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ストーリー

デミ・ヒューマンズファンタジア

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暑い。

気温が高いだけならまだ良いが、肌に纏わり付く湿度にうんざりする。

ここは熱帯雨林。
そう、スコールが刺すように降り注ぎ、その水が太陽光で全てを蒸らしていく。

はっきり言って人の生きる場所ではないとまで思っている。
いや、彼は人ではないのだが。

少年の名前は「ナーゲル」。
ライオンの獣人だ。
獣人と言っても、ヒューマノイドと呼ばれる、少ししか動物の特性が発現しない種類だ。
ナーゲルに発現した特性は、鋭い爪、少し太い尻尾、首回りのたてがみだけだ。
鬣は暑いし役に立たないのでいつも剃っている。

自国である「ベラトール」の国民はナーゲルのようなヒューマノイドと、爬虫類の骨格が人に近づいただけのレプティロイドと呼ばれる獣人が殆どだ。
レプティロイドは人に近づいただけと言っても、知能はそれなりに高いし、言語も一応は話すことができる。
アニマロイドと呼ばれる、レプティロイドの哺乳類バージョンのような種類もいる。
彼等はヒューマノイド同士の子供に低確率で産まれる。

他にも巨人や小人など、様々な亜人も居る。

まあ国民の5割がレプティロイドなので余り声を大きくして言えないのだが、基本的にヒューマノイドは彼らを見下している。
アニマロイドに関しては完全に差別対象だ。
逆にレプティロイドは自分のこと以外に興味が薄く、アニマロイドは戦いを好む者が多いため差別されることを気にするような節はあまり無い。
まあ直接的な差別表現を彼等の前ですると当たり前だが怒るし、ヒューマノイドは例外を除いて他のタイプより弱いことが多いため殺されることもある。


まあそんなどうでも良い事は置いておく。
今は戦いの真っ只中なのだ。
レプティロイドだろうがアニマロイドだろうが貴重な戦力だし、ヒューマノイドよりも活躍している。
ナーゲルも部隊長となった今は全くと言っていいほど差別感情はないが、部隊に所属したばかりの頃は差別的だった。
しかし、彼等の活躍を目の前で見た途端、そこに居る、そこで戦っているという存在に魅せられた。
恐らく、戦場で活躍しているヒューマノイドの中にレプティロイドやアニマロイドを差別をするものはいないだろう。
差別主義な奴は連携が取れずにすぐ死んでいく。

今ナーゲルの真隣で倒れた者も差別主義者だ。
敵兵の放った矢が喉に刺さり、鈍い音を立てて崩れ落ちた。
度重なる戦闘により木々は枯れて太いものしか残っておらず、かなり射線が通る。
そのため、下手に動くと弓で射抜かれてしまうのだ。
あれほど動くなと言ったのに、彼は
「アニマロイドと肌合わせるくらいなら死んだ方がマシだ!」
と叫んで立ち上がったのだ。
どうやら、隠れている現状に、アニマロイドと密着しなければならないのが気に食わなかったらしい。

本当に差別主義ってのは無駄な考えだな。
ナーゲルはそう呟く。
敵国である「エクエス」も差別主義者の国なので、ベラトールの国民に差別思想があるのもおかしな話であるが、『人』と言う存在が濃いほど何かを見下さなければならない焦燥に駆られるのかもしれない。
それか弱いと群れて自分より強い者を怖がるだけか。
どちらにせよ人の血と言うのは中々に罪な存在だ。

敵国の「エクエス」は、完全なる「人」の国だ。
その国に亜人と呼ばれる存在はおらず、もし入ってしまった場合や産まれてしまった場合は殺されてしまう。

と聞いた事がある。

ナーゲルも亜人の一部であるからそう聞いた事があるだけで、本当の事は分からない。
まあそんな鬼畜人間が攻めてきたから、こうしてこんなクソ暑い場所で息を潜めているのだ。
そうやって隠れていると、血と泥の匂いが戦場の独特な雰囲気と融和して、蒸れた熱気が身体全体に纏わり付く。
それはこれまで何度も経験した、ナーゲルにとっての生きている証であった。

草と少しの窪みに身を隠しつつ、そっと敵を覗く。
遠目に弓を持って話をしている兵士が見える。
もう少し辺りを見渡してみる。
しばらく偵察を行っていると、ナーゲルと同じように偵察している人を見つけた。
向こうもナーゲルを見つけたようだ。
普通ならここで攻撃するのだが、ここは平和的に会釈する。
向こうも敵対の意思は無いのか、会釈し返してきた。

戦争の最中にこんなことはどうなのかと思うが、今は大規模戦闘の直後だ。
両陣営共に戦力を削がれている。
こちら側に残っているのは10人ほど。
向こうは弓兵と歩兵合わせて60人ほどだ。
戦力としては互角である。
しかしこちらの兵も疲弊し切っている。
今奇襲を仕掛けて突撃しても、返り討ちに遭う可能性は十分あり得る。
敵はこんなクソ暑い戦場でも鉄を含んだ鎧を身に纏い、短弓や短剣といった熱帯雨林の狭いところでも扱いやすい武装をしている。
それに練度や士気も高く、中々手強い相手だ。
もしかすると負けるかもしれない。

しかし、流石に向こうの指揮官もリスクを犯してまで戦闘を続ける判断はしなかったようだ。
ここで敵兵を殲滅できたとして、それは戦局に影響しない。
ここは最前線ではあるが、勝つのであれば「戦力を残したまま勝つ」ことが重要だ。
特に人間は個々の力が弱い。
それこそ数が残る戦いをしなければならないのだ。
ここで両者全滅したところで、また別の部隊がここで戦うだけである。
今懸命に索敵をしているのは、ナーゲルと、会釈した偵察兵、後は休憩中でないエクエスの弓兵数人だろう。

敵の指揮系統はまだ残っているようだが、損害をかなり与えることが出来た。
エクエスの強い点は数と連携であり、地形的、筋力的に圧倒的有利なベラトールの兵士達を戦略と数で押し切る優秀な軍団である。
元々1000人近くいた彼等を、生き残っている者は殆どが手練れとは言え、約60人まで減らせたのは奇跡に等しかった。

とは言えこちらも甚大な被害を被った。
戦力は10分の1まで削られ、知った顔も余り残っていない。
特にナーゲル自身の心を抉ってくるのは、大切な人の死だ。
幼馴染は先陣を切って突撃し、指揮官と互角の戦いを繰り広げて紙一重で死んでしまった。
育ての親は退避時の殿しんがり(退避する時に最後尾で敵を喰い止める役割)として、新兵器「火薬破かやくは(陶器の壺に黒色火薬を詰めた原始的な爆弾。現実世界での名称は焙烙玉。)」を用いて徹底抗戦し、力尽きる直前、最後は敵兵諸共自爆した。

今まで沢山の人間を殺して来たし、沢山の仲間を亡くしてきた。
それでも物心ついた時から共にいた存在が、今はもうこの世に存在しないという事実は、ナーゲルの思考を強張らせる。


死にたい。

彼等のいない世界に意味など有るのか。

この場で立ち上がれば、彼等と共に逝けるのではないか。


そう考えた。
そう考えるしかなかった。


先程までは。

その考えを覆してくれたのは、先程無残にもアニマロイド差別で死んでしまった者の隣。
その原因となったアニマロイドだ。

彼女の名前は「ヴィルド」。
ライオンの獣人であり、ナーゲルの恋人である。
撤退時に心が折れ、敵に突撃しようとしたナーゲルをぶん殴り、投げ飛ばす事で強制的に退却させた強い女である。
彼女に支えられた。
と言うよりは、折れた心を無理矢理くっつけられたような彼女らしいものだったが、それでもナーゲルはそれに救われたのだ。
本当に愛おしくて、本当に野性味あふれる彼女に部隊長として指示を出す。

もう日が暮れる。
人間やヒューマノイドは夜目よめが効かない。
多少は効くが、影の多いこの熱帯雨林では殆ど見ることができない。
しかし、一部のアニマロイド。
ライオンとカバなら、2人しかいないが夜目が効く。

何をするのかと言うと、火薬破で敵の睡眠を妨害してやろうと言うのだ。
敵の中には目が見えなくても気配だけで場所を把握してくる猛者が居るため、2人だけでの奇襲は命を軽視しない限り余り得策では無い。
だが、少し離れた所から火薬破を投げつけて爆発させれば、敵を殺せるし音や光によって睡眠も妨害出来ると考えたのだ。

素早く余った火薬破と石皿の上に載った簡易蝋燭を用意させ、匍匐前進で迂回させながら敵陣の方へ向かわせる。

しばらくし、光が星空と月灯りだけになると、遠くで光が、少しして音が聞こえてきた。
どうやら1度目の爆撃は成功したらしい。
このまま場所を変えつつ、何度も爆破してくれれば作戦は成功である。
ナーゲルは少しだけ安堵しつつ、偵察に戻る。
こちらも奇襲を受ける可能性は十分にあるためだ。
徐々に闇が深くなり、それに伴って少しづつ目が慣れてくる。
太い木しか残っていないとは言え、それでも敵が何処にいるかは分かりづらい。

ふと、視界の端に動くものが見えた気がした。
気のせいか?
耳を澄まし、気配を感じとる。
何処にいる?















後ろだ。
飛び退いた瞬間、元いた場所に刃が振り下ろされる。
間一髪、ギリギリで避けることが出来た。

「いやはや、やはり歳ですかな。
では、老兵はここでお暇させていただきますぞ。」

ベラトール語で話しかけられる。
なぜエクエスの兵がベラトール語を話せるのかと思ったが、すぐに反撃に出る。
一気に距離を詰め、老兵の喉を切り裂く。
はずだった。
ナーゲルの爪は空を切り、熱帯雨林は既に静かな夜へと戻っていた。


化け物じゃねえか。


考えるよりも先にその言葉が口から出た。

しかし、その言葉すらそこに居たはずの老兵には届いていなかった。



本当の戦いはこれからなのかもしれない。
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