メジロとチワ

ariya

文字の大きさ
上 下
2 / 6

2 湯茶本舗

しおりを挟む
 西園寺家の会合から二ヶ月。少佐に昇進し中隊長に任命された明石には忙しい日々が待っていた。

 第三艦隊のエース。人型兵器『アサルト・モジュール』胡州名称『特機』の新任部隊長。彼の部下達はみな若く、海軍兵学校の中途課程の学生ばかりなのが気になったが、逆にそれが裏の世界で生きてきた明石には新鮮で楽しい日々に感じられた。だが彼等を見るうちに次第に不安が芽生えてくるのもまた事実だった。

 胡州の格差社会は極めて残酷なものだ。生まれたとたんにその赤ん坊の将来を決め付けることが出来るそんな世の中に明石は違和感を感じていた。人口の70パーセントが貧困寸前の状態のこの国で小学校、中学校、高校と進めるのはほんの一握りの人間に過ぎない。多少勉強が出来る生徒にはそのしがらみから抜けるには二つの道しかなかった。

 一つは彼の部下達のように軍に入ること。15歳で兵学校に入り、成績優秀ならばそのまま推薦で下士官待遇での部隊配属。そしてそこでも上官の信頼を得ることが出来れば士官学校への道も開ける。

 そしてもう一つの道が寺に入ること。明石も子供のころからそう言う野心家の小坊主達に囲まれながら日々を過ごしていた。彼等も寺の経営する私立中学、高校を経て推薦で大学に進む道があり、多くは寺とは関係ない学科に進学して卒業後は大企業に勤めると言う道もあった。そんな小坊主達とともに育った明石にとって部下の平民や貧民上がりの下士官達のやる気と根性は賞賛するに値することだった。

 その日も部下の出した戦術関連のレポートを見ながら隊の隊長室でのんびりとそれに点数をつけていた明石の部屋をノックするものがいた。

「ああ、開いてるで」 

 答えた明石。そこに静かに入ってきたのは兵学校の一回生と思しき少女だった。

『なんや?貴族上がりのお嬢さんか何かか?』 

 そう思っている明石に少女は敬礼をした。

「今度この中隊に配属になりました正親町三条楓おおぎまちさんじょうかえでと申します!」 

「おおぎまち……?」 

「正親町三条です!」 

 しばらく明石はその無駄に長い名前を頭の中で繰り返していた。

「長いな……」 

「はい!僕もそう思います」 

 少女は自分を僕と呼んだ。その言葉にしばらく明石の思考は止まる。

「正親町侯爵とは親戚か何かか?」 

「いえ、父は嵯峨惟基陸軍大佐であります!」 

 その言葉で明石はようやくこれまでの思考が無意味になるほど状況が理解できて来た。

 正親町三条家は醍醐家や佐賀家や池家と並ぶ嵯峨家の一門である。嵯峨惟基には双子の娘がおり、一人は現在東和に在住しているが、本来なら家督は彼女が継ぐのが当然とされていた。部屋住みである妹の楓が分家したところで不思議な話ではない。そして自分も部屋住みで停止されてはいるものの貴族年金を受けるときは子爵待遇の身分を証明する必要があった。なんとなく似た境遇に自然と明石の頬は緩んだ。

「長い名前やなあ……何とかならへんのか?」 

 明石の言葉に理解できないと言う顔をする楓。

「まあ、ええわ。楓曹長でええか?」 

「ハイ!」 

 明石の言葉に楓は初々しい敬礼をして見せた。そしてそのまま同じ場所に突っ立っている楓。じっと立っている彼女に明石は仕事を始めるかどうかで悩んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紅雨-架橋戦記-

法月
ファンタジー
時は現代。とうの昔に失われたと思われた忍びの里は、霧や雨に隠れて今も残っていた。 そこで生まれ育った、立花楽と法雨里冉。 二人の少年は里も違い、家同士が不仲でありながらも、唯一無二の親友であった。 しかし、里冉は楽の前から姿を消した。それも里冉の十歳の誕生日に、突然。 里冉ともう一度会いたい。 何年経ってもそう願ってしまう楽は、ある時思いつく。 甲伊共通の敵である〝梯〟という組織に関する任務に参加すれば、どこかで里冉にも繋がるのではないか、と。 そう思っていた矢先、梯任務にも携わる里直属班・火鼠への配属が楽に言い渡される。 喜ぶ楽の前に現れたのは​─────── 探していた里冉、その人であった。 そんな突然の再会によって、物語は動き出す。 いきなり梯に遭遇したり、奇妙な苦無を手に入れたり、そしてまた大切な人と再会したり…… これは二人の少年が梯との戦いの最中、忍びとは、忍道とはを探しながらもがき、成長していく物語。 *** 現代×忍びの和風ファンタジー創作『紅雨』の本編小説です。 物語の行く末も、紅雨のオタクとして読みたいものを形にするぞ〜〜!と頑張る作者の姿も、どうぞ見届けてやってください。 よろしくお願い致します。 ※グロいと感じかねない描写も含むため一応R-15にしています

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...