ich rede nichts 赤い皇女は語らない

悠井すみれ

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崩壊する世界

帝国への弔鐘

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 祖父のために鳴らされる弔鐘は、帝国そのものに向けられたものでもあったでしょう。祖父の葬儀に参列したすべての人がそれに気付いていた訳ではなかったかもしれない。でも、予感はしていたはずよ。少なくとも、未来はますます暗く、頼りなく不確かに見えたでしょう。勝ち目は見えないというのに、戦争の終わりもまた見えなかった。

 祖父の死後……一九一七年のはじめ、私はホーフブルクを離れてウィーンの郊外のシェーナウに館を構えたわ。祖父が存命のころに、土地と館の購入のために資金を出してくれていたのよ。皇帝となったカール大公と、皇后ツィタ、それに最後の皇太子のオットーのものになったホーフブルクは、もはや私の家ではなくなったから。

 新しい住まいは、シェーンブルンにも似た雰囲気のある、優雅な佇まいの園だった。館はヨハン・シュトラウスが所有していたこともある歴史も由緒もあるものだったし、広大な敷地には果樹園まであって管理するのは大変なほどだった。でも、私はもはや特権階級には属していなかったわ。食料を配給に頼っていたのは周りの人々とまったく同じだった。ハプスブルク家の威光に頼るのを、もう止めようと思ったのよ。祖父が存命の間は、まだ孫だから甘えさせてもらっていると言い訳もできたけれど。祖父の厚意を無碍にして悲しませたくないからと、自分に言い聞かせることもできたけれど。でも、帝国の崩壊がいよいよ間近に迫るのを感じては、これまで通りにいかないことを思い知らずにはいられなかった。苦労しているところを見せれば、レルヒとの醜聞で地に落ちた私の評判を少しでも取り戻せるかも、なんて打算があったのも否定はしないわ。皇族や貴族だからといって、雲の上でふんぞり返っていられる時代ではなくなるだろうと分かっていたものね。そこは、マリー・アントワネットと血縁を持つ私ですもの。時代の変化には敏感にならざるを得なかったのよ。

 自ら民の間に降りた私の決断が正しかったのを、ロシア革命が証明してくれたわ。ロマノフ王朝の人々の悲惨な運命を前に、先見の明を誇る気にはなれないけれど! ロシア皇帝一家は、ひとり残らず、幼い皇太子までも銃殺されてしまったのよ。ええ、皇帝や王というものは、戦争を続けることで民衆から愛想を尽かされてしまったのね。戦争がどのように終わるのか、平和な日々がまた戻るのか──私は心待ちにしていた。あるいは、そんな時が来るとは信じられなくて暗い中を手探りで歩む思いだった。でも、終戦に至るまでの経緯は思ってもみないものだったわ。戦争を拒否した兵士たちの反乱や各地のストライキによって、戦争の継続自体が困難になっていったのよ。その報道に接して、私は、そんな方法があったのね、と目を開かされる思いがしたものよ。君主同士や政治家同士の交渉や駆け引きによってではなく、非力なはずの民衆でも時代を動かすことができるのだ、と。ええ、もちろんフランス革命もその後の革命も、私はいくつも知っていたはずなのだけど。民衆を、ある意味で恐れるからこそ自分が生まれた階級を捨てようと必死になっていたのだけど。でも、自分が生きている時代で、あんなにも大きな戦争を終わらせ、あんなにも強大だった国々が瓦解する様を目の当たりにするとは思ってもいなかったの。
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