【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編⑦ 悪女がただの少女になるとき

66 呪いの行方

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 痛い。

 痛みは一瞬で、首筋はひゅっと冷たい感覚を覚えた。
 苦痛は長くは感じない。
 だが、何度もこんなことを繰り替えれば苦しい。

 どうして自分はここにいるのだろう。
 シオンを探しに来たのに、何故ここで自分は首を斬られているのだ。

 それも何度も首を斬られている。何回目か数える気になれなかった。

 何度も冷たい刃物で抵抗したくても抵抗できない。
 体が勝手に従順に首を斬られてしまう。

 まるで、ブリキの人形の寸劇のようだ。

 ざわざわと周りがうるさい。靄のような、黒いものが人の形をとりアリーシャを罵る。

 悪女。泥姫。お前など早く死んでしまえ。

 何千回も繰り返す苦痛の中アリーシャの中の負の感情は増幅していく。

 もう嫌。苦しい。助けて。もう嫌だ。

 苦しいのは嫌。痛いのは嫌。死ぬのは嫌だ。

「大丈夫」

 優しい男の声がした。

 目を開くとシオンが優しくアリーシャを見つめていた。
 愛し気にアリーシャの首を撫でてくれる。
 綺麗な瞳に触れてアリーシャは少しだけ恐怖が和らいだ。

 だって彼はずっと会いたかった男だ。
 シオンと名を呼びたいがうまく声が出ない。

「もうあなたの首は斬られません」

 そういいシオンは崩れ落ちた。

 ぴちゃりと生暖かい赤いものがアリーシャの頬に触れる。

 下を見ると地面一面に赤い液体が零れ溢れていた。その中にシオンは崩れ落ちる。
 シオンの体から血が湧き続けていた。

 シオンの目から、鼻から、口から、爪の隙間から。

 至る場所から血があふれ出ていた。

 もうアリーシャの首は斬られることはない。

 処刑人はいなくなったのだ。

「いや………いやぁああああっ!!」

 アリーシャはシオンの体を抱き起こした。
 体中血で汚れようと構わなかった。彼の体温が失われて行くのを感じる。

「いやよ、いやよ」

 子供のように首を横に振る。

「ねぇ、ティティス。私は何度だって首を斬られるわ。何度でもあんたの復讐の道具になってやる。この体が欲しいならくれてやるわ」

 だからお願い。この人を助けて。

「この人が大好きなの。好きなのよ。この人が死んじゃうなら私はずっと呪われたままでいい。どんな苦痛も受けるから、この人は死なせないで」

 意味がない。

 呪われず生き残ってもシオンがいないのであればアリーシャには全く意味がない。
 もう彼女の思い通りになっても構わない。

「泣かないで、アリーシャ」

 女性の声がした。どこかで聞いたことがある声だが思い出せない。
 とても落ち着いた優しい声であった。まるで泣いている妹を慰める姉のような雰囲気の女性。

「もう終わりよ。ティティス」

 呪いの時間は終わった。

「あら、せっかくいいところなのに。あなただって見たいと言っていたでしょう。アリア」

 地中から湧き上がる恐ろしい声にアリアは静かに耳を傾けた。

「そうね」

 アリアはじっと地中から湧き上がるものを見つめ否定しなかった。自分がそれを望んでいたことを。

「でも、いいの。この子が悲しむのをみているとやめたくなった」
「勝手よ。あんなに一緒に語ってたじゃない」
「もう、終わりにしましょう」

 あははと女の笑い声が響いた。

「どうするの? あなたは私に何かできるの。肉体もない、呪いの一部の思念体でしかないあなたに」

 滑稽だと言わんばかりの笑い声で耳が痛くなる。アリアはじぃっとティティスのいるであろう場所を見つめて静かに口を開いた。

「あなたの父親があなたを迎えに来たわ」

 ごうと風が吹く音がした。
 ティティスは悲鳴をあげ、一方へ吸い込まれるように流れていく。
 今まで余裕だった女神は信じられないと慌てだした。何故ここにきているのだと。

「どうして」

「メデアの祭祀の願いでメデアが動き、メデアに求められ妖精王が重い腰をあげてくれたの。妖精王はあなたがしたことを怒っている。愛し子・モリナの国で好き勝手したから、とても怒っている。おまけに妖精王の友人メデアの子孫にも迷惑かけたから簡単な説教ではすまないでしょう」

「いや、どうして。お父様。ここは元は私の信仰地よ。どうしてダメなの」

 大地に訪れた時、ティティスはこの土地を酷く気に入っていた。
 だが、あまりに酷い管理で父から注意が来てもティティスは自由に振る舞った。
 だから、同じ子、春の妖精に頼み、孫のモリナを呼び寄せた。
 モリナは自分が選んだ王、アラヴィンを連れて大地を歩く。
 荒れ地が少しずつ美しく変わっていき、ガラテア王国は建国された。

「それは妖精王に直に聞きなさい。折檻の後に。何百年後になるかわからないけどね」

 悲鳴を上げ続け、泣叫ぶティティスの声は次第に小さくなっていった。
 もう地中から湧き上がるものはなくなったことを確認してアリアはにアリーシャの方へ振り向いた。

「もう大丈夫」
「でもシオンが」
「シオンに移った呪いの大部分は妖精王が回収してくれたわ。あとは体力次第」

 アリーシャは改めてアリアを見つめる。
 女性は銀色の髪をしていた。
 ティティスは彼女をこう呼んでいた。

「アリア?」

 アリーシャが呼ぶとアリアは笑った。

「そうよ。私、アリアよ」

 はじめましてというべきかしらと彼女は穏やかに笑った。でも、彼女にとってははじめてではないという。

「どうして」
「私はずっとあなたの中にいた。回帰前のあなたがカメリア宮へやってきた時に、私はあなたの中に入り呪いを形付けていった」

 アリーシャの悲劇の実行犯だと自ら告白した。

「あなたと一緒に回帰されて、気づいたら私は穏やかな心を取り戻した。テレサに会わせてくれてありがとう」

 テレサの空気を持ち込んだドロシーをきっかけに、例のぬいぐるみのアンジェリカに触れ、アリアは過去の穏やかな日々を思い出した。長い間忘れていた、穏やかな日々である。

「そしてごめんなさい。あなたをずっと苦しめてしまって。だから、私は責任とらなければ。残った呪いは持っていかないと」

 二度と現実の世界で迷惑にならないように。彼女の足元は不安定で、深い闇が取り囲んでいた。

「アリア」

 アリーシャは思わず彼女に手を差し伸べた。
 彼女はアリーシャを苦しめた一人だとわかっている。
 だが、アリーシャは彼女を憎めなかった。
 彼女の苦しみをわかってしまったから。

 アリアは優しい表情のまま首を横に振った。

「いいのよ。私は呪いをたくさんばらまいたもの。ティティスの手足となりたくさんの人を不幸にした」

 これは自業自得なの。

「ティティスの魂は妖精たちが何とかしてくれるから大丈夫………後は私がばらまいた呪いを何とかしないとね」

 アリアはぎゅっとおどろしい塊を抱きしめた。決して外に逃がさないように。まだ取りこぼしはあるかもしれないが、後は王宮にいる魔法使いでも対処できるだろう。

「アリーシャ、ごめんね。許されないことをしてしまった。こんなことを言える立場じゃないとわかっている」

 彼女は闇の中に溶けながらアリーシャに微笑みかけた。

「どうか好きな人と一緒に」

 そういいながら彼女は姿を消した。
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