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6章 狩猟祭

8 狩猟祭の影で

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 リチャード・リド=ベル大公の挨拶とともに狩猟祭は始まった。
 男たちは馬に乗り込み、山を駆る。
 淑女たちは各々想いを寄せハンカチを贈った男たちの活躍を願い見送った。

 淑女たちはそれぞれ好きなように過ごしていた。
 池の方へボート遊びする者もいれば、紅く染まった秋の葉を楽しみ散策する令嬢もいる。
 ライラはライをお供にし公妃のお茶会へと参加した。
 こちらへ招待される夫人・令嬢は限られており、ライラはすぐに彼女たちの名前を把握することができた。
 1年前にバートの指導を受けて覚えた知識が役にたった。

「あらぁ、アルベル夫人の護衛は可愛らしいわね」

 カディア侯爵夫人が明るく声をかけてきた。周りにいた淑女たちも楽し気に微笑まれている。

「はい、従僕見習いのライといいます」

 ライラが紹介するとライはぺこりと挨拶をした。

「アルベル夫人は私のとなりへどうぞ」

 公妃は自分のとなり椅子をライラへ勧めた。公妃のとなりの席は重要なもので、社交界で強い意見を持つことができると言われひそかに狙うものもいた。
 ライラは公妃の義理の弟クロードの妻であり、アビゲイル公女の友人である。
 このお茶会で文句を言う者などいなかった。
 そしてライラのとなりにはカディア侯爵夫人が座っている。

「この前、我が家へ贈り物をくださってありがとうございます」
「いえ、夫人と侯爵閣下にはお世話になっております。何を贈れば良いのか悩みましたが、喜んでいただけてよかったです」

 カディア侯爵家に贈ったのは皮のベルトである。夫人にも何か贈りたいが、かなり悩んでアルベルの試作品である絹織物を贈った。
 今まで戦争しかやってこなかったアルベルが検討した事業のひとつである。
 まだ試作品で夫人に贈るのは失礼でないかとバートに相談したが、手触りは帝国経由のものと遜色しない上に公都の社交界のトップであるカディア侯爵夫人に気に入られれば今後のアルベルの為になるだろう。

「とても良い肌触りで驚いちゃった。今まで絹織物といえば、帝国経由で手に入れるだけだったから国内で手に入るならドレスもどんなものになるか楽しみになるわ」
「まだ試作の段階で売り物として出すのは先ですが、是非ご検討いただければ嬉しいです」

 ライラの話に他の女性たちが興味を抱いた。特に社交界デビューをしたばかりの令嬢には絹は惹かれるものだろう。
 別館にあった残りの絹の試作品を思い出す。もし、よろしければ試作品を触れに別館を訪れてほしいとライラは夫人たちに提案した。

「まぁ、ぜひ。絹はとてもいいのだけど手に入れるのが難しいから興味あるわ」

 一人の夫人がライラの提案に食いついた。

「アルベル夫人て、とても話しやすい方だったのね。わかっていればもっと交流したかったのに」

 狩猟祭が終わった後1週間は別館に滞在する予定である。その時に軽いお茶などでよければご一緒させていただきたい。
 ライラがそういうと夫人たちは嬉しそうにしていた。
 ライラが夫人たちの間でうまくやっているのを確認して公妃は満足げにほほ笑んだ。
 彼女にはアリサ夫人という義母もいることだし、公都のサロンで地位を固めることは可能だ。
 できれば1年中公都に滞在してほしいけど、クロードと一緒にいたいという彼女の希望を無視することはできない。
 残念だが、今は公都で存在感を強くしてくれればいいだろう。

「そういえば、アビゲイル公女は?」
「ボート遊びがあると聞いて若い令嬢をつれて飛んで行ったわ。さっきまではお茶会に参加する気満々だったのに落ち着きがない」

 公妃ははぁとため息をついた。

「夢中になれるものがあるのは良いことです」

 ライラとしてはアビゲイル公女はのびのびと自由にふるまっている方が似合っていると感じた。
 絵画に没頭し、みたことのないものに興味を示す。
 可能であれば彼女にはそのままでいてほしいが、帝国へ留学するとなれば彼女も変わらずにはいられないだろう。

「公女殿下の可愛らしく元気な様子をみると私がうれしくなります」

 カディア侯爵夫人もアビゲイル公女の姿を肯定的にとらえていた。

「それをいうのならうちのせがれですわ。もう良い年齢だというのに未だに妻をとる気配がない。交際相手もおらず、騎士仲間とあちこち飛び回って……アルベル辺境伯の時ようにとりもっていただきたいものですわ」

 さすがに上の命令、皇帝か大公の提案であればクロヴィスも無視することできず観念してくれるだろう。
 遠まわしに公妃への催促にも感じられる。

「そうですわね。必要あれば探してみますが、カディア小侯爵であれば素敵な出会いがありそうだわ」

 公都の令嬢も可愛らしい方がたくさんいるのだしと付け加えるがカディア侯爵夫人はぶんぶんと首を横になった。

「騎士となってから六年、いまだに決まったお相手も、出会いもないのよ。こうなったら親が動かなければいけません」

 どうか良い令嬢がいればご紹介をとカディア侯爵夫人はお茶会に参加している夫人たちに声をかけた。

「そういえば、例のあの方が見当たりませんわね」
「開催の挨拶前にちらっと見かけたけど、確かにそれっきりですわ」

 夫人たちはひそひそと話している声が聞こえた。誰かというとだいたい予想がつく。
 アメリー・ノース子爵夫人である。
 第三皇子カイルの友人として公国へ訪れた女性。夫人というが、まだ少女と呼べる年齢であった。

「ノース夫人は体調がすぐれないということで早々に城内へ休まれましたわ」

 公妃は疑問に応えた。
 大事な賓客の一員である。呼ばないわけにはいかないだろう。
 もし来たらライラ程の近い椅子ではなくても良い椅子を用意していた。
 アメリーの噂で公妃は警戒していたが、不参加と聞いたときに少し安心した。

 お茶会はとどこおりなく終わり、ライラはライを伴い城の自室へと戻った。公妃よりお土産のお菓子を持って帰ったので、ライの足取りが軽い。
 ライラはアメリーと会わずにすんで安心していた。
 先ほどのお茶会は公国の力ある家門の夫人・淑女が席についていたからだ。
 もし、アメリーが問題を起こせば第三皇子がでてくるだろう。
 そうなれば帝国と公国の友好にひびがはいらないように物事を収めるのにかなりの労力を費やしたことだろう。

 ◆◆◆

 アメリーの部屋は第三皇子のすぐ近くであった。本来であれば夫婦部屋。第三皇子の婚約者か、夫人が宿泊するような部屋である。
 それだけあって部屋の内装はかなり豪勢なものであった。

 しかし、今の部屋は荒れ果てていた。
 帰宅後アメリーは寝台の枕を引き裂いて中身をぐしゃぐしゃにして部屋中に散らかした。
 何度も寝台の上でこぶしを振り下ろし、目についた飲み水の入った容器をみるやよその方へと投げつける。
 侍女のレルカは片づけるのがたいへんそうだとぼんやりと考えていた。
 黒髪に、黒い瞳の少し陰りのある印象の侍女であった。影でアメリーを支え、暴走しがちなアメリーであったが、それでも彼女のファッションセンスが抜きんで人々を魅了し続けているのは彼女の力量が大きかった。
 アメリーの行動に思うところがあった夫人・淑女たちも、アメリーの美しさ、それを最大限にいかしたドレスコードは帝都の流行を先駆けていたのは認めていた。
 レルカは隠れたアメリーの支持者だといっていい。

 ここまで彼女が荒れたのは久しぶりである。子供の時の癇癪、姉と兄が強く注意した時である。
 アメリーの怒りがある程度発散されたころにようやくレルカは優しく声をかけた。

「お嬢様、それ以上は指を傷つけてしまいます」

 アメリーの肩をさすったときに彼女の崩れた髪から覗いた耳飾りをみてレルカはおやと首を傾げた。
 赤いルビーの蝶々を象ってデザインの耳飾りであるが、赤かったのが信じられない程黒く濁り、ひびが割れていた。
 特殊な魔法でコーティングした為割れることは早々ない。さらに強い魔法に触れた可能性があった。
 いつ頃に割れたものだろうかと考える。昨夜のパーティードレスを準備したときは問題なかったはずだ。

「レルカ、ひどいのよ。聞いて……」

 アメリーは涙を浮かべレルカに泣きついた。この時ばかりは彼女は10歳に満たない幼女のように幼くあどけなかった。

「クロード様がひどいことを言ったの。本当は私が妻になるはずだったのに、関係ないって」
「まぁ、可哀そうに」

 レルカはアメリーの金色の髪を撫でてやった。同時に乱れた髪を手で可能な限り整えてやる。

「本当は私が妻になるはずだったのよ。それなのにライラお姉さまに奪われて……ひどいわ」

 実際はアメリーが自分からアルベルへ嫁ぐのを嫌がって、ライラの婚約者を奪いライラをアルベルへと追いやったのであるが。
 経緯を知っていたレルカはアメリーが悪くないと言わんばかりに慰めた。

 ここに来て、行程は元に戻りつつあるようだとレルカは考えた。
 もとはレルカとしてはアメリーがアルベルへ嫁ぐのを勧めていた。
 しかし、彼女はあんな辺境へ行くなど嫌だとだだをこね、父親に泣きついて収集がつかない方へ進んだ。
 一度はアメリーの願いに沿って動いていたレルカであったが、ここでクロードに焦がれるとは思わなかった。
 第三皇子カイルもかなりの端正な顔立ちの男である。アメリーは順調にいけば彼の妻の座に落ち着く予定であった。
 しかし、クロードが美青年であることにアメリーは予想外のことで、ひとめぼれしてしまったようだ。

「アメリー様はアルベル辺境伯のことを慕っておいでですか?」
「ええ、こんなに胸がどきどきしたのははじめてよ。これは運命だったのよ。元は私が結ばれるはずだったのだし」

 過去の自分の行為など棚にあげて自分こそクロードの運命であると信じて疑わない。
 思い込みの激しさは幼少時から変わらない。成長を促すことをしなかった公爵家とレルカにも責任があったが、この思い込みはレルカとしては都合がよかった。

「それでは私がお手伝いいたしましょう」
「本当。できるの?」
「はい、だって私は……」

 レルカはにこりとほほ笑んだ。

「あなたを幸せにするため現れた魔法使いなのですから」

 レルカはいつだってアメリーの味方であった。
 レルカのいう通りにしていれば、父親はアメリーを溺愛し、アメリーにとって邪魔な姉も、兄も追い出してしまった。
 ほしいものは何でも手に入った。
 遠回りしてしまったが、第三皇子の恋人の地位へつけたのもレルカのいう通りに動いたからだ。
 彼女が誰よりもアメリーを惹きたて、男たちはアメリーを大事にするように動いてくれるようになった。
 きっと今回も大丈夫だ。レルカのいう通りにしていれば、アメリーは幸せになれる。
 だってレルカはアメリーの魔法使いなのだから。
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