【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編③ 狩猟祭の事件

33 毒殺容疑

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 かさかさと草木の分ける音がして、シオンはアリーシャを洞窟の奥に避難させた。
 しばらくして洞窟に顔を出したのはアルバートであった。

「何で命狙われているんだ?」

 こちらが聞きたい。

 アリーシャはむすりとしながらアルバートの差し出す手を掴んだ。アルバートはそのまま引き上げる。
 シオンの要請の通り、侯爵家の騎士を引き連れてくれていた。

 アルバートは騎士の一人にアリーシャを馬に乗せるように命じる。
 シオンと一緒に乗ると人に見られると面倒くさいし、アルバートは脇腹を負傷しておりアリーシャを支えて乗馬できない。
 アリーシャは一番強そうな騎士の馬に乗せてもらった。

「ドロシーは見なかった?」
「いや、俺は散策途中に直行してきただけでドロシーには会っていない。だが、あの女は結構したたかだから生きていると思うぞ」

 謎の確信で言われても困る。
 そうであれば良いのだがとアリーシャは今更彼女の身を心配した。

 天幕へ戻った時に騒動が起きていた。
 アリーシャが戻ると王宮騎士たちはアリーシャを馬上から引きずり下ろした。

「何をするの」

 いくら何でも無礼すぎである。
 アルバートが王宮騎士に物申そうとしたときに騎士からありえない言葉を投げかけられる。

「アリーシャ・クロックベル、エリザベス王妃毒殺の犯人として連行する!」

 しばらくアリーシャも、アルバートも言葉を失う。

「な、私が」

 アリーシャはふとアルバートの方をみやった。

 何で、また毒殺容疑にかけられているんだ。

 彼の顔はそう書いていた。

 私が知りたい。

 アリーシャは後ろ手に縛りあげられ、国王、王太子の元へと連行された。

「確かにアリーシャに言われて毒を盛ったのだな」

 国王の冷たい言葉に、脇に控えていた侍女はこくりと頷いた。知らない侍女である。

「はい。アリーシャ様は私を脅して王妃が飲むお茶に毒を盛るように命じました。さもなければ私の弟を殺すと……」

 侍女は震えて自供するが、アリーシャには全く身に覚えのないことだ。侍女のことも、弟のことも知らない。

「王妃は日ごろアリーシャ様に冷たかったので、……でもまさかこんなたいそれたことをするなど」

 青ざめた表情でコレットは冷ややかに見降ろした。

 その瞬間思い出す。確かローズマリー毒殺未遂事件の時も似たことを言っていた。

 このままではまずい。このままだと回帰前と全く同じ目に遭ってしまう。

 処刑予定はまだ3か月あったはずなのに。

 アリーシャの行動の変化で、回帰前と異なることが起きているのか。

「私は知りません。その侍女も初めて会いました」
「白々しいことをっ! 弟の命をチラつかせて脅したその口でとぼけるなんて。この悪女め!」

 久々の悪女呼びだが特に何も感じない。
 騎士の一人が証拠の品としてあげた別のものも伝える。

「薬草地からこの薬瓶を発見した。中身は同じ毒物であった。ローズマリー様の話ではアリーシャ様はそこで薬草摘みをしていたと」

 つまりアリーシャが落としたものというのだ。
 確かあの黒マントの男たちが飲めと言っていた瓶だ。あれを飲んだら本当に死んでいたのか。
 もしかして、自分はエリザベス王妃を殺害した後、自殺とみせかけ殺される予定だったのかもしれない。
 それとも殺して行方不明にする予定だったのか。
 とにかくそれは自分のものではない。怪しい男たちから飲めと投げつけられた。そう言ったが、作り話として相手にされなかった。

「待ってください。陛下、私に発言の許可を」

 アルバートは前に出て国王に意見を申し立てた。国王は頷いてくれた。

「その毒がどのようなものか確認させていただけませんか?」
「そなたはアリーシャの兄だ。疑うつもりはないが、工作する可能性もあり証拠品は見せるわけにはいかない」
「それは」

 アルバートはぎりっと拳を握りしめる。
 周りの貴族たちの反応をみる。アリーシャが犯人と決めつけた冷ややかな目であった。

 ああ、あの時と同じだ。

 何とかしないといけないが、良い方法が全く思いつかない。

「陛下、お願いがあります」

 シオンは一歩前に出て国王に頼み込んだ。

「けがわらしい処刑人め。貴様の出番はまだ先だ。その悪女の判決がくだるまで待ってろ!」

 横から声をあげる貴族の罵りにシオンは物怖じしない。

「シオンか。発言を許可しよう」

 あたりがざわつく。処刑人にこの場で発言の許可を与えるとはどういうことだと騒ぎ立てた。

「シオンは私が招待した客だ。私に意見があるのなら前に出ろ」

 国王が一喝すると周囲はしんと静まり返る。

 確かエレン王子のことがある。国王はシオンに対して感謝の気持ちがあるはずだ。

「陛下のご慈悲に感謝します」

 まずは国王への礼儀を示し、シオンは要望を出した。

「今この場でそちらの証人に質問をしたいのですが」

 その言葉に国王はこくりと頷いた。

「陛下、あんまりです。私にこんな死神をあてがおうなど」

 侍女は恐怖で悲鳴を上げた。
 一般人はシオンに対してこんな反応なのか。
 シオンは侍女の前まで歩く。侍女が逃げ出そうとしたが、国王がそれを許さなかった。

「何を恐れる。ただ正直に話せばシオンは何もしない」

 国王はそう宥め、シオンの質問に応えさせた。

「あなたは本当にアリーシャ様にお会いし、毒を盛れと指示を受けたのですか?」
「そ、……」

 そうだと言おうとするが侍女は硬直してそれ以上言えなかった。

「恐怖のあまりに声を失ったのだろう。かわいそうに」

 囁く声があるが、少し様子がおかしかった。
 彼女は青ざめて涙を浮かべた。

「いいえ、私が出会ったのは別の方です」

 侍女の応えに周囲はざわめく。

「何故嘘をついたのですか」
「弟を殺すと脅されました。恐ろしいことですが従うしかないと思い」

 先ほどの証言とは全く異なる。一体何が起きたのか。

「シオンの右の瞳には微弱だけど魔力が宿っているんだ」

 アリーシャの傍らに立つアルバートはぼそっと説明してくれた。

「あの瞳で質問されれば嘘は言えない。抵抗するなら下品な言葉を言う必要がある」

 そんな話は初耳である。
 今まで彼に見つめられてもどうもなかったし、とふと思い出す。
 そういえば星祭のパーティーの時に言うつもりもなかった回帰前のことや不満や恐怖を一気にぶちまけてしまった。
 精神的に動揺していたからだろうと思っていたが。

 彼の魔眼に気づけばかかっていたのか。

 さらに補足すると、シオンの右目については寄宿学校の変人教師が目をつけていたらしく研究対象だったようだ。
 大人の事情で退学処分に遭ったため変人教員はふてくされて授業をボイコットしてしばらく大変だったようだ。

「私の周りは何で特殊なのばかりなの」

 ドロシーといい、アルバートといい、シオンといい。全員特殊能力者とは。
 アリーシャといえば最近サイコキネシスを使用できると判明したくらいである。
 シオンの能力を改めて考えてみる。

「何で、回帰前の裁判に彼はいなかったの」

 ついひとりごちてしまう。それにアルバートは何も答えない。
 アリーシャも最近は勉強して理解している。処刑人はあくまで裁判の結果から処刑の命令を受ける立場である。弁護をする立場ではない。
 でもつい口にしてしまった。

「では、教唆した者は誰ですか?」
「あ……」
「言いなさい。あなたは罪のない女性を陥れたのですよ」
「ッ……かはっ」

 ようやく名を口にしようとした瞬間、侍女は口から血を吐いた。その血がシオンの頬に飛び散った。
 侍女はそのまま後ろへと倒れてしまった。

 シオンが触れようとすると騎士が止めに入る。

「毒を盛られていたようです。危険なのでお下がりください」
「だめだ。もう死んでいる」

 その言葉に一同はざわめいた。

「驚いた。処刑人は目で人を殺せるのか」

 そんな魔眼もあるかもしれないが、酷い言いようだ。

「まぁ、かわいそうに」

 侍女の死に様をみてコレットはぼそりと呟いた。それをヴィクター王太子が聞き、あたりを見渡す。

「父上」
「何だ、ヴィクター」

 ヴィクター王太子が意見を言う。アリーシャは頭痛がした。彼は絶対アリーシャを犯人と決めつけて裁判まで連れて行くだろう。回帰前がそうだったから。

「もう一度現場を見て回らせましょう。何者かが母上を亡き者にし、一番の嫌われ者であるアリーシャを犯人にしたてようと企てたのかもしれません」

 誰だ。

 思った以上にまともなことを言っている。変なものを食べてしまったのではなかろうか。

「私も殿下と同じ意見です。アリーシャ様がそのようなたいそれたことをするとは思えません」

 ヴィクター王太子の意見にローズマリーは賛同した。慌ててクリスも賛同する。

「確かにそうだ。王妃の容態で頭が混乱して冷静な捜査ができていたと言い難い。もう一度しっかりと捜査をさせよ」
「私が監督を務めます」

 ヴィクター王太子の希望に国王はこくりと頷いた。
 アリーシャの容疑が晴れたわけではない。このまま騎士らに厳重に護送され、カメリア宮の自室で軟禁となった。

「アリーシャ様ぁぁ」

 ずびびと鼻水を垂らしドロシーがアリーシャを迎え入れた。
 黒マントの男たちから逃げたられたようだ。アリーシャのエリザベス王妃毒殺事件の容疑でざわついており異議を申し立てたら、アリーシャより先にカメリア宮で軟禁されていた。

「ドロシー、無事だったのね」
「ふぁい、ご無事で何よりです」

 ずびびと鼻水の音が続くのでアリーシャはハンカチを出しドロシーの鼻水をとってやる。

「ごめんね。ドロシー」
「何がですか?」
「あなたを見捨てたことよ」

 ドロシーは首をぶんぶんと横に振った。

「いいえ、あなたの身が第一です。私のことなど気にせず逃げてくださって正解です」

 はっきりと言われてアリーシャは困った。

「それにアリーシャ様がああいう機転してくれたので、隙ができて逃げられました」

 結果おーらいですとドロシーは笑った。本当に不思議な子である。自分の身が危なかったのにアリーシャのことを第一に考えるなど、自分には過ぎた侍女だ。
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