。この花のお礼と思うなら、それくらいは良いでしょう。

 ああ、私の人生には本当に多くの転機があること。思い出すだけでも疲れてしまいそうになるくらい。いいえ、でも、安心してね。まだ話し始めてもいないのだもの。この婆さんの体力と気力が続く間は、お喋りをしてあげるから。
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