【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編⑦ 悪女がただの少女になるとき

67 花姫が終わる頃

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 アリアが消えた後、闇の中アリーシャはどこへ行くべきか理解した。

「シオン、起きて」

 アリーシャが声をかけるとシオンは呻きながら起き上がった。血がたくさん抜けて顔色が悪い。

「頑張って、一緒に戻りましょう。一緒に戻ってあなたと話したいことがあるの」

 シオンを支えながらアリーシャは何度も声をかける。
 そして、光のみえる方へ懸命に歩いた。

「ダメです。服が汚れます」
「それくらいいいわ」

「重いですよ」
「そうね。でも、頑張るわ」

 何度もシオンはアリーシャに置いていくように言う。
 しかし、アリーシャは全て却下した。必ず一緒に帰るのだ。

 歩いているうちに、アリーシャは光の中に包まれて瞼を閉ざした。
 目をあけると自分を心配そうにのぞき込むドロシーの姿があった。
 どれくらい泣いていたのか目が真っ赤だった。

「アリーシャ様、よかったぁ」

 ずびびっと鼻水をすする彼女にアリーシャは呆れてハンカチを取り出した。

 話を聞くとティティスと対峙した日から3日が経過していた。

「シオンは?」

「ここだ」

 アルバートの声の方へと反応するとアルバートに支えられたシオンがいた。
 彼は全身から血が流れて苦しそうな呼吸をしていた。
 さぁっとアリーシャは青ざめる。
 傍らにはエヴァがシオンの治療に専念している。

「エヴァが対応してくれている」
「安心しろ。時間はかかるが助けてやる」

 エヴァの言葉にアリーシャは泣きそうに顔がぐしゃぐしゃになった。

「お礼はレディー・モナのケーキ5種セットだ」

 軽口をたたくエヴァにアリーシャは必死に頷いた。

「5種なんて言わないで。もっと用意するわ。だからシオンをお願い」
「任せろ」

 エヴァがにっと笑った。

「アリーシャ」

 ヴィクター王太子がアリーシャに膝をついていた。

「今まですまないことをした」

 彼も呪いの犠牲者である。
 ティティスの影響でエレン王子、アリーシャに対して酷い言動を繰り返していた。
 記憶はしっかりとあるようで彼は苦しんでいる。
 良心を一応持っていたようた。

「もういいわ」

 いちいち謝罪を受け取るのも面倒になってきた。

「だが、私が君に酷いことを繰り返した。エレンにも」

「もう私は誰かを恨むのも疲れたの」

 ティティスが謝っている訳でもない。

「もう疲れたの。休ませて」

 ふかふかの寝台で寝かせて欲しい。
 そういうと騎士たちがアリーシャを丁重に運んで上質な寝台のへと案内した。
 何か言うとそのまま叶いそうな気がする。
 一応国の滅亡を防いだことになっているようだ。それとも王族からの謝罪からか。

 だが、アリーシャの一番欲しいものは王族でも用意できないだろう。

 起きた後、アリーシャは改めてヴィクター王太子の部屋へ訪れた。
 心配してドロシーとエヴァが見守っている。
 そして、王太子の傍らにはローズマリーとドーラが待機していた。
 ローズマリーの顔をみて驚いてしまう。目のあたりに痣がみえたからだ。
 呪いの影響で数か月経過すれば消えるから心配ない。エヴァはこそっと耳打ちした。

「もう大丈夫なのか」
「はい、お忙しい中時間をとっていただきありがとうございます」

 アリーシャは求められるまま王太子の向かいのソファに腰をかけた。

「気にすることはない」
「私はこれであなたに会うことを最後にしたいです」

 もうこれから何があろうとヴィクターに会わない。だから、いうだけのことはする。

「私はあなたを許しません」

 これだけは言ってやろうと思った。

 彼が幼少時にティティスに唆されて呪いを全身に受けた。
 呪いの影響で彼の中には深く根付いていた悪意が面に出た。それがエレンとアリーシャを傷つけた。
 本来の彼は責任感と自制心があるのだが、その根底に悪意は確かにあった。

 同様に謝罪を受けたエレンはヴィクターを許した。
 だが、アリーシャはヴィクターを許せない。
 彼を恨んだり呪う気はない。ただ許さない。
 それでいいとエヴァは笑った。

「あなたは自分のしたことをずっと忘れないでください。もし良心があればふとした拍子で罪悪感に苦むことを望みます」
「そうだな。そなたに許してもらって苦しみを軽くしようとは思わない」

 一人の女性に熱い湯をかけたこともある。公衆の面前で恥をかかせ暴力を振るったこともある。
 自分の手は剣を握り、国を、弱気存在を守るものだとずっと教えられてきたというのに教えに背くことをしてしまった。

 許されることはない。

「これは謝罪とは別の話だ。そなたには花姫として王宮にて務めた為、報奨金を出そうと思う」
「でも途中辞退でしょう?」

 途中辞退者には報奨金は支払えない。一応アリーシャも自分で調べていた。

「私がよいと言っているのだ。ローズマリーにもクリスにも支払われるから遠慮するな」

 まだ花姫を続ける予定の二人にも支払われる話が出たのだろうか。
 まるで彼女ら二人も途中辞退するような言い方だ。

「そして、王族を女神の呪いから救ったお礼をしたい。何か希望があれば言って欲しい」

 それは必要ないと断った。
 今回はアリーシャ自身の力ではない。
 アルバート、エヴァ、ドロシー、ローランとアリアの力がなければ解決しなかった。
 自分の功績と言われると違うような気がする。

 だが、危険を冒して王宮内の呪いを回収し続けていたということは間違いないとヴィクター王太子は断じた。

「それでは殿下、あなたに決して会うことがないようにしてください。そして私を悪用しようとする貴族が出て来ないようにしてください」

 しばらくヴィクター王太子は考え込んだ。
 ちらりとローズマリーとドーラを見やると二人はこくりと頷くのみだった。

「わかった。方法は父と、できればローズマリーと相談していいか。今の私には方法が思い浮かばない」

「よろしくお願いします」

 そしてさようならとアリーシャはカーテシーを披露した。王太子にみせる最後の礼である。
 呪いがなければもう少し違った出会いがあったかもしれない。
 ちらりと考えるが、すぐに首を横にふる。もし、というのはないだろう。
 結局彼とは溝があり、アリーシャはそれを埋める気はない。それが全てである。

 数日後、花姫アリーシャは世間では死んだということになった。
 ティティスの呪いを受けて、肉体も残らなかったという。
 人々はアリーシャを悪女と蔑み続けた。きっと王族を呪おうとして自滅したのだ。

 しばらくすると悪女は悲劇の少女と変わる。

 ヴィクター王太子が自身の罪を告白した。
 幼い頃にティティスの封印された瓶を開けてしまった。
 それにより王宮内に呪いが蔓延してしまった。
 アリーシャはその被害にあったのだ。彼女の犠牲がなければ多くの犠牲が出ていただろう。

 ヴィクターはこの罪で、廃太子となった。代わりに王太子になったのはエレン王子であった。

 それでは近いうちに花姫制度が開始されるのだろうか。

 貴族の者たちは慌てて適切な花姫候補の令嬢を探し回っていたが必要はなくなった。
 花姫はヴィクター王太子の代で終わることを発表したのである。

 はじめは確かに国家の繁栄の為に花姫の制度は、今はすっかり形骸化してしまった。。
 逆に新しい呪いの一種と化していたという意見もある。

 王宮という箱の中で複数人の花姫が競い合い、妬み嫉み合う。
 時には苛烈な陰謀が繰り広げられ、それにより傷つき障害を抱えた令嬢も出た。

 エレンは調べた内容を発表した。
 そもそも花姫の元になった秘石は、魔力も出自も関係ない。
 初代王妃が新しく王族に嫁いだ少女を祝う為に遺したものである。
 後に解釈を歪曲化され、王宮内に12の宮を設立して妃候補たちを競わせるものへと変わってしまった。

 花姫廃止に関しては王宮魔法使いが抗議していたが、長年呪いに晒されていた王宮での不始末を指摘され花姫の宮を危険な場所にしてしまったと弾劾され発言力を失っていった。

「なんとまー、花姫がなくなるとら思いもしなかった」

 ジベールの執務室で老紳士は語り合う。

「あんなに大事な花姫がーと言っていたが、今はそんな気分が起きないの」

 何故あんなに意固地になっていたのかとお互い首を傾げた。

「呪いのせいかの?」
「なんでも呪いで片付けてはならんぞ」
「まー、よいではないか。花姫が終わったのであればこれでのんびり田舎生活に戻れるわ」

 その時扉が開き大量の書類が運び込まれる。

「これらは御三方が引退する前に残していって仕事の山です」

 あまりに膨大な量であった。ジベールはにこにこと笑う。

「これらが片付くまで田舎には帰しません。大丈夫です。優秀な秘書ドーラもおり、1年頑張れば片付きます」

 ジベールは笑っていた。だが、目は笑ってない。
 三人の老紳士の悲鳴が響いた。

 王太子でなくなったヴィクターはエレン王太子にいくらか引継ぎを済ませ王宮を去った。
 彼の行き先は北の方であった。シェリル大公の元で一般兵士としてやり直し自分を鍛え直したいという。

 大公家養子の話も出たが、ヴィクターは拒否した。自分にはその資格はないと。
 大公領で実力を示したヴィクターは男爵の地位に就く。
 それ以上の爵位の話もあったが彼は望まず大公家に生涯をささげた。

 ローズマリーはエレンの妃として名が挙がったが彼女は辞退し、北の方へ、ヴィクターについていった。
 意外なことだが、ローズマリーはヴィクターに嫁ぐことは既に受け入れていた。

 どうして彼女がヴィクターについていったか、きっと深い愛で結ばれたのだというがそうではない。
 ローズマリーはヴィクターに釘を刺し続ける為に嫁いだのだ。
 彼が自分の罪を忘れないように。
 呪いのせいでも彼がエレン、アリーシャにしたことは忘れさせないつもりだ。
 忘れた時はどうしてやろうかとローズマリーは笑っていた。
 ヴィクターはこれを受け入れ、彼女と一緒になることを選んだ。

 10年後、アリーシャの元にローズマリーからの手紙が届けられた。
 彼は毎日教会へ訪れて自分の行為を懺悔しているという。
 良心というものは一応持っている男なので、これからもアリーシャにしてきたことを悔やみ苦しみ続けるだろう。
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