上 下
30 / 94

29 唯一の贈り物

しおりを挟む
 食事が終わった後、ルドヴィカは部屋へ戻ろうとしたがジャンルイジ大公は呼び止めた。
 どうしたのだろうとルドヴィカは首を傾げた。
 ジャンルイジ大公はちらりとパルドンへ視線を送るとパルドンは心得たように包みを持ってきた。

 赤いリボンで飾られた小さな箱だ。どこかで見たような気がする。
 ジャンルイジ大公はそれを受け取り、ルドヴィカの前に置いた。

「殿下、これは……」
「いつまでもお前にいろいろもらうばかりでは示しがつかないと思ってな」

 たいしたものではないと渡された箱を開くと、薔薇をモチーフにした髪飾りが入っていた。
 薔薇をあしらったゴールドに、ルビーがちりばめられている。
 ルドヴィカは無言でじっと髪飾りを見つめた。

「その、あまり気に入らなかったか」

 ずっと黙っているルドヴィカの反応を気にして、ジャンルイジ大公は不安そうに声をかけた。

「気に食わないのなら別のものに変えてもいい。後でパルドンにカタログを部屋へ送ろう」
「いいえ」

 ルドヴィカは壊れないように髪飾りを握った。

「これが良いです」
「お前の美しい髪によく映えるだろう」
「私の鼠色(ブルーグレイ)の髪を褒めてくれるのは殿下くらいですよ」

 ふふっとルドヴィカは笑った。

「そうなのか?」
「私の髪色は帝都では好ましくないので、鼠のようで貧相で」

 妹のアリアンヌのような金髪が好ましい。皇帝家も持つ高貴な髪の色とは対象にルドヴィカのは貧相な色だと陰で囁かれていた。

「私は好きだぞ」

 お世辞でも嬉しい。

「殿下、大切にいたします。ありがとうございます」

 ルドヴィカは改めてお礼を言い、部屋を出て行った。

 ◆◆◆

 部屋へ戻った後、ルドヴィカは何度も髪飾りを眺めた。
 もう一度これがルドヴィカの手に渡るとは思わなかった。
 この髪飾りは前世のジャンルイジ大公がルドヴィカに贈った最初で最後のものだ。

 ルドヴィカの手に渡ったのはジャンルイジ大公が崩御した後であった。
 小さな屋敷で過ごしていたルドヴィカの元へ、引退前のパルドンが訪れた。手には大事そうに髪飾りの入った赤いりぼんで飾られた箱を携えていた。
 今ルドヴィカが手にしている髪飾りである。

 ジャンルイジ大公が生前に作らせたものであったが、結局渡せないまま崩御された。
 ルドヴィカの為に作られたものだから、ルドヴィカの手に渡るのが一番であろう。
 そうパルドンはルドヴィカに手渡した。

 箱の中にはメッセージカードが入っていた。

 ーー『お前の髪を見て、思い描いたデザインである。きっと綺麗な髪に映えるだろう』

 それを見た瞬間ルドヴィカは涙を流した。
 自分はこんなに彼によくしてもらいながら何も返せないままだった。
 どうして自分は彼の優しさに気づこうとしなかったのか。
 どうして自暴自棄になり、彼と交流しようとしなかったのか。
 後悔しても全てが遅すぎた。

 髪飾りを眺めると前世を思い出してしまう。
 ジャンルイジ大公の妹も守れず、アンジェロ大公家は滅亡し、髪飾りも奪われ、資産も失い修道院へと追放された。

「今度は大丈夫……大丈夫」

 ルドヴィカは自分に言い聞かせた。
 今のところ順調である。ルドヴィカは大公城でうまく立ち回れており、ジャンルイジ大公の容態もよくなってきている。

 唯一気になるのは未だに心開いてくれないビアンカ公女であった。
 幼い少女にとってこの2年はつらいもので、兄からの反応はたいそうショックだっただろう。まだ距離を縮めるのが憚れた。メイドのアンに相談して、お菓子に手紙を添えて送ってみたが返事は来ていない。

「大公妃様」

 就寝の準備をしていると訪問する者がいた。
 さっきビアンカ公女のことを思ったからだろうか。
 彼女のメイドのアンであった。

「夜分遅くに申し訳ありません」

 部屋へ入れてもらったアンは恐縮して、ルドヴィカに礼をした。

「いいのよ。この時間にやってきたということは公女のことね」

 アンはこくりとうなずいた。

「大公妃に直接話がしたいとのことです」

 大公城の敷地内の大きな池がある。そこの畔で、お茶会の準備をして招待したいとのことだった。

「人目を気にしておられます。できればメイドにも従僕を連れず、二人っきりで話したいと」

 しばらくルドヴィカは考えた。
 話したい内容はジャンルイジ大公のことだろう。
 ジャンルイジ大公の容態についてどう語るか。
 アリアンヌの言霊魔法の具体的な内容も教えた方がいい。
 あの日、ジャンルイジ大公に避けられたことでひどく傷ついていた。

 決してビアンカ公女を嫌っての反応ではないと伝えておきたい。
 言霊魔法の内容は8歳の少女には納得できるものではないだろう。
 ことの発端となったアリアンヌの姉であるルドヴィカへ一層敵意をむき出しにするかもしれない。
 でも、ビアンカ公女には知る権利はあるはずだ。

「大公殿下にもこのことは内密に」

 それにルドヴィカは困惑した。
 ジャンルイジ大公には伝えておこうと思ったのだが。

「そうしなければ会わないとおっしゃられております」

 この機会を逃せばルドヴィカがビアンカ公女に会うことはしばらくないだろう。

「……わかりました」

 ジャンルイジ大公には悪いが、彼女には現状を伝えようと思う。
 せっかく少女がルドヴィカを頼ってくれたのだから、できる限り答えたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...