上 下
317 / 572
第十三章 何でも準備中が一番楽しいのさ。

幕間63話 とあるドワーフの親方の酒日記。③

しおりを挟む
    そのエールとの出会いは、ツールでの仕事を始めて一週間経った日だ。酒の差し入れに伯爵の坊主がやって来たのが発端だ。

    「親方、お疲れ様です。今週のエールここに置いておきますね。樽に少し細工をしたので、美味しくエールが飲めると思いますよ。」
「おう、伯爵の坊主か。待っていたぜ。野郎共、気合い入れ直せ。今日は宴会だ。」
『おー!』

    昨日の夜で、前回差し入れてもらった酒が無くなり、その為かやや、手下達の士気が落ちかけてきた所に、新しい差し入れで、また、士気を上げる事が事が出来た。これで今週も乗り切れるぜ。

    あと、坊主が何か細工したとか何とか言っていたが、その時は大して気にもかけなく、聞き流していたよ。

    この日の仕事を終えて、夕飯の支度をして、早速宴会に入る。飯を食いながら、材木の手配やら次に建てる場所について考えていると、突然にあちこちで手下が驚きの声をあげて騒いでいる。
何事かと思い顔を上げるが、驚きの声をあげた手下達は、手にしたコップを凝視している。


    「おい、どうした?何かあったのか?」

    そう、驚いている手下に声をかけるが、その間にも、他の手下が『うお!』とか『何じゃこりゃあ!』とか、『う、旨すぎるぞ!』とか叫んでいる。

    「だから、何なんだ?皆騒いで!」

    終いには、詰問口調になりながら、手下達にどうしたか聞く。

    「親方も、早く飲めばわかりますぜ。」

そう言って、樽から直接エールをコップで汲んで、俺に渡してくる。
言われるままに、一口飲む。

    「何じゃこりゃあ!このエール、旨すぎるぞ!!」

そう、俺も知らずの内に叫んでいた。その後は立て続けに三杯四杯と一気に飲み干した。一樽が空になるまで、あっという間だったな。
残りの二樽も樽自体がひんやりとしており、中身のエールも冷たくなっているのが想像できる。

    また、後になって分かったが、空になった樽に生活魔法のウォーターで水を満たしてやると、樽によって冷やされて冷たい水になった。これも旨い水だった。

    季節は八の月で、まだまだ暑い日が続く夏の一日だ。冷たい水でさえ、とてつもなく旨く感じる季節だ。 

    実際に、手下達を止めるまでに、もう一樽空くまでかかる。皆にブーブー言われたが、一晩に三樽全て飲み干してしまうと、一週間は我慢をしないといけなくなるので、それこそ仕事の効率が下がるだろう事は分かりきっている。
    何とか一樽は手を着けずに残せた。次の差し入れまで足らない分は、冷えた水で我慢するか、どうしても飲みたいヤツは酒場から自腹で買って来るかするしかない。
困ったことになった。

    翌日からは、キツい一週間の始まりだった。
やはり、残りの一樽も一日で無くなり、残りの五日は、酒場で飲んだくれるかなと思ったが、意外な事が起きた。最後の一樽を飲み干した翌日、やはり手下の野郎共は酒場に繰り出したが、何故か早い時間のウチに帰って来た。そして、その翌日からは、酒場では飯は食べるが酒は飲まなくなった。
不思議に思い、飯から帰って来た、素面しらふの手下に聞いてみると、町の酒場には冷えたエールを飲ませてくれる所が無いから、帰って来たと言う。前までの温いエールはもう不味くて飲めないという。

    (オイオイオイ。飲めないと言ったって、冷えたエール自体はここの伯爵の坊主からでなければ、手に入らない物なんだが、ここで働いている内は良いが、ここでの仕事が終わったら、どうするか考えないといけなくなるかもしれないな。下手すると、この町に引っ越してこないといけなくなるかもしれない。)

    どうした物かと真面目に考え込んでしまったよ。
    どんなに考えても解決策は思い浮かばなかったので、取り敢えず、期間中の差し入れのエールは全て冷やして貰う様に頼むこととした。後は早目に冷えたエールを販売して貰う様に頼むことしか思い付かなかったよ。

    三週間経ち、再び坊主が差し入れに来た。この間の二週間は、坊主ではなく、家宰のサウルとか言う爺さんが、荷台に樽を乗せて、持ってきてくれたが、手下の野郎共の評判は宜しくなかった。前まではそれで十分だったのに、今では冷えたエールを知ってしまったせいで、舌が肥えたというか、より旨いエールを飲みたい欲求が大きくなってしまったと言えるだろう。
契約時に差し入れのエールは冷えた物をとは決めていなかったから、しかたないのだが。坊主が今度来たときに、お願いしてみる事にした。と言うより、野郎共から頼めと迫られたよ。

「ガンテツ親方、いますか?」

    大声で俺を呼ぶ声がした。そちらへ向けて、急いで向かうと三週間ぶりに伯爵の坊主が来ている。

    「おう!伯爵の坊主か。久しぶりだな。今日はどうした?」
「今週のエールを持ってきました。」
「おう、ありがとよ。そうだ、前に貰ったエールが冷えていてスゲー旨かったが、あれは坊主の細工かい?」
「ええ、ちょっと魔法で樽ごと冷やしてみました。」
「そうか、やっぱりな。スゲー旨かったから、またそうしてもらえると有り難いんだがな。頼めるかい。」
「ええ、良いですよ。それで皆さんの士気が上がるならね。」
「おう、是非頼むわ。あの味を覚えたら、温いエールが不味くてな。」
「じゃあ、ちょっと待って下さい。早速冷やしますから。」

    インベントリィから樽を四つ出して、樽の蓋の上に用意した小さい魔石をのせ、
呪文を唱える。

    「〈エンチャント〉〈冷却〉。」

    何やら、エンチャントと言っているから、付与魔法だとは思うが、俺も余り詳しくないからわからんが、知らない魔法を使っているな。同じ事を後三回して終わったようだ。

    「親方、これで暫くすれば、中のエールも冷えて美味しく飲めますよ。」 
「おお、ありがとよ。樽が一つ多いようだが何でだ?」
「ああ、それは今晩家で町の衆との顔見せパーティーするんで、親方達にも差し入れでね、持ってきたって訳さ。」
「おう、すまねぇな。気を使って貰って、ありがたく頂くぜ。」
「それで親方、工事が始まって三週間程経ちますが、工事の進捗しんちょくはどんなものです?」
「おう、最初に粗方平らにならして貰っていたからな。整地しないで
良い分、予定より早く進んでいるぜ。三週で九棟建てたぜ。今十棟目だな。一棟二百人入るからな。一万人と言うと、五十棟だが、馬番や武装管理の人がいるから、五十一棟建てる予定だし、厩舎や倉庫も建てるが、心配すんな坊主。期日には十分間に合わせるさ。お、もう冷えたかな?野郎共、喜べ伯爵の坊主からあの冷えたエールの差し入れだ。思いっ切り働いた後、冷えたエールで酒盛りだ。気合いいれていけ!」
『ウース!』

普段よりも野太い声が大きく一斉に上がる。

    「じゃあ、また来週届けに来ますね。」
「おう、待っているぜ!」

そう言いつつ、いつものように背中をバシバシ叩いて信愛の印をした。
これで、野郎共の不満解消ができるぜ。そして、これから毎週冷えたエールを差し入れして貰える。一段落だな。しかし、マジでここツールに引っ越して来なきゃいけないかもしれないな。はやく、店でも冷えたエールを売ってくれるようにたのむしかないかなぁ。新しい問題に頭を痛めたが、エールを飲んだら忘れてしまったのもドワーフのさがかもしれないな。


   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...