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自由のための一歩
狙いを定めて
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ああ、でも、私はやっぱり貴方たちにとって悩みの種だったかもしれないわね。私が決まったひとりとだけ踊ったのは誰の目にも明らかな事実だったけれど、その人が誰かを調べるのは少しは手間だったはずだもの。私を訪ねて来た以上は貴方も知っているかもしれないけれど、面倒だから言ってしまうわね。その人の名は、オットー・ヴィンデッシュ=グレーツ。陸軍中尉だったわ。上級貴族ではなかったけれど、舞踏会を彩るために招かれた華麗な制服の士官たちのひとり。その人の名を知らなかったのは私も同じだった。でも、ひと目で決めたのよ。この人にしよう、って。
とても素敵な人だったわ。見た目が整っているというだけではなくて、華やかな雰囲気を纏った人だった。誰と踊ろうとしているのかに気付くと、信じられない、というように目を瞠って、それから気を取り直して背筋を正して、かっちりとした所作で手を差し伸べてくれたの。背は、私より少しだけ低かったかしら。それでも、踊りながら目を合わせるのが楽だったから気にならなかった。曲を重ねるごとに次第に大胆になって、驚きよりも喜びが勝ったようで、最後には自信満々の笑顔で私を迎えてくれたのよ。皇女の身分に怯むこともなかったみたい。軍人だからかしら、手強い相手ほどやる気が出る、とか、そんなこともあったのかしら。でも、私の方でもそうだったのよ。彼に強い印象を残すことができた──そう、手応えがあって、高揚していたわ。私は、私自身を囮にして、彼を仕留めようとしていたの。皇女の恋の相手なんて、普通は荷が重いとか面倒だと思うはずでしょう。そこを、この娘がこんなに夢中になっているなら、とその気にさせてあげたのよ。高嶺の花に手を伸ばそうと思ってもらえるように、あの夜はそれだけを考えていたのよ。そう! 私が夢中になっていたのは、いわば狩りの熱狂に、だったわ! 狩猟好きはハプスブルクの伝統ですもの。周囲の人たちや、オットー・ヴィンデッシュ=グレーツ中尉自身がきっと考えていたように、恋の熱に浮かれていた訳ではないのよ!
あら、やっぱり私の評判を少しは知っているようね。初恋に焦がれて無茶な振る舞いをした皇女のことは、今でも有名なのかしら。私はシンデレラのように「王子様」とのダンスに夢中になったけれど、彼に探してもらうのを待つほど気が長くはなかったもの。彼の名前も出自も、調べさせてすぐに把握したし、次の機会をことあるごとに狙ったもの。最初の舞踏会の時だけでなく、皇帝臨席の馬術大会でヴィンデッシュ=グレーツ中尉に熱い眼差しを送っていたとか、それ以外にも彼と会おうと色々な会に顔を出したとか。彼との結婚を祖父の皇帝に懇願して困らせて、旅に出させられても決して熱を冷まさなかったとか。それから、彼を婚約者と引き離させたとか、そんな話でしょう? 私自身のことだもの、どんな噂をされていたのかはよく知っているわ。あの時から私に忠告してくださる人は多かったのよ。でも、貴方は既に知っている話を聞かされて退屈することなんてないでしょう。そして、あいにくだけど、過去のことを持ち出されて無軌道だとか慎みがないだとか権力を振りかざしたとか──そんなことを言われても、何も堪えたりしないのよ。私を怒らせて、そうでなければ困らせて、良い反応を引き出そうというなら失敗だったわね!
だって、そんなの世間の人がそう言っているだけだもの。本当のところがどうだったかなんて、どうして傍で見ていただけの人たちに分かるのかしら。私が貴方に教えようとしているのは、また別のお話、あるいは貴方が知っていると思っている話の裏側よ。貴方だってそれが聞きたくて来ているのでしょうに。
とても素敵な人だったわ。見た目が整っているというだけではなくて、華やかな雰囲気を纏った人だった。誰と踊ろうとしているのかに気付くと、信じられない、というように目を瞠って、それから気を取り直して背筋を正して、かっちりとした所作で手を差し伸べてくれたの。背は、私より少しだけ低かったかしら。それでも、踊りながら目を合わせるのが楽だったから気にならなかった。曲を重ねるごとに次第に大胆になって、驚きよりも喜びが勝ったようで、最後には自信満々の笑顔で私を迎えてくれたのよ。皇女の身分に怯むこともなかったみたい。軍人だからかしら、手強い相手ほどやる気が出る、とか、そんなこともあったのかしら。でも、私の方でもそうだったのよ。彼に強い印象を残すことができた──そう、手応えがあって、高揚していたわ。私は、私自身を囮にして、彼を仕留めようとしていたの。皇女の恋の相手なんて、普通は荷が重いとか面倒だと思うはずでしょう。そこを、この娘がこんなに夢中になっているなら、とその気にさせてあげたのよ。高嶺の花に手を伸ばそうと思ってもらえるように、あの夜はそれだけを考えていたのよ。そう! 私が夢中になっていたのは、いわば狩りの熱狂に、だったわ! 狩猟好きはハプスブルクの伝統ですもの。周囲の人たちや、オットー・ヴィンデッシュ=グレーツ中尉自身がきっと考えていたように、恋の熱に浮かれていた訳ではないのよ!
あら、やっぱり私の評判を少しは知っているようね。初恋に焦がれて無茶な振る舞いをした皇女のことは、今でも有名なのかしら。私はシンデレラのように「王子様」とのダンスに夢中になったけれど、彼に探してもらうのを待つほど気が長くはなかったもの。彼の名前も出自も、調べさせてすぐに把握したし、次の機会をことあるごとに狙ったもの。最初の舞踏会の時だけでなく、皇帝臨席の馬術大会でヴィンデッシュ=グレーツ中尉に熱い眼差しを送っていたとか、それ以外にも彼と会おうと色々な会に顔を出したとか。彼との結婚を祖父の皇帝に懇願して困らせて、旅に出させられても決して熱を冷まさなかったとか。それから、彼を婚約者と引き離させたとか、そんな話でしょう? 私自身のことだもの、どんな噂をされていたのかはよく知っているわ。あの時から私に忠告してくださる人は多かったのよ。でも、貴方は既に知っている話を聞かされて退屈することなんてないでしょう。そして、あいにくだけど、過去のことを持ち出されて無軌道だとか慎みがないだとか権力を振りかざしたとか──そんなことを言われても、何も堪えたりしないのよ。私を怒らせて、そうでなければ困らせて、良い反応を引き出そうというなら失敗だったわね!
だって、そんなの世間の人がそう言っているだけだもの。本当のところがどうだったかなんて、どうして傍で見ていただけの人たちに分かるのかしら。私が貴方に教えようとしているのは、また別のお話、あるいは貴方が知っていると思っている話の裏側よ。貴方だってそれが聞きたくて来ているのでしょうに。
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