【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編③ 狩猟祭の事件

30 安らぐ場所

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 何が正解なんてわからない。

 あの場で最適解な答えを見出すのは無理だった。
 ドロシーはどうなっただろうかと考える余裕がない。

 アリーシャは自分の身を優先させた。このまま走って狩猟中の参加者に遭遇できないだろうか。
 そんな甘い考えを持っていたが、いっこうに誰にも会う気配がない。

「わっ……」

 木々、草むらをかき分けてようやく道らしい道へと飛び出したら馬が丁度通りかかるところであった。

「危ないですよ。……て、アリーシャ様?」

 この時、どんなにこの男の声を聴いて安心したことだろう。思わず涙がこぼれそうになった。

「シオン、さま……」

 泥と草の汚れでぼろぼろになったアリーシャをみてシオンはただごとではないと思った。

「どうされたのですか」

 馬上から降りようとしたがアリーシャは必死に彼に縋った。

「追われ、てる。助けてっ」

 ひゅんと風を切る音がした。二人の間を矢が通りすぎたのだ。もう少し近づいていたら自分の顔面に命中していたかもしれない。アリーシャはさぁっと青ざめた。

「手を」

 シオンは状況を察知し、アリーシャの手をとり彼女を馬上へすくいあげる。自分の前へ座らせて馬を走らせた。

「馬の足を狙え!」

 男の指示で一斉に矢が放たれた。

「きゃっ!!」

 悲鳴をあげるアリーシャを庇うようにシオンはマントを広げて彼女の体を隠す。

 アリーシャは必死にシオンの胸にすがりついた。

 怖い。怖い。こんなところで死にたくない。

 確かに回帰前に死んだが、また死ぬなんて嫌だ。痛いのも、苦しいのも嫌だ。

 思わず口に漏らしていたのがシオンに聞こえていたようである。

「大丈夫です。少ししたところで隠れられる場所があります」

 彼の言葉は動揺しているが、それでもアリーシャを気遣う心が感じられた。

 不思議なことだ。

 回帰前に自分の首を斬った男なのに、彼にこうして助けてもらうなど思ってもみなかった。
 よく考えてみれば、一度死のうとしたあの時も助けてくれたのはシオンだった。
 シオンだけがアリーシャの言葉に耳を傾けてくれているような気がした。

   ◇   ◇   ◇

 男たちを振り切った後にシオンはアリーシャを小さな洞窟のある場所へと案内した。
 ちょうど上が崖になっているので参加者は避けてしまうだろう。
 木々の中に隠れた通路があり、そこを通ると崖の下に繋がり洞窟もありよい隠れ家になっていた。
 近くに湧き水があがってて良い休憩所になっているようだ。
 走りづかれた馬は湧き水の水をごくごくと飲み続けていた。

「よく見つけたわね。こんなところ」

 シオンに渡された水を飲みながら少し落ち着いてきた。

「はい。狩猟の合間はここで過ごしていました」

 焚き木を起こした後、ここで食事をしていた後もみられる。

「そうなの。それじゃ昨日の晩餐会は」
「さすがに処刑人がいては食事が美味しく感じなくなるでしょう」

 そんなことはないと言いたいが、実際シオンは敬遠される存在であった。

 参加者の中では浮いていて、嫌悪のまなざしを向けられる。
 淑女も彼が存在しないように素通りしていくのを見た。
 処刑人は忌み嫌われる職業である。
 実際アリーシャも彼に出会うまではできれば近づきたくない職人だと思っていた。

 自分がシオンに対してそこまで嫌悪感を感じないのは、あの処刑の日に唯一自分を気遣ってくれたからだ。
 多くの罵詈雑言の中、彼だけがアリーシャを庇ってくれているような気がした。

「そう、お腹が空いたわね。何かないかしら」

 今は喉が通る気はしないが、あえて口にするとシオンはくすりと微笑んだ。

「保存食のビスケットであればあります」

 笑うとやはり顔が良いな。

 こんなに顔が良いし、性格も悪くないのに処刑人というだけで淑女たちに敬遠される。
 片やあんなに性格が問題あるというのにヴィクターとアルバートは王太子と侯爵令息というだけで淑女にもてていた。

 世の中は不条理だ。

 シオンに差し出されたビスケットを口にいれるとあまりの固さに驚いた。幼い頃に食べたパンよりも固い。

「水をつけると少しだけ柔らかくなりますよ」

 湧き水からくみ直してくれた水を差しだしてくれた。少しずつ食べることにした。

 とても静かだ。

 先ほど命の危険があったなど嘘のようだ。

 シオンは湧き水の近くで憩いをとっている小鳥に手を差しだした。
 人に馴れた小鳥なのか、あっさりとシオンの手に乗る。
 シオンはぼそぼそと何かを囁き、小鳥はピピと鳴きながら空へと羽ばたいていった。

「ちょっと待って」

 アリーシャは今の行為に驚いた。

「今のは魔法よね」
「ああ、アルの言う通りアリーシャ様も魔法の使い手でしたね」

 特に隠すことではないとシオンは今の行為が魔法であることを認めた。

「何をしていたの?」
「いえ、少しだけ魔力を分けてあげたのでお返しとして伝令をお願いしました」

 相性の良い小鳥がいれば可能だと説明してくれた。それでも難しいだろう。アリーシャはできない。

「誰に伝令を出したの?」
「アル、バートにです。迎えの騎士を送るように頼みました」

 今気づいたがシオンはアルバートを親しく呼んでいた。

「随分親しいのね。同じ、寄宿学校で過ごしていたから?」
「ええ。親しいと世間で思われるとアルバートの迷惑になるから秘密ですよ」

 意外であった。そういえば、シオンは回帰前アルバートと共に行動していたとアルバートは言っていた。

「ねぇ、どんな関係だったの?」

 気になって仕方ない。アルバートの騎士が迎えに来るまでの間お話してもらねいか。
 上目遣いで聞いてみるとシオンは仕方ないと言わんばかりに笑って教えてくれた。
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