上 下
26 / 94

25 消えたシフォンケーキ

しおりを挟む
 ルドヴィカの執務室でルフィーノはテーブルの上にひっくり返したカップを並べた。
 ルドヴィカは神妙な表情で、ひとつを選んだ。同時に中に入っているものをどのように感じたかを口にする。

「ふわふわしたもののような」

 カップを持ち上げてみるとそこには魔法道具が入っていた。
 小さな獣の尻尾の一部を加工されたものである。ふわふわと言っていたものもあたった。

「だいぶよくなってきたのでは」
「それでも30回中19回、正確性に乏しいです」

 実用性としてはまだまだとルフィーノに烙印を押されてしまう。
 ジャンルイジ大公のリハビリを騎士二人に任せている間、ルドヴィカは魔法の訓練を受けていた。
 開始のきっかけはルドヴィカが今後得たいと思っていた道具についてである。
 超音波検査、といった体を切らなくても臓器の状態を確認できる道具である。
 もちろん、この世界にはまだそういったものは存在しない。
 血液検査があるだけましなありがたいと思う方だった。
 魔法棟で画像検査の道具について聞いても夢物語のように扱われたが、ルフィーノはしばらくルドヴィカの話を聞き試しにと提案してみた。

「そういった道具はまだ難しいですが、大公妃の魔法形態の使いようによっては似たことが可能かもしれません」

 まずは大公妃の魔法技能がどの程度かの把握であった。
 前世のルドヴィカは貧しい修道院時代になってようやく魔法の勉強をした。
 攻撃魔法や治癒魔法などメジャーな魔法はからっきしであったが、修道院にいた老修道女がルドヴィカに基礎を教えてくれた。
 ルドヴィカは自分には才能がないと、すぐに投げ出そうとしたが彼女に熱心に教えられて言われるまま訓練した。
 ようやく得られたものが透視魔法であり残念に感じたが、彼女はそれも大事な能力だとルドヴィカの成長を喜んだ。

 転生してから透視魔法を使ったのは一度である。婚約破棄の場でアリアンヌ
の魔法を確認した時である。
 あの時は魅了魔法としか感じられなかったが、ルフィーノ曰くもうひとつの言霊魔法もあったはずだと指摘した。

「大公妃は透視魔法の多少できるようですが、正確性は微妙。そして、もう一歩先の分析能力を身に着けるべきでしょう」

 魔法使いはひとつの魔法形態を得たらそれに合わせた別の魔法形態を身に着ける必要がある。攻撃魔法の次に、補助の為の調整魔法を身に着けて魔法の範囲、規模を調節していく。これがなければ被害が甚大になってしまう。
 重要性を理解せず身に着けることを怠って、かえって味方の足を引っ張った魔法使いも戦場で見て来たそうだ。
 治癒魔法を使えるものは次に補助魔法を身に着ける。体力や防御を強化したり、弱化させるのが有名であるが、免疫を活発にしたり、乱れた体内サイクルを補正することも補助魔法形態であった。

 ルドヴィカは透視魔法を多少仕えるが、あくまで透視魔法のみ、それも正確性は低い。
 ルフィーノはまずこの正確性をあげる為の訓練を施すこととした。
 それが今行っていることだ。

 同時に分析魔法の取得を支援していった。訓練用の道具が一応存在しており、それが今カップの中にいれていたものだ。
 それで感じるままのものを発言させてみるが、ルフィーノ曰く全然だという。何度ダメ出しされたかわからない。時々丁寧語が抜けていた気もするが、気にする程の余裕がルドヴィカには消えていた。

「大公妃様、少し休憩しましょう」

 ルルはかちゃりと彼女の前にお茶とお菓子を差し出した。

「今日はきなこを使ったシフォンケーキです」
「やった。ルフィーノ殿も折角だから食べていって」

 ルドヴィカは待っていましたとケーキカバーが開かれるのを待った。
 きなこはスムージーを作成させる過程でできた。大豆を炒ってミキサーで作れたし、バルドに入手してもらった東の国の料理本にも精製方法が書かれていた。ルドヴィカはこれを厨房に取り入れるように願った。

 ルフィーノも少し興味があった。大豆を使って菓子が作られるなどぴんとこない。
 実は彼は甘いものに目がなかった。
 頭を使う研究を日常のようにしているため、休憩の合間に甘い果実をとるのが習慣であった。いつぞやの彼の弟子たちがルドヴィカに投げつけた林檎は彼の間食であった。

「あっ!」

 ケーキカバーを開けると中にあるはずのシフォンケーキがなかった。
 食べかすが残されていて誰かが食べたように思える。

「そんな、確かに厨房で受け取って確認したのに」

 どういうことだとルルは青ざめた。

「……」

 ルフィーノは外されたケーキカバーに触れてしばらく沈黙していた。

「申し訳ありません。すぐに厨房へ戻って確認をします」

 ルルは急いで厨房へ向かおうとするが、ルフィーノがそれを止めた。

「必要ない。お前は大公妃にお茶でも淹れておいてくれ」

 ルフィーノは立ち上がり、部屋を出ていった。残されたルドヴィカはとにかく自分の失態だと青ざめたルルを慰めた。

「ルル、落ち着いて」
「私、確かに厨房から持ってきた時はあって……」
「大丈夫よ。あなたが食べたなんて疑っていないから」

 ルドヴィカはとにかくお茶を淹れて欲しいと願い、ルルはようやくティーポットに触れた。
 シフォンケーキは残念であったが、犯人を捜さない訳にもいかない。
 このままだと今日のルルの気分が落ち込んだ状態のままだ。

「何か手がかりがあればいいのだけど」

 そういえば、ルフィーノはこのまま魔法棟へ戻ったきり今日は授業は終わりなのだろうか。
 それであれば別にいい。
 届けられた手紙の整理もしておきたいし、来週行く予定のチャリティーパーティーのオークションで出す商品を考えなければならない。孤児院の視察もそろそろ日程を決めなければ。
 ぶつぶつとスケジュールを確認しながら大公妃としての仕事を整理していると、扉が開かれた。
 帰ったと思ったルフィーノであった。
 彼はむすっとした表情で両脇に二人の少年を抱えていた。
 少年たちはまるで怯えた小動物のように大人しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...