上 下
257 / 572
第十二章 正しい貴族家のつきあい方。

第206話 冒険者の矜持とアイリスの頼み。

しおりを挟む
    「「いただきました(にゃ)。」」

    あー旨かった。昼食に久々のミートソーススパゲッティが出た。勿論、私が料理長に以前仕込んだレシピの一つだ。旨かったが、始め皆食べ方が分からなくてフォークで掬って食べる者ばかりなので、私がフォークにクルクル絡ませて食べるのを見せて、皆真似をして食べ始めた。

    ソニアは楽しいと喜びながら食べているし、アルメイダは麺を絡めすぎて口に入らないほどの玉にしてしまったり、それを見て皆で笑ったりした楽しい食事だった。

    正直、食事前の午前中に、色々とストレスの溜まるような裏の仕事をしていたので、本当に良い気分転換になったよ。

    食事後、再び執務室に戻ると、以前に買ったコーヒー豆とミルとコンロとヤカン、そしてマグカップを取り出す。
ヤカンに〈ウォーター〉の魔法で水を入れ、魔道具のコンロで沸かす。湯が沸くのを待つ間に、豆をミルにいれてガリガリと豆をひく。ろ過する為のドリップペーパーがないので、勿体ないが、小さめのハンカチに〈クリーン〉と〈ピュリフィケーション〉をかけてから、ドリップの器の中に敷き、コーヒーの粉を一杯分入れて、マグカップの上に乗せる。

    後は、湯が沸くのを待つ。沸騰したら一旦コンロから下ろして、すこし冷ます。熱湯でドリップすると、香りが飛んでしまうと昔聞いた事があるし、渋味が強くなるからだ。少し冷めたお湯を粉になったコーヒーに回しがける。お湯を含んで粉が泡を立てて膨れる。途端にコーヒーの香ばしい良い香りが部屋中に広がっていく。少しずつお湯を回し足しながら、コーヒーがマグカップに落ちていくのを見ている。日本で仕事の合間に飲んでいたコーヒーと同じ香りが部屋一杯に立ち込め、懐かしい気持ちになった。コーヒーのしずくが、マグカップに落ちて貯まるのを待っているときに、サウルが部屋に入ってきた。

    「おや、この香りは確かコーヒーの香りですかな?旦那様。」
「お、流石サウル。よく知っていたね。その通りコーヒーだ。実家に居たときには、よく飲んでいたんだが、こちらの大陸に来てからは、高くてね。暫く手が出せなかったんだよ。冒険者で稼いで、王都にいるときに豆や道具を買ったんだけど、その後ドタバタと忙しくなってね、飲んでいる機会が中々なくてね。久々にコーヒーの事を思い出したので、淹れてみたのさ。」
「そうでしたか。お命じ下されば、私がお淹れしますものを。今後は私にお任せ下さい。紅茶かコーヒーか指定して頂けばご用意致しますから。」
「お、そうかい?済まないが頼むよ。素人の私がやるよりは、サウルにやって貰った方が十倍は美味しいコーヒーが飲めそうだからね。」

    ドリップから滴が落ちきったのを見て、ミルや道具一式と豆の入った袋をインベントリィから出してサウルに渡す。

    「旦那様。旦那様はとても質素で、無駄遣いなさる訳でもありませんし、余り体裁を気にされませんが、その様な機能重視の器も宜しいのですが、貴族としては、もう少し見た目を気にされては如何かと思います。貴族の中には、そういった事を重視して、相手を評価してくる方々も居ますゆえ。わざわざ侮られる事はないようにした方が良いかと、ご進言申し上げます。」
「うん、まあサウルの言うことも正しいのだろうけど、そんな見た目で物を判断する輩が居るのか。これだから貴族は嫌いなんだ。」
「旦那様。そう仰らずに。」
「いや、サウルには普段色々としてもらって感謝しているが、悪いが私の本質は冒険者なんだよ。貴族として公の場ではそれなりの振る舞いは心がけるが、プライベートまで、貴族をする積もりはない。恐らくその様な生活に慣れたら、私は堕落するな。何か勘違いをした人間になってしまうだろう。それこそ、下らぬ貴族にね。体裁は時に大事だが、そればかりに囚われるのは、人間として堕落する。それこそ私の嫌いな貴族のようにな。」
「・・・分かりました。私もどうやら、旦那様に理想を押し付けてしまったようです。申し訳有りませんでした。今後は旦那様の仰る通りに致します。」
「済まないね。だがこればかりは、俺の根本に関わる部分だからね。私は冒険者で、副業として貴族をやっているだけだから。済まないがその積もりで頼むよ。」
「承知致しました。」

    そう言い、一礼してからヤカンとコンロ以外の道具を持って退室していった。その後ろ姿を見送りながら、サウルには済まないとは思ったが、これは譲れない部分だからと、他の点では貴族らしくしていこうと決めた。まあ、いつまでもつか分からないがね。

    マグカップのコーヒーを一口飲むと、お馴染みの苦みと酸味があり、飲み下すとため息がでた。あ~久々のカフェイン。沁みるなぁ。一応紅茶にもカフェインは入っているけどね。気分気分。

    気持ちが一段落した所で、午前の続きをしようと、飲み干したマグカップを机に置くと、扉からアイリスが入ってきた。

    いつもは、精霊魔法の使いすぎの時くらいしか執務室には入って来ないのだが。珍しいなと思っていると、私に話しかけてきた。

   「ショウさん、お話があります。」
「おや、アイリスが改まって私に話とは珍しい。何かな?」
「実は知っているかもしれないけど、町に今、『フォレスター王国』の者が来ています。」
「ああ、二人いるね。それが何か?」
「多分、その二人は私を連れに来たと思うわ。だけど、私は新たな世界樹を貴方と一緒に育て上げなくてはならないの。」
「確かに、神様のお爺さんがそう言っていたな。」
「だから、彼らに私を連れていかせないようにして欲しいの。」
「わかったよ。アイリスがそう望むならね。しかし、今頃になって、エルフ達がなんで連れに来たのかな?」
「多分、精霊から聞いたと思うわ。盗賊達に捕まっていたときは、奴隷紋で精霊魔法を封じられていたし、定期的に移動させられていたから居場所が分からなかったのだと思うけど、貴方の側で同じ所にいたから、それで判明したのだと思うの。」
「成る程ね。所で、エルフ達が迎えに来るなんて、アイリスは何者なのかな?君の親族はお亡くなりになっているのに、何故だい?」
「私がこの大陸最後のハイエルフだからだと思うわ。『フォレスター王国』のエルフにとって、私達ハイエルフは世界樹に仕える神官みたいなもの。世界樹と私達に仕え、守る使命を持つ国なのよ。三百年前の魔物の侵攻からは護れなかったから、余計に責任を感じているのかもしれないわ。」
「そうか、まあアイリスが何者でも私が助けて拾って妹にしたのだから、アイリスがしたいようにしてやるのが兄貴分の私の務めだ。安心しろ、何処へもやらんよ。」 

    私の言葉を聞いて、ニコりと花が咲いたように笑顔を見せたアイリスだった。



 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

最強執事の恩返し~大魔王を倒して100年ぶりに戻ってきたら世話になっていた侯爵家が没落していました。恩返しのため復興させます~

榊与一
ファンタジー
異世界転生した日本人、大和猛(やまとたける)。 彼は異世界エデンで、コーガス侯爵家によって拾われタケル・コーガスとして育てられる。 それまでの孤独な人生で何も持つ事の出来なかった彼にとって、コーガス家は生まれて初めて手に入れた家であり家族だった。 その家を守るために転生時のチート能力で魔王を退け。 そしてその裏にいる大魔王を倒すため、タケルは魔界に乗り込んだ。 ――それから100年。 遂にタケルは大魔王を討伐する事に成功する。 そして彼はエデンへと帰還した。 「さあ、帰ろう」 だが余りに時間が立ちすぎていた為に、タケルの事を覚えている者はいない。 それでも彼は満足していた。 何故なら、コーガス家を守れたからだ。 そう思っていたのだが…… 「コーガス家が没落!?そんな馬鹿な!?」 これは世界を救った勇者が、かつて自分を拾い温かく育ててくれた没落した侯爵家をチートな能力で再興させる物語である。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

【完結】転移魔王の、人間国崩壊プラン! 魔王召喚されて現れた大正生まれ104歳のババアの、堕落した冒険者を作るダンジョンに抜かりがない!

udonlevel2
ファンタジー
勇者に魔王様を殺され劣勢の魔族軍!ついに魔王召喚をするが現れたのは100歳を超えるババア!? 若返りスキルを使いサイドカー乗り回し、キャンピングカーを乗り回し!  経験値欲しさに冒険者を襲う!! 「殺られる前に殺りな!」「勇者の金を奪うんだよ!」と作り出される町は正に理想郷!? 戦争を生き抜いてきた魔王ババア……今正に絶頂期を迎える! 他サイトにも掲載中です。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...