乙の子

ariya

文字の大きさ
上 下
6 / 8

5 正体

しおりを挟む
 小十郎がはつを伴い戻ってくると阿梅が慌てて建物から飛び出してきた。

「おはつっ。どこへ行っていたのです。心配したではないですかっ」
「申し訳ありません。姉上」

 阿梅は改めて小十郎に振り向いた。

「殿にも心配をおかけして、……申し訳なく」
「いや、阿梅殿、気になさるな。元は私の短慮のせいだ。この子に槍の稽古を提案したのは私だし」
「そんな」
「阿梅殿」

 小十郎は困っている阿梅に問いただした。

「何故、おはつ殿に槍を禁じたのです? どうしてそこまでお怒りになられた」
「それは」

 阿梅は困ったように俯き頭の中で理由をあげていった。

「江戸の目にとまったら事ですし、……」
「そんな事を気にすることもありません。第一、おはつは女ではないですか? 男だったら少し面倒になるかもしれないが」
「女ではないのです」

 小十郎の言葉におはつはすぐにはっきりと言った。それに小十郎はすぐに認識できなかった。

「おはつっ」

 阿梅が慌てておはつの口を封じようとした。

 今、何か言ったか?

 小十郎は眼を丸くしておはつを見つめた。

「姉上、もうよいでしょう。ここまでよくしてくださった片倉家に嘘をつくのはよくないことです」

 ひどく狼狽している阿梅にはつはまっすぐに見据えて答えた。

「それはどういうことだ、おはつ殿。それよりもそなたはそこまで喋れたのか?」

 随分変な言い方だが、今まで引っ込み思案で言動が乏しかったおはつはどこか大人しめで凛としていた。

「はい、姉にそうしろと言われたので、いつまでも人見知りで喋るのが苦手な少女を演じてきました」
「何故、そうする必要があった」
「私が女じゃないからです」

 同じことをもう一度聞き、小十郎は考えた。

 女じゃない。ということは……。

 あたりまえのことであるが、それを尋ねた。

「男なのか?」

 小十郎の問いにはつは頷いて答えた。

「はい。私は、真田幸村の二男・大八です」
「ああ」

 阿梅は頭を抱えその場に崩れ落ちてしまった。

「おまえはなんということを……」

 せっかくここまで隠し通していたことをここですべてダメにしてしまうとは。

「このまま大きくなっても男が女だと誤魔化すことはできません」

 おはつ、いや大八は苦笑いして阿梅に言った。
 おはつは女ではなくて男で、しかも真田幸村の正室腹の真田大八。
 要点をまとめながら小十郎はまだ実感がわかなかった。

「いや、その……」

 混乱してどういっていいのかわからなかった。
 人払いした部屋に小十郎と阿梅、阿菖蒲、おかね、そしておはつと名乗っていた大八が向き合って話をした。
 ようやく話がまとまって落ち着いた小十郎が口を開いた。

「いや、しかし、驚いた。おはつが男だとは全く気がつかなかった」

 考えれば槍の捌き方には幼い少女の枠を超え、武家の男児と比較してもひけはとらなかった。むしろ女にしておくには惜しい腕だと本当に思っていた。

 本当に男だったとは。

「真田大八は死んだと聞いたが」

 確か大坂夏の陣が終わった頃、京にて彼の死体が見つかったという情報が入った。

「それは京で死んだ行き場のないまま死んだ孤児の死体です」

 華の都といわれる都には大勢人が集まる。
 そうした所の影には乞食、孤児が端っこで静かに生きているのは珍しいことではなかった。
 京でなくても人の集まる場所の端っこにはきまってそういった光景がある。しかし、誰も気にせず眼にもとめない。

「京の川辺には死体が転がっている場合があります。しかも、大坂で戦があったというからさらに物騒で、死体が乱雑に転がっている場所があります。父に仕えていた忍びの者がその中で私によく似た背格好の子供の死体を見つけ、顔を石で潰し、私の着物を着せて私の死体だと偽ったのです」

「印字打ちの石合戦で死んだという噂はその顔を誤魔化すためだったのか」

 大八はこくりと頷いた。
 情報によると、あの死体の懐には刀がさしてあったと聞く。六文銭の紋のついた見事な脇差しが。
 それがあったため徳川の者は真田大八の死体だと信じ込んだのだ。

「あの脇差しは偽物だったか」
「あれは本物です」

 大八は悲しそうに笑った。

「徳川の眼をごまかすためどうしても本物を死体の脇に差す必要があった。けど、幼い私はそれを拒んだ。あの脇差しは父から頂いた唯一の宝なのです。でも」

 大八はちらりと恨めし気に姉たちを見つめた。
 それに阿菖蒲が付け加えるように説明した。

「私が無理に脇差しを引き離したのです。大八の危険が少しでも減ればと思い」

 おかげで徳川の目を誤魔化すことに成功した。

「このままどうするつもりでした」

 今は幼い子であるが成長すれば男とばれてしまう。

「成長前に仏門に入れようと考えていました」

 阿梅の言葉に小十郎は納得した。

「しかし、随分思い切ったことをする。男を女と偽って」
「申し訳ありません。恩のある片倉家に嘘偽りを言うなど」

 阿梅はかしこまって頭を下げた。
 それに倣い妹弟たちも一斉に額を床にこすり付ける勢いで頭を下げた。

「いや、怒っているわけではない。むしろ感心しているのだ」

 阿梅の大胆さに改めて感じ入ってしまった小十郎であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄昏の芙蓉

翔子
歴史・時代
本作のあらすじ: 平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。 ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。 御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。 ※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

妖刀 益荒男

地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女 お集まりいただきました皆様に 本日お聞きいただきますのは 一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か 蓋をあけて見なけりゃわからない 妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう からかい上手の女に皮肉な忍び 個性豊かな面子に振り回され 妖刀は己の求める鞘に会えるのか 男は己の尊厳を取り戻せるのか 一人と一刀の冒険活劇 いまここに開幕、か~い~ま~く~

狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。  御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……? ※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)  他サイトにも投稿中。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

処理中です...