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第十二章 正しい貴族家のつきあい方。
第202話 上の苦労を下が知らないケース。
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「何だと?ツール伯爵からの使者が手紙を持って来ているだと?ウチの使いにやったパシルはどうした?」
「使者に出したまま、まだ帰ってはおりません。」
「アイツは何をしておるのだ。相手からの返書が先に届くとはどういった事だ?その使者はまだいるのか?」
「はい、返事を貰って来てくれと伯爵から申しつかっておるため、お返事を頂きたいとの事です。」
「わかった、まずは手紙を読もう。」
男は家宰から手紙を渡され、封を切り中身を読む。
ここは、ツールの南にあるケアンズ侯爵領の領都のケアンズ。男は領主のケアンズ侯爵のゴドワン・グード・フォン・ケアンズ侯爵である。今年で五十五歳になる老齢に入った侯爵である。
今読んでいるのは、使者を出したツール伯爵からの手紙である。何故か出した使者が帰るよりも、相手からの手紙を持った向こうの使者が来るのが速かったのだ。家宰から渡された手紙を読むにつれて、身が震えるほど怒りが湧いてきた。
「あの馬鹿者は何をしおった。エルム、その方の身内と言うから使いに使ったが、アイツ、ツール伯爵を怒らせてきよったわ。」
「旦那様、どう言うことでしょう?パシルが何を?」
家宰からの質問には答えず、無言で読んでいた書面をエルムに突きつける。
渡された手紙を読むにつれて、エルムは額に汗を滲ませる。読み終ると頭を深々と下げて謝罪を始めた。
「申し訳ございません。このような事になるとは。あの愚か者が、事の重大さが分かっておらぬのか。」
「エルムよ、お前も分かっておるのか?ツール伯爵は新参の伯爵ではあるが、陛下のご長女の許嫁である。しかもリヒト公爵の長女の許嫁でもある。二重の意味で準王族なのだ。もし、陛下と王太子殿下に万が一あれば、王女殿下が王位に着き、あの者は王配となり、実質国王となるのだ。
慎重に交渉しろと申し付けた筈なのに、アヤツ伯爵相手に配慮しろとか察しろとか何も具体的な事を言わずに押し通そうとしたようだ。しまいには、侯爵の身内だから言うことを聞けとか言った様だな。その手紙にもあるが、一体どうして欲しかったのか、返書がほしいとの事だ。何をしているのだアイツは?しかも、相手の使者よりも帰りが遅いとは・・・エルムよ。悪いがパシルは家では二度と使わんからな。本人にもクビだと伝えよ。良いな?ワシはこれから返書を書かねばならん。パシルが帰ってきたら、お前がクビだと告げよ。これでは譲歩を引き出す交渉も出来んわ。」
家宰のエルムに指を突きつけて申し付けた。
「はい、お申し付けの通りに致します。誠に申し訳ありません。」
ひたすらに頭を下げながら、謝る家宰のエルム。頭を下げたまま後退り、部屋から出た。
顔を上げるとその顔には屈辱と怒りが浮かんでいて真っ赤だった。
自分の控え室に戻ると、つい口からパシルへの不満が漏れ出てきた。
「アイツは妹の息子と言うことで取り立てたが、とんだ無能者だな。交渉の一つも、まともに出来ないとは。しかも相手を怒らせてしまう体たらくだ。旦那様からも言われたが、今後は屋敷には立ち入り禁止だ。妹にも文句を言わないとな。あんなのを推薦するとは。子煩悩にも程があるわ。」
一つ漏れるとその後は続々と愚痴が出てきた。しまいには親である妹に対しての悪口までもが口から飛び出ていた。
余りの剣幕にメイド達はよっぽどの用事でなければ、エルムに話しかけることはその日はしなかった。
「使者殿、お待たせ致した。ツール伯爵殿へ返書をお願いする。」
そう言って、先程書いた手紙を使者に渡す。
「確かに、お預かりしました。それでは失礼致します。」
使者のレインロードが渡された手紙を大事にしまい、騎士の礼をして、屋敷から退出した。
そしてその翌日、使者に出していたパシルがケアンズ侯爵の屋敷に帰って来た。
早速、結果を侯爵に報告する積もりだったが、伯父のエルムが報告を聞くといい、彼の前に呼び出された。
パシルは、実際ツール伯爵から追い返されて、結果報告をどうした物かと、馬車の中でいかに保身をするか考えていた。そして、その内容に自信があった。
「遅くなりまして申し訳ありません。結果ですが、一方的に断られました。他領からその様に言われる謂われは無いとのお返事でした。全く無礼な若造でした。」
当日の事でも思い出したのか、不満一杯にそう報告をした。それを黙って聞いていたエルムは、聞き終るとハッキリとした口調でパシルに言い渡した。
「パシル、嘘の報告はいかんな?お前がまともに交渉も出来なくて、しまいには侯爵家の名前まで出して、あちらを脅すような真似までしたことは、既に分かっているのだぞ。貴様、何て事をしてくれた!」
「え、どうしてそれを?」
「昨日、早速伯爵家から使者が来て、こちらの意向はなんだったのかと問う使者が来たのだ。向こうの使者がお前より早く来るとはどう言うことだ?貴様はどこで油を売っていたのだ!伯爵からの手紙にお前の使者としての様子が事細かに書かれてあったわ。手紙にあの使者は結局何が言いたかったのでしょうか?と書かれていたのを、旦那様から手紙を渡され、読まされた私の恥ずかしさが分かるか?
しかも、正直に報告するならまだしも、直ぐに分かる言い訳を並べおって、旦那様は面目を潰されてお怒りだ。私の口からクビだと告げろと仰られたわ。妹の子、甥と思い当家に取り立てたが、使者としての交渉も出来ないどころか、当家に泥を塗るマネまでしおって、お前はクビだ。とっとと実家に帰れ!妹に言っておけ。二度と私を頼るなとな。さあ、出ていけ!」
思いもかけずに、伯父からの叱り付けに驚きと怖れ、そして全てがバレていた事の恥ずかしさに、パシルはその日の内に荷物を纏めて実家に帰る事となった。
次の使者にはエルムが自ら立ったのは致し方ない事だった。
「使者に出したまま、まだ帰ってはおりません。」
「アイツは何をしておるのだ。相手からの返書が先に届くとはどういった事だ?その使者はまだいるのか?」
「はい、返事を貰って来てくれと伯爵から申しつかっておるため、お返事を頂きたいとの事です。」
「わかった、まずは手紙を読もう。」
男は家宰から手紙を渡され、封を切り中身を読む。
ここは、ツールの南にあるケアンズ侯爵領の領都のケアンズ。男は領主のケアンズ侯爵のゴドワン・グード・フォン・ケアンズ侯爵である。今年で五十五歳になる老齢に入った侯爵である。
今読んでいるのは、使者を出したツール伯爵からの手紙である。何故か出した使者が帰るよりも、相手からの手紙を持った向こうの使者が来るのが速かったのだ。家宰から渡された手紙を読むにつれて、身が震えるほど怒りが湧いてきた。
「あの馬鹿者は何をしおった。エルム、その方の身内と言うから使いに使ったが、アイツ、ツール伯爵を怒らせてきよったわ。」
「旦那様、どう言うことでしょう?パシルが何を?」
家宰からの質問には答えず、無言で読んでいた書面をエルムに突きつける。
渡された手紙を読むにつれて、エルムは額に汗を滲ませる。読み終ると頭を深々と下げて謝罪を始めた。
「申し訳ございません。このような事になるとは。あの愚か者が、事の重大さが分かっておらぬのか。」
「エルムよ、お前も分かっておるのか?ツール伯爵は新参の伯爵ではあるが、陛下のご長女の許嫁である。しかもリヒト公爵の長女の許嫁でもある。二重の意味で準王族なのだ。もし、陛下と王太子殿下に万が一あれば、王女殿下が王位に着き、あの者は王配となり、実質国王となるのだ。
慎重に交渉しろと申し付けた筈なのに、アヤツ伯爵相手に配慮しろとか察しろとか何も具体的な事を言わずに押し通そうとしたようだ。しまいには、侯爵の身内だから言うことを聞けとか言った様だな。その手紙にもあるが、一体どうして欲しかったのか、返書がほしいとの事だ。何をしているのだアイツは?しかも、相手の使者よりも帰りが遅いとは・・・エルムよ。悪いがパシルは家では二度と使わんからな。本人にもクビだと伝えよ。良いな?ワシはこれから返書を書かねばならん。パシルが帰ってきたら、お前がクビだと告げよ。これでは譲歩を引き出す交渉も出来んわ。」
家宰のエルムに指を突きつけて申し付けた。
「はい、お申し付けの通りに致します。誠に申し訳ありません。」
ひたすらに頭を下げながら、謝る家宰のエルム。頭を下げたまま後退り、部屋から出た。
顔を上げるとその顔には屈辱と怒りが浮かんでいて真っ赤だった。
自分の控え室に戻ると、つい口からパシルへの不満が漏れ出てきた。
「アイツは妹の息子と言うことで取り立てたが、とんだ無能者だな。交渉の一つも、まともに出来ないとは。しかも相手を怒らせてしまう体たらくだ。旦那様からも言われたが、今後は屋敷には立ち入り禁止だ。妹にも文句を言わないとな。あんなのを推薦するとは。子煩悩にも程があるわ。」
一つ漏れるとその後は続々と愚痴が出てきた。しまいには親である妹に対しての悪口までもが口から飛び出ていた。
余りの剣幕にメイド達はよっぽどの用事でなければ、エルムに話しかけることはその日はしなかった。
「使者殿、お待たせ致した。ツール伯爵殿へ返書をお願いする。」
そう言って、先程書いた手紙を使者に渡す。
「確かに、お預かりしました。それでは失礼致します。」
使者のレインロードが渡された手紙を大事にしまい、騎士の礼をして、屋敷から退出した。
そしてその翌日、使者に出していたパシルがケアンズ侯爵の屋敷に帰って来た。
早速、結果を侯爵に報告する積もりだったが、伯父のエルムが報告を聞くといい、彼の前に呼び出された。
パシルは、実際ツール伯爵から追い返されて、結果報告をどうした物かと、馬車の中でいかに保身をするか考えていた。そして、その内容に自信があった。
「遅くなりまして申し訳ありません。結果ですが、一方的に断られました。他領からその様に言われる謂われは無いとのお返事でした。全く無礼な若造でした。」
当日の事でも思い出したのか、不満一杯にそう報告をした。それを黙って聞いていたエルムは、聞き終るとハッキリとした口調でパシルに言い渡した。
「パシル、嘘の報告はいかんな?お前がまともに交渉も出来なくて、しまいには侯爵家の名前まで出して、あちらを脅すような真似までしたことは、既に分かっているのだぞ。貴様、何て事をしてくれた!」
「え、どうしてそれを?」
「昨日、早速伯爵家から使者が来て、こちらの意向はなんだったのかと問う使者が来たのだ。向こうの使者がお前より早く来るとはどう言うことだ?貴様はどこで油を売っていたのだ!伯爵からの手紙にお前の使者としての様子が事細かに書かれてあったわ。手紙にあの使者は結局何が言いたかったのでしょうか?と書かれていたのを、旦那様から手紙を渡され、読まされた私の恥ずかしさが分かるか?
しかも、正直に報告するならまだしも、直ぐに分かる言い訳を並べおって、旦那様は面目を潰されてお怒りだ。私の口からクビだと告げろと仰られたわ。妹の子、甥と思い当家に取り立てたが、使者としての交渉も出来ないどころか、当家に泥を塗るマネまでしおって、お前はクビだ。とっとと実家に帰れ!妹に言っておけ。二度と私を頼るなとな。さあ、出ていけ!」
思いもかけずに、伯父からの叱り付けに驚きと怖れ、そして全てがバレていた事の恥ずかしさに、パシルはその日の内に荷物を纏めて実家に帰る事となった。
次の使者にはエルムが自ら立ったのは致し方ない事だった。
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