【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編④ 回帰前、悪女が去った後

40 おそろしいものをみた

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 例の狩猟祭の事件から1か月が経過した。徹底的に調べられたエリザベス王妃の遺体はようやく解放された。
 葬儀は粛々と行われた。
 捜査の結果、アリーシャの容疑は晴らされ、葬儀にはアリーシャも参列することになった。

 意外だった。ここで王太子に犯人だと言われて牢屋にぶちこまれることも考えていた。

 一番棺から近い席で、国王と共に葬儀に参加する彼は何を考えているのか。
 讃美歌を耳に傾けながらアリーシャは棺の方をみた。そこには花に囲まれたエリザベス王妃が眠っている。
 回帰前も、回帰後もアリーシャを見下す目が印象的だった。
 彼女から褒められたことは一度もない。皮肉を込めて言葉をかけられて嘲笑の的にされたこともあった。

 死んでしまうとあっけなく感じる。

 回帰前にはなかった女性の死に祈りをこめながら、同時に不安になってくる。これから自分はどうなっていくのか。

 ざわざわ。

 妙に人の声が騒がしい。王妃の葬儀なので参加者も多いだろう。騒がしくするものもいても仕方ないのかもしれない。

「エレン」

 国王の口からでる名にアリーシャは急いで入り口の方をみた。ジュノー教会の神父に伴われてエレン王子が葬儀に参加してきたのだ。
 彼はこつこつと前へ進み、王妃の棺と国王に頭を下げる。

「遅れて申し訳ありません。私も王妃に花を添えたく思います」

 こうしてみると彼はしっかりとした王子だったのかと思い知る。あの生意気な口調が今では懐かしくもある。あの一度っきりしか聞いていないのだが。

 国王はエレン王子の参加を喜んだ。

「思った以上にまともな顔だな」
「皮膚病で化け物のような容姿だったのが嘘のようだ」

 治療がうまくいっていると知らなかった貴族たちは動揺していた。

 エレン王子は許可を得て、花を持ち棺の前に立つ。じっと母の姿を見ていた。その後ろ姿はどこか寂し気に感じる。

   ◇   ◇   ◇

 あれから王宮内では少し騒がしかった。特に本宮の方が騒がしい。
 例のエレン王子が王宮に戻ってくることが決まったからだ。
 アリーシャは図書館からいくつか本を借りて、あちこち歩き回る使用人たちの姿を眺めていた。

「エレン王子が王宮に戻ってくるなんて前はなかった」

 シオンは何か知っているだろうか。アルバートは、と思ったが急に腹が立ってくる。
 アルバートは狩猟祭の騒動から彼は王宮を訪れることがなかった。
 葬儀の時も参加していたというがアリーシャに声をかけてこなかった。
 見つけた呪いの方式を箱に詰めて送るだけである。最近箱の質がグレードアップされているのが気になる。

 手紙では来週に授業を再開させると書いてあるが、アリーシャとしては不満である。
 回帰前に処刑されたのは12月。今は10月になろうとしていた。
 つまり自分はあと2か月どうなるかわからない。
 回帰前の強制力が働いて容疑をかけられるのではと不安になり、最近は花姫のお茶会に参加するのを躊躇するほどである。

「私の都合なんて全然聞かないんだから」

 ついつい愚痴をこぼしたくなる。
 曲がり角の向こうから男の靴の音がしてアリーシャははっとした。このままぶつかるところだった。
 慌てて廊下の端へと移る。

「げ」

 声をあげて慌てて口を閉ざす。
 曲がり角から出てきたのはヴィクター王太子であった。
 アリーシャはスカートをつまんで礼をする。そのまま無視して去ってくれればいいものの彼は足を止めてしまった。

「アリーシャか」
「王太子殿下、ご機嫌麗しく」

 挨拶をしてさっさと行ってくださいと心の中で叫びまくる。

「先日の狩猟祭は苦労をかけた。軟禁中不便はなかったか」

 目が点になりそうだった。目の前のこの言葉は誰が言っているのだろうかと疑問点が飛び交う。

「いいえ。使用人や見張りの騎士たちも気を配っていただき感謝しております。その、王妃様のことは残念なことで」
「ああ、悼む心には感謝する」

 おかしい。会話が成立している。
 何か悪いものでも食べたのだろうか。それとも疲労で頭が壊れてしまったのか。
 こんな奴どうでもよかったが、心配になってしまう。

「お前が言っていた黒マントの男の件、捜査で見つけることができなかった。代わりにカメリア宮の警護を固め安全面をあげるつもりだ。近々花姫たちに専属の護衛騎士をつけることも考えた。希望の者がいれば推挙しても構わない。クロックベル子爵に代理推挙させてもよい」
「殿下のご慈悲に感謝いたします」

 アリーシャの証言などいつもなら虚偽だったのだろうと捨てそうな男が、アリーシャの為に警護を固めようとしてくれる。
 かなり配慮した言葉が立て続けに続いて情報の整理が追い付かない。こちらの頭がパンクしそうである。

 感謝の言葉が出た自分を偉いとすら思う。

 ヴィクター王太子がようやく立ち去ってくれて、アリーシャははぁと深くため息をついた。何か知らないがとてつもなく疲れたような気がする。

「ああ、そうだ」

 まだ何かあるのかとアリーシャは身構えた。
 きっとここであげておきながらさげていくのだろう。
 心に鋼の鎧をきせていく。

「狩猟祭で、贈ってくれたハンカチ。お前にはお礼を言っていなかった」

 狩った獲物は3匹で、ローズマリー、コレット、クリスに捧げてしまいもうない。もう1匹狩ろうとするとエリザベス王妃が毒殺されて狩猟祭は中断になってしまった。

「ありがとう、大事にする」

 そして彼は前へと進んでいった。
 アリーシャは硬直してその場から動けなかった。
 あの男はアリーシャの心にフリーズの魔法でもかけたようである。
 かちこちになった体をようやく動かし、自分の部屋へと戻っていく。

「おかえりなさいませ、アリーシャさ……まぁ、どうしたのですか。そのようにサボイボだらけになって」

 寒いのですか、お可哀そうにとドロシーは叫びながらアリーシャのかちこちの体を動かしソファへと座らせる。アリーシャが持っていた本はローテーブルの上に置いて、奥から毛布とぬいぐるみのアンジェリカを取り出した。

 ソファで毛布にくるまり、アンジェリカを抱きかかえさせられたアリーシャの前に暖かい紅茶と、ほくほくの焼きたてスコーンが運ばれて来た。

「さぁ、どうぞ。温まってください。スコーンには私の故郷から送られたオレンジで作ったマーマレードを添えておきました」

 さらっと自分のおすすめをアピールするドロシーにようやくアリーシャは落ち着きを取り戻していった。

 恐ろしいものをみてしまった。

 そんな気分が未だにぬぐえない。アリーシャはとにかく心を落ち着かせる為に紅茶を口にした。
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