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78 ロヴェリア公爵夫人

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 祝賀会は適当なところで帰る予定であったが、ジャンルイジ大公に声をかけたがる貴族が次から次へと現れてきた。
 中には大事な内容も含まれており、ルドヴィカはしばらく席を外すこととした。

「薔薇の庭園で休んでいます」

 そこなら静かに過ごせるだろう。会場は段々熱気に包まれておりむしろ暑いと感じていた。

「外にガヴァス卿が待機してある。一緒に行動をするように」

 仮にもアンジェロ大公家を陥れようとした者らの本拠地である。ルドヴィカは仕方ないと頷き、外で待機しているガヴァス卿に声をかけた。

 宮殿はところどころ雰囲気が変わった。
 だが、この薔薇の庭園は変わらなかった。
 ルドヴィカは宮殿の図書館から借りた本をここで読んで過ごすことが多かった。
 本当に懐かしい。

「ルドヴィカ」

 後ろから声をかけられてルドヴィカはふり向いた。
 ロヴェリア公爵夫人であった。ルドヴィカは母である彼女を夫人と呼び微笑んだ。

「あなた、その衣装は何なのよ」

 突然のいちゃもんにルドヴィカは眉をひそめた。

「このお祝いの場でワインレッドなんて悪目立ちする色を身に着けるなんて。ここは皇帝家が主催したパーティーよ」
「失礼ながら、夫人。この色はアンジェロ大公家のシンボルカラーであり、公的な参加の時に身に着けるものです」

 戦争がはじまってから十年以上、アンジェロ大公家が帝都の公的なパーティーに参加していなかったとしても母の世代であればわかることだ。

「それでもあなたには相応しい色ではないわ」
「どうしてです?」

 ルドヴィカは首を傾げた。何故と聞いても特に理由は出てこない。自分で考えろという雰囲気にルドヴィカはため息をついた。
 こんな女性の顔色を伺っていたと思うと悲しくなる。

「夫人も少し考えたらよろしいでしょう」
「なっ……」
「私の今の名と立場を言ってみてください」
「そんなの。ルドヴィカ・ロヴェリアでしょう」

 まだこの女性の中では5年前のルドヴィカのままなのか。確かにあれから特別手紙のやり取りをしていたわけではない。イメージが止まってしまったのも仕方ないだろう。

「私は、5年前からルドヴィカ・アンジェロ大公妃となりました。上位貴族の夫人ともあろう方がそのような考えでは困ります」
「なっ……ルドヴィカ!」
「夫人がおっしゃっていた私には相応しくない色と仰いましたが、それではこれはアンジェロ大公殿下に言っても良いでしょうか。このドレスの色、デザインを選び用意したのは殿下ですから、あなたの仰られたことが本当であれば今後恥にならないように言わなければいけません」

 夫の身分を笠に着る行為は良いことではないが、これ以上ロヴェリア夫人のいちゃもんに付き合う気力はない。

「何て、傲慢な」

 ロヴェリア夫人はルドヴィカに対して手を振り上げた。
 冷たい空気の中、張り詰めた音が響いた。
 彼女がルドヴィカの頬に平手打ちしたのである。
 何と無礼なとガヴァス卿は前へ出ようとしたが、ルドヴィカが制する。

「大公妃になったからといって偉そうにして……アリアンヌのおかげでその地位につけたというのに」

 恨みがましい言葉を言うが、アリアンヌがいなければルドヴィカは皇后になっていた。
 仮初の皇后のような扱いであったので、それを思えば今の方がずっと良くアリアンヌには感謝すべきなのかもしれない。

「もし、私のドレスの選択、私のありようにご不満であればそれはご自身に問い詰めたら如何でしょう。あなたは私の教育に一切関与しませんでした。デビュタントのドレス選びも、レッスンも全て使用人と家庭教師任せです。あなたはいつでも妹の方しか見ていませんでした」
「うるさいわ!」
「今更私に不満など……前の通り見なければ良いだけでしょう」
「何よ。あなたのせいで私は苦しんだのよ。あなたのせいで!」

 ロヴェリア公爵夫人は金切り声で叫んだ。

「あなたが生まれた時私は夫から、義母から何といわれか。鼠色の髪の子を産んだ中途半端な嫁と蔑まれて……どれだけ私が苦しんだというの! あれから私がどれだけ努力して夫の気を向けさせ、アリアンヌを産んだかわかっているの!」

 ようやく母の本心が出て来た。場所がこの宮殿内であるのはどうかと思うが。

「この醜い鼠色の髪のせいで私がどれだけ、どれだけ!」
「私が好きでこの髪で生まれた訳ではありません」

 ルドヴィカはぎろっと公爵夫人を睨んだ。

「この帝都で、この髪で私は受けなくても良い侮辱を受け続けていました。父、母も私を庇うことなく、私を放置して……婚約者にも侮辱され、この髪は好きではありませんでした」

 ルドヴィカはひとつ息を吸い込み吐き出した。

「この髪を気にすることのない大公領へ行けて、私は幸せです」

 にこりと微笑んだルドヴィカの笑顔は月日に照らされてかげりのあるものとなった。
 それが儚く美しいものに映り、今まで蔑んでいたロヴェリア公爵夫人ですら思わず目を奪われてしまう。

「私はようやく決心しました。今の私に何が大事か……私を蔑み続ける公爵夫人の娘ではなくこれからは私を認めてくださり方の妻としてありたい。今後、ロヴェリア公爵家とは縁を切ります。勿論大公殿下からも了承を頂いております。あなたもその方がよろしいでしょう」

 絶縁宣言である。
 これから自分はロヴェリア公爵家とは関係ない。目の前の女性は母親ではないのだと宣言した。

「あなた、何を言っているの。そんなこと認められるわけが」
「なら、裁判を起こしますか。それこそ公爵家の恥になりそうですが」

 なおも色々言い張る公爵夫人にルドヴィカはどうやって追い出そうと考えた。
 ジャンルイジ大公が来るのを待った方がいいのだろうか。

 がさ。

 垣根の方で何かが動く気配がして、ロヴェリア公爵夫人は捨て台詞を吐いてそそくさと立ち去ってくれた。
 誰かに見られてしまったのだろう。
 別にルドヴィカにはどうでもいいことであるが。

「あの」

 垣根の方から聞こえる声は予想より幼い声であった。
 てっきり祝賀会に参加している令嬢か、紳士だろうと思っていた。
 垣根から現れた存在にルドヴィカは目を丸くした。
 月の光に照らされた薔薇の庭園で、自分と同じ鼠色の髪の幼女がそこにいたのである。
 寝間着ドレスに、ガウンを羽織った幼い少女。
 自分と同じ赤い瞳が、ルビーのように輝いていた。
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