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崩壊する世界

終戦、そして新たな時代の始まり

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 帝国の諸民族のうちでチェコスロヴァキアが真っ先に独立を宣言したと聞いた時、私はまったく驚かなかったわ。プラハにいたころに、彼らの気質を間近でよく見て、肌で感じていたから。初代大統領のマサリクとは知己でもあったし、彼らの誇りも知っているからこそ、当然の帰結だろうと思えたわ。カール帝の息子の方のオットーにしてみれば、チェコ民族は許しがたい反逆者だそうだけれど。

 でも、私はまた違う感慨を抱いていたわ。国が滅びる時にはこういう形もあるのね、って。戦火によって灰燼に帰すのではなく、民衆による革命とも少し違う。祖父が統治していた広大な領土、その部分部分が、各民族の独立によって削り取られるように国の名前を変えてしまうの。私、昨日も貴方に言ったでしょう。幼いころから慣れ親しんで、子供たちを連れて訪れた地や、レルヒとの思い出の海が、ある日を境に別の国になってしまうの。そして今ではいくつもの国境の彼方で、微かに漏れ聞こえるニュースに心を痛めるだけなのよ。世界が崩れ落ちていくような、手に掬い上げた砂がどんどん零れ落ちていくような──あんな心細い思いは、もう二度としたくないと思ったものよ。ええ、貴方もきっとよく知っている通り、あの時に限らず世界は変わり続けて、辛うじて安定したかと思うとまた崩れ落ちるのよ。この半世紀というもの、ずっとその繰り返しだった。私にとってもあらゆる人にとってもそうでしょう。でも、何度絶望しても慣れるということはないわね。何度でも今度こそは、と思うのに、そのたびにまだどん底ではないと知らされるのよ。だから、第一次大戦の終戦は、私にとってはひとつの通過点であると同時に、着地点に過ぎないともいえるのかしら。

 チェコスロヴァキアの独立は一九一八年の十月末のことだった。すぐにハンガリーも、オーストリアと並んで祖父の帝国の名に冠された国、祖母も愛した国も続けて独立を宣言した。十一月に入ってすぐにドイツ皇帝はオランダに亡命し、その翌日にはカール帝もいっさいの国事行為から退く宣言をしてホーフブルクを後にしたわ。臨時首相のレンナー──私もよく知っているし、夫ともどもお世話になった人だけど──は、皇帝でなくなったカール・フォン・ハプスブルクに、「ハプスブルクさん」って呼びかけたのだそうね。本人から直接聞いたわ。何と言っても親戚ですからね、だから教えてくれたということなのでしょう。もう、陛下、と呼ぶ訳にはいかなくなったから、って。ほんの一ヶ月も経たない短い間に、砂の城が崩れるようにそれだけのことが立て続けに起きたのよ。長きに渡って中欧を支配したハプスブルク帝国の最後は、とてもあっけないものだった。

 ひとつの大帝国の終焉と共に、とにかくも戦争は終わった。でも、私にとっても、あの時代に生きていた誰にとっても、何ひとつ終わりではなかったわ。何もかもがこれまでと繋がって、また次の日、次の時代を生きなければならなかった。農業国のハンガリー、工業国のチェコスロヴァキアを失って、オーストリアは貧しい小国に成り下がってしまった。ナチスを逃れて亡命するまではウィーンに住んでいたフロイトは、敗戦後のオーストリアを手足をもがれたトルソーに喩えたそうよ。そんな死にかけのような姿で、食料は品薄のまま、冬が近づいていた。ウィーンの市中に足を運べば、帝政や王侯貴族に対する批判と怨嗟の声が満ちていた。大戦が始まった当初は、テロリストの銃弾に斃れたフランツ・フェルディナント大公夫妻のために怒り、祖父と私に万歳と叫んでくれたのと、同じ人たちが、今度はくたばれハプスブルクと吐き捨てるようになっていたのよ
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