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一九六一年 秋 ウィーン

分断されるかつての帝国

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 そろそろ来るだろうと思っていたわ。というか、来て欲しいと思っていたのかしら、私。話し相手と、情報をくれる人が欲しかったのよ。そうよ、あのベルリンの壁のことよ。貴方、この前は記者が務まるのか不思議なくらいしどろもどろだったけれど、さすがに「あれ」のことは知っているようね。なんて恐ろしく悲しいことかしら。歴史のある美しい街が、無残に分断されてしまうなんて。ええ、もちろんドイツという国自体が東西に分けられて、今は別々の名前と政体のもと、別々の国になってしまったのだけど。西ベルリンは、東の人たちにとっては希望の灯台、自由な世界への標であり出口だったのに。有刺鉄線で封鎖しようだなんて、共産主義に魅力がないのを認めてしまうようなものでしょうに。

 ああ、貴方。私が饒舌だからといって、得意そうにするものではないわ。私は語らないと言ったけれど、それは私自身についてのことだもの。別に貴方を信用したとか認めたということでもないのよ。大して仲が良い訳でもない人にも、政治のお話をできるということはとても大事なことでしょう? 今の時代のこの国の、自由さというか平和さを満喫しようと思ってはいけないかしら。ウィーンが本当に解放されてから、まだ十年も経っていないのよ?

 貴方、ずいぶんお若いようだからナチス時代のことはあまり覚えていないのかしら。そんなきょとんとした顔をして。あの息苦しくて重苦しい、ひどい時代を、覚えていないなら幸運というものかもしれないけれど! でも、占領時代ならもう少し物心ついていなかったかしら。ドイツと同じ運命を、もう少しでオーストリアも辿るところだったのよ。アメリカ、フランス、イギリス、そしてソ連。国そのものもウィーンも、四つの国に分割されて管理されて。この館だって、最初はソ連軍に、次はフランス軍に接収されてしまったのよ。祖父や父が遺してくれた財産で贖(あがな)った私の屋敷、この美しく小さなシェーンブルンが、軍靴の泥に汚されたのよ! 私と夫は銃を突き付けられて追い出されて、代わりに与えられたのはほんの小さなあばら屋だったわ。雨漏りも隙間風もひどくて、私はすっかり歩けなくなってしまった。夫なんて、強制収容所からどうにか生きて帰ったばかりだというのに家で寛ぐこともできなかった! 貴方、この屋敷を見て贅沢な暮らしだと思う? でも、あの人たちはすっかり荒らして去って行ったのよ。目録通りなんて真っ赤な嘘、もと通りでは決してないの。どこに行ったかも分からない品の中には祖母が結婚式で纏ったヴェールもあったのに。

 型通りの慰めね。持てる者が払う、当然の犠牲とでも言いたいのでしょう。分かっているのよ、貴方のような人はそう言うものだと。貴方のような、つまり、民衆を代表して語るような人は、ね。私がもとハプスブルクだから仕方ないというのでしょう。長きに渡って専制政治を敷いた一族の末裔だから、少しくらい苦労するのが当然で、立派な屋敷を持っていたのだから仕方のないことで──それに、良い気味だというのでしょう。臣下と結婚しても、さらにその後に社会民主主義者と結ばれても、貴方たちは、私は自分たちは違う種類の人間だと思っているのよ。私は知っているわ。こうして何度も私を訪ねてくるのだって、もと皇女が落ちぶれているのを眺めたいだけなのでしょう。違うの? 口では何とでも言えるでしょうとも!

 ええ、私は苛立っていて落ち着きがないわね。扱いづらい婆さんだと思っていることでしょう。みんなそう思っているのよ。医者も弁護士も子供たちも、孫たちだってきっとそうでしょう。この館にも人が居つかないもの。自分から辞めていく人も、私からお断りする人もいるけれど。だってあちこちが痛くて苦しいのだもの。庭を眺めるのにも人の手を借りなければならないし、機嫌が悪くなるのも仕方ないことでしょう。しかも肉体の苦痛だけではないのよ。ドイツもそう、チェコスロヴァキアもハンガリーもそう。かつて祖父の帝国の一部だった国々、私が親しく訪ねて旅して、暮らしたこともある国々が政治と思想のために引き裂かれ、苦難にあえいでいるのを見なければならないなんて。この歳になって!
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