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7章

8 国境での休息

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 ライラは大公から今自分が帝都でどんな立場か確認した。
 帝都ではライラはアメリー嬢を陥れ皇帝・大公を騙し、第三皇子暗殺を企てた悪女であると言われている。
 皇帝も前者の話はさすがにと信じ切れなかったが、第三皇子の暗殺の件が出ては無視することができなかった。
 彼女の指名手配は帝国中で触れ回っている。
 今帝国へと足を踏み入れれば彼女は罪人としてとらえられてしまう。
 公国の指名手配は回収作業にとりかかりライラの立場改善を目指すように努力しているが、帝国までは伸ばせられない。
 できれば大公が皇帝の元へと足を運び事件の真相を伝えるべきだろう。

 大公は公都の混乱を収拾すべく奔走しなければならなかった。
 魅了されていたとはいえ、大公の発言でライラは追い詰められたのだ。
 公国国境までの馬車に乗り急ごうとするライラに頭を下げた。ライラとしては急いで、仮の身元保証を作成してくれたため感謝している。これでライラとばれず帝国へ入国できるだろう。
 彼女が乗る馬車を見送った後、彼は執務室へと戻った。
 混乱を収束すべくいろいろと手を回す必要がある。公城内の者たちの治療手配もしなければ。
 大公は深く嘆息して何度目かになるライラへの詫びを口にした。ライラは許してくれたが、簡単には自分を許せずにいる。

「ライラ、このような無力で申し訳」
「行けばいいじゃないの」

 公妃が登場してばっさりと切り捨てた。
 彼女はしばらく病床に臥せっていた。幽閉中に何者かに毒を盛られていたようで寝込んでしまった。
 幽閉解除された後もしばらく姿を現せなかったのはそのためである。
 ようやく回復して大公の執務室へと飛び込んできた。先ほどまで臥せっていたとは思えない程の覇気を背負い。

「あなたがいなくても私が何とかうまくしてみせます」

 扇をぱんぱんと手で叩いて大公の前まで近づいた。ぱしんと彼の左頬へ視線を移したと思えば、一撃の平手を披露する。
 傍にいた騎士はびくっと震えた。

「あなたが一緒の方がライラの安全性はより一層あがるでしょう」。
 ほら、とっとと準備していきなさいと公妃は手をひらひらとさせた。

「しかしなぁ」
「目の前で私より若い女にうつつぬかされて、ライラを罪人として追い詰めて、諫言した私を幽閉していろいろ言いたいことはありましたけど今は左頬で我慢いたします。まず優先すべきはライラの安全でしょう」

 いらいらしながらも公妃はぶつぶつと言いたいことを吐き散らす。

「す、すまない」
「反省したいのであればライラとクロードのことを何とかしてください。じゃなきゃ、私は公城を出ますので」

 クロードがあのままアメリーと結ばれれば、公妃は実家の力を使いライラと一緒につつましい隠居生活をすると宣言した。それもそれで困る。

 大公は公妃に尻を叩かれながら帝都へ向かう準備をした。
 公妃は入れ替わりに大公の執務室に腰をかけた。優先すべき内容だけを取捨選択して、あとは大公が帰った後に任せよう。
 大事な政治に関しては、臣下の力が必要なのだがアメリーのせいでずいぶんと腑抜けてしまった。毒を早めに抜いてあげないと公国の政治に響いてしまう。
 そのため、オズワルドから助力をよこしてくれるということで待ちわびていた。

「公妃殿下、シャフラから可愛らしいお客様が来ています」

 ついに来たか。

 侍女の後ろからとてとてと可愛らしい足音をたてて入ってきたふわふわ白い毛並みの狐である。
 北の賢者と呼ばれる北天狐である。
 後ろには彼の護衛となったアルベルの騎士が困った表情で様子をうかがった。

「兄ちゃんが帝都いくということで代わりにお茶をつくりに来ましたレイです! 公妃さま、よろしくです」

 アビゲイル公女から魅了を解除するための薬の件を聞いていた。
 急いで作ってもらいたいが材料が足りておらず、ライはライラの容態の為に付き添う必要があった。
 そのために訪れたのが材料を抱えてきた薬の知識を持ったレイであった。

「まぁ、可愛らしい。うちの腑抜けた男たちの為によろしくね」

 公妃はほほっと笑った。

「うん。兄ちゃんの手紙で公都のビスケットは美味しいらしいね。ビスケットあればたくさん頑張る、ます」
「すぐに料理長に手配させましょう」

 ばさぁっと扇を広げて言う公妃に、レイはやったぁとぴょんぴょんはねた。付き添い騎士は公妃の御前だから行儀よくと注意する。

 ◆◆◆

 ライラは帝国へ入る前の役所の手続きで待機していた。馬車の受付口でもかなりの列を為している。
 もしかすると徒歩での入国の方が早いかもしれない。

 大公が用意した身元証明もあり、今は自分の傍にはトラヴィスとリリー、ライがいる。腕に抱えている籠の中にはブランシュもいて、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
 それでもはじめての身元証明でライラは不安になる。
 指名手配でライラの人相は知れ渡っている。
 彼女は髪の色を茶に変え、平凡な平民の旅行者の恰好をしていた。
 設定は帝都旅行へ行く兄妹と侍女である。ライは言葉遣いが心配なので弟ということにしている。

「思った以上に並んでいますね」
「最近は公国の裕福な者が旅行に出入りしているからな。だからこの設定が一番無難だったのだが」

 こんなに待たされるとは思わなかった。

「ライラ、少し寄りかかりなさい」

 トラヴィスはライラにそう言い聞かせて肩に寄りかからせた。
 徒歩よりも馬車の方がライラの負担は少ないと思ったが、こんなに待たされると馬車は入国後に用意した方がよかったかな。
 半日以上待たされてようやくライラたちは帝国内へ入ることができた。

「失礼いたします。中を確認させてもらってもいいですか」

 随分厳しい点検である。
 最近、ライラが逃亡したということで帝都へ逃げ込む可能性があり警戒強くなったようだ。
 もう彼女の身は晴れたというのに、連絡がずいぶんと遅れている。トラヴィスは内心舌打ちした。
 彼は大人しく身元保証を提出した。偽装、なのだが大公の直接の印がついているそれは問題ないと判断された。

「ライラ、帝国に入ったぞ。少し町で休憩しよう」
「でも」
「ライの診察を受けなければ、このまま引き返すぞ」

 トラヴィスはじっと一緒に馬車を乗っているライを見つめた。ライは少し驚いた様子だが、すぐにトラヴィスの意図を察しそうだそうだと頷いた。

 料理店を併設している宿屋へと入り、ライラを急いで上の方へと連れて行く。ライラは足がもたれ倒れそうになり、通りかかりの男性がライラを支えた。

「申し訳ありません」

 ライラがお礼を言う。相手の衣装から貴族であろう。平民らしく腰を低くした。
 青年の顔をみてライラは驚いた。

「ライラ……」

 クライドはライラをみて思わずつぶやいた。髪の色を変えているが、目の前までみればライラと気づく。
 入店したときに何となく似ているなと思ったが本人だとは思わなかった。

「失礼します」

 ライラは急いでトラヴィスの手をとり二階の宿泊部屋の方へと向かった。
 今ので変に思われただろう。なぜ彼がここにと思ったが、確か北の国境付近の役所に左遷されたと聞いた。
 こんなところでクライドに出会うなど思いもしなかった。
 ここで捕まえようとするだろうか。今兄に言った方がいいだろう。それなのに思うように口にできなかった。
 ライラは動悸を感じ、震えた。
 心配したトラヴィスはライに頼み薬の準備を伝えた。

「失礼いたします」

 こんこんと店の看板娘がノックしてきた。
 彼女は両手いっぱいに料理を運んできた。美味しそうな地域料理である。

「あの、これは……」
「ノース子爵様よりお嬢様たちへ是非食事をふるまってほしいとのことです」

 お代はクライドがすでに払ってくれているという。

「どうして」
「きっとお嬢様の体調を気にしたのでしょう。真っ青でとても痩せているので、美味しくて食べやすいものをふるまってほしいと」

 何かの罠だろうか。
 ライラは困ったようにトラヴィスへ視線を向ける。

「ノース子爵は私が確認しよう。ここで待っていてくれ」

 トラヴィスはぽんとライラの肩を叩き部屋をでた。リリーたちにライラのことを頼んで。

「うめぇぞ、うめぇ」

 ライは狐の姿に戻りばりばりと肉料理を頬張った。警戒心がない。

「奥様、とりあえずお薬をまず飲みましょう」

 食欲があれば皿によそいますとリリーは促した。
 薬を飲み、けだるさは消えて食欲がでてきた。口にしやすいスープとチーズを口にしてライラはほぅっと息を吐いた。
 味付けがライラの好みである。まだ彼はライラが好きな味付けを覚えているのか。

「美味しい……」

 食事を終えてライの診察を終えたライラは部屋で休んでいた。
 トラヴィスが戻ってくる。

「ノース子爵はお前を役所へ突き出す気はないらしい。ただ、お前の逃亡について心配していたそうだ」
「そう、ですか」
「会ってみるか?」

 ライラは首を横に振った。今会っても彼に何と言えばいいかわからない。

「でも、お食事をありがとうと伝えたいかも」

 そういうとトラヴィスはライラの額に手をあてた。

「なら、出発の時に来てもらおう。直接伝えた方がいいだろう」

 ライラはこくりと頷き、トラヴィスに促されるまま眠った。
 早朝の出発のころにクライドは馬車の近くで待ってくれた。

「あの」
「久しぶり。食事はとれたかい」
「はい、とてもおいしかったです。ありがとうございます」

 ライラはうつむき挨拶をした。
 本当は彼の妻になる予定だった。穏やかで優しい彼と慎ましく暮らしていくのだろうと。
 それなのに随分と予想とは離れた生き方になってしまった。
 今のライラの生活にはクライドの姿はない。ライラが望む生活に存在しちるのは小麦畑を彷彿とさせる金色の髪を持つ別の男だった。

「困ったな」

 クライドは深くため息をついた。

「今の私には君を呼び止めることができない」

 ライラの内心に気づいているようでクライドは苦く笑った。

「そもそもその資格はないのだけど」
「クライド様、お元気で」

 いつだって彼はライラのことを思いやった。あの帝都で、家族以外でライラの内面に寄り添った男はクライドだけだった。
 今も彼はライラを思いやってくれている。
 ライラはようやく一言挨拶を言い、トラヴィスの手をとり馬車へと乗った。
 彼はずっとライラの乗る馬車を見送っていた。

「彼はここで真面目に働いていて、地元民から慕われているようだ」

 なんだかんだとうまくいっているから安心するようにとトラヴィスは説明した。むしろここでの生活の方が性にあっているとさえ言っていたという。アメリーとの離縁も成立したため、これ以上彼の人生を阻む者はいないだろう。
 それを聞いてライラは少し困ったようにほほ笑んだ。
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