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第 六章 貴族稼業の準備そして・・・・。

幕間19話 ある国軍参謀の観戦記。

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    このお話は、建国祭の最終日にまで、時間を遡ります。

    「国軍の部隊二万人は先発隊として、朝の九時までに練兵場に集合しているように。」

そう、陛下から急遽命令が下った。

    相手はクロイセン帝国軍とのことだ。先発隊二万を誰が率いるのかとか、戦場は何処になるのかとかの情報が、いまだ国軍参謀本部に来ていない。王国情報部からも一切情報が来ていない状況らしい。
 
    対帝国となれば戦場は南の国境線のどこかになるので、まずは南部の拠点の街マールまで一旦南下して、そこで侵入された領地の貴族からの連絡を待つか、情報部の連絡を待ってから戦場に移動する事になるだろう。いずれにしても、後手に回らざるを得ない状況だ。戦場となる町や村には申し訳ないが、被害が少なからず出るだろう。なんとか早く、援軍に行けることを願うだけだ。

    参謀本部としても、全く敵の情報が無いどころか、味方の将軍も誰なのか分からないことで、今回作戦も何も立てられないまま、出発することになった。これで帝国に勝つことが出来るのか、とても心配だ。王都に残す家族と二度と会えなくなるかもしれない。今回は死の覚悟を決めて行かなくては。

    翌日、参謀本部に今回の先発隊の将軍がなんと王弟殿下のリヒト侯爵閣下だと情報がもたらされる。リヒト侯爵はどちらかと言うと、武人というより文人政治家というイメージがあったのだが、何故他の将官達が将軍にならないのか、不思議である。

    それに、リヒト侯爵には今回は専属の軍事指南として軍師がつくらしい。つまり今回の出兵では、我々国軍の参謀は見ているだけと言うことらしい。
かなり不満ではあるが、陛下からの命令では致し方ない訳である。
そろそろ九時前なので、練兵場に向かおう。

    何てこった!噂の軍師とはまだ十五の若者だ。これじゃあ本当に生きて帰れないかもしれないな。そんな話を密かに参謀達の中で話した。

    予定通りマールの街まで到着した。街の近くまで来た所で、例の軍師の若者が、隊列の私の前で馬上で何かぶつぶつ呟いていた。内容は聞き取れなかったが、最後に「情報は取れた。」とか言っていたが、報告の手紙を見ていたわけでもなく、どうやって何の情報を得たのかも分からないな。

    なんと、リヒト侯爵から敵はリーラの町を目指している。帝国軍を率いるのが、猛将ザラ将軍だとの情報があった。
我々は明日には国境の町リーラへ進軍し、リムルンド辺境伯爵の軍と合流すると、帝国軍がリーラの街に着く前に国境で迎撃するとリヒト侯爵は言っていた。
いつも一緒だった軍師の少年とその随伴者の兄妹が居なかったので、侯爵に何処にいったのか聞くとなんと、帝国軍の陣地に潜入して、糧秣を焼き払ってくるらしい。初めは逃げたのではと邪推したが、リーラに着いた夜に斥候から帝国軍の陣地から巨大な火柱が立っているとの報告があった。

    あの若者、本当に焼き払って来たようだ。邪推したことに、顔が赤くなる思いをした。彼らが帰って来ると、すぐに作戦会議となった。リヒト侯爵は軍師の若者にこの後の相手の出方とその対処について聞いている。あの様子では余程あの若者の事を信用しているようだ。
リムルンド辺境伯爵は、彼の事を胡散臭そうに見ていたが。

    「ええ、リムルンド辺境伯はご存知ないだろうが、私はこの一月ひとつきの間に何度も彼に命を救われました。また、王都の貴族派を壊滅させたのも彼のお陰ですし、ついでに言えば、闇ギルド壊滅も彼のお陰です。また、あることで彼を絶対に信じられる者であることを、私も陛下も承知です。」

とのリヒト侯爵のお言葉にしぶしぶ従っていた。

    結局、参謀の若者が提案した通り、明日に町の外のリーラ平原で帝国軍と対峙することになった。味方は二万五千、対して帝国軍は三万の兵力差だ。いかに食糧が無くても平原では特に兵力の差が勝敗に繋がりやすいのだが、参謀の若者はその辺わかっているのだろうか。
人生最後の夜とならない事を祈りながら、その夜は寝た。

    朝、出陣してリーラ平原に陣地を構える。帝国軍は重装騎兵を前面に出した陣形をとっていた。平原では騎兵の能力が最も発揮される地形である。こりゃあ、負けたかなと思い、参謀の若者を見たら、何故か彼は笑っていた。その後で侯爵閣下に初めは相手に攻めさせろ。自分が魔法を使って騎兵を潰すから、相手が倒れてから攻めかかれと進言した。あの一万もの騎兵を倒す魔法などあるのだろうか?
私の知る限り、その様な広範囲に作用する魔法など、聞いたことがないのだが、侯爵閣下は彼の言葉を疑うことなく承知した。

    もう、終わりだ。妻や子供の顔を思い出して、ただ祈るだけだ。帝国軍の騎馬隊が走り出した。次第に加速していき、一キロを挟んで対峙する両軍の丁度、中間の距離になった時にその奇跡はおきた。
軍師の若者が呪文らしき言葉を呟いた瞬間に、こちらに向かって走ってきている騎兵の足下の地面が見て分かる程に激しく上下左右に揺れた。あれでは馬に乗っている者は、ひとたまりもない。騎兵全てが、転び倒れて落馬したり、後続の味方に踏み潰されたり、地揺れで出来た亀裂の中に落ちていった。揺れがおさまった時には、地上に立っている騎兵は一騎も居なかった。すかさず、軍師の若者は侯爵閣下に敵の騎兵への攻撃を進言した。

    一方的な戦いが繰り広げられている。帝国軍の騎馬隊は何も出来ずに王国兵に命を刈り取られていた。暫くして、やっと帝国軍が立ち直ったのか騎馬隊を助ける為に、歩兵と槍兵が前進して来た。
    その動きを見て、軍師の若者は笑みを浮かべて、侯爵閣下に更に進言した。前進してくる帝国兵を再び魔法を使って足止めするから、それを攻撃しろと。   
    それと同時に、味方の騎兵を敵の後ろに回り込ませて、攻撃しろとの作戦だった。

    確かに今帝国軍は目の前の事に意識を取られているので、成功するだろうが、その為には前進してくる帝国兵を足止め出来ないと気付かれる可能性がある。先程の魔法をまた使うのか?だが、歩きの兵に対して、あの魔法は騎兵程の効果は期待できない事は分かるはずだ。
他に何か手があるのだろうか。

    侯爵閣下は、軍師の若者の作戦を躊躇いなく実行した。
そして、味方があと少しで敵の歩兵部隊とかち合うと言う所で、再び軍師の若者の魔法が発動した。

    今度は、敵兵が一斉に前に倒れてしまい、動かなくなった。極僅かな者だけが立っていたが、たちまち人数差で王国兵に倒されていった。動けない帝国兵は倒れているだけで何も出来ずに王国兵に殲滅されている。
あまりの一方的な戦いとも言えない様相に思わず参謀の若者に私は進言していた。

    「オオガミ殿、既に我らの勝ちは決まったもの、殲滅せずとも降伏させてはいかがかな。」
「まだ我々は勝っていませんよ?敵の誰かが降伏したんですか?戦う気がある相手に何故情をかけないといけないのですか?また普通の戦いならそれも有りですけどね、今回は駄目です。帝国は事前に王国に対して内乱になるよう工作してきました。侯爵一家暗殺やリヒトの街を壊滅させようと魔物を襲撃させたり、陛下一家の暗殺を計画したりね。リヒトの街の件一つとっても成功していたら平民が何人死んでいたか想像もしたくない。
    いいですか?戦ってよいのは討たれても良い覚悟がある者だけです。彼らは我々と戦いに来たのです。しかも謀略を使ってまでね。ならば逆に、ここで討たれて殲滅されても文句はないはずです。また最初の戦いで我々に対しての恐怖を植え付けなければ、また懲りずに直ぐ来ますよ。これは命をかけた戦争なんだから。相手にも命をかけて貰うのは当たり前です。」

    彼の苛烈な言葉に何も言えなくなり、引き下がった。彼は殺すのが嫌なら戦いに出てくるなと言っているのだ。確かに我々は軍人だ。戦場で敵を殺すことに躊躇いを持ってはならないのも確かだ。しかし、それでも彼ほど苛烈に徹底して事に当たるのは難しいかもしれない。それが味方の損害を出さないことにつながってもだ。私は甘いのかもしれない。
そんなことを考えている時にその声は戦場に響きわたった。

    「我こそは、帝国軍将軍ザラ・メイル。王国軍将軍に対して正々堂々の一騎討ちを申し込む。前に出られい。」

    帝国軍の将軍が戦況を逆転するために、一騎討ちを望んできた。軍師の若者がどう対応するか彼の顔を見た。なんと彼は嘲笑っていた。そして、本当なら放っておけば良いが、倒すにしても、敵の将軍が相手だと味方に被害が出るかと思い直して、彼が一騎討ちに行くと言い出した。
    大丈夫なのか?見るからに体格が違う相手に勝てるのだろうか。侯爵閣下も彼の従者も心配しているが、彼は何でもない様子で、帝国のザラ将軍の前に立った。

    既に何人かの王国兵が倒されていたが、彼もまたザラ将軍に倒されてしまうのかと、誰もが思っただろう。

    私達は再び信じられない光景を見た。いや実際は見えなかったのだが、ザラ将軍の首が切られ転がっているのだ。あまりに彼の攻撃が速くて見えなかった。
    ザラ将軍が攻撃に動いたかと思った次には、将軍の首が飛んでいた。軍師の彼は何事でもないといった表情でザラ将軍の死体さえ見ずに叫んだ。

    その声の余りの威風に、思わず膝をついて頭を下げてしまいそうになる程だった。生き残った帝国兵達は彼の言葉通り、その場で武器を捨て降参した。王国兵はその声に従うのか当たり前の様に全兵士はその命令に従った。

    呆気ない程の一方的な完勝であった。過去様々な戦いがあったが、これほど一方的な勝利はないだろう。それほどに、王国兵にとっても、戦った感覚が薄い戦闘だったと思う。

    彼が自陣に戻ってきても、彼の示した威風に誰も何も喋れない。先程の声にはそれだけの威厳があったのだ。そう彼が戦場にいた全ての者の王であるかのごとく。   
    また彼も大したことはしていない様なそれこそ一騎討ちなど無かったかのごとくに振る舞っていたことで余計に、彼の恐ろしさが際立っていた。

    彼もその空気に気がついたのだろう、捕虜の様子を見てくると言って本陣を離れたからだ。
    彼の姿が見えなくなって、本陣にいる他の参謀達や護衛の騎士達は、あからさまに溜息をついて緊張感から脱していた。味方の勝利なのに、まるで鋭利な刃物を喉元に突き付けられていたような緊張感だった。私自身も知らない内に汗をかいていた。

    この戦場にいたものは誰もが思っただろう。あの若者は何者だろうかと。そして王国に新しい英雄が、生まれたのだと。

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