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3章 シャフラ旅行
7 昔はなし
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オズワルドに定期的に勉強を受けながら、クロードは手始めに魔物討伐を繰り返した。日銭を稼いでいき、防具や武具を整えていく。
少しずつできる範囲を広げていき、難易度の高い魔物や盗賊の討伐にも参加するようになった。
盗賊討伐の時は他の傭兵との協力を受けながら実践し、この時に集団の動きを身に着けていく。
稼ぐ金銭が増えていく毎に武器や防具の精度についても考えるようになり、魔物から得た素材を利用するようになる。
この時に鍛冶職人の元へ通い、自分の見合う武器を模索していった。
武器に魔力が通りやすいものを選ぶようになり、オズワルドはクロードに魔力についての勉強を開始した。
クロードには魔術師としての素質はないが、魔力が体の中にあることを教わった。
武器にうまく作動させれば、魔剣を操ることもできるだろうと訓練が開始される。武器も魔剣へと作り替えられていった。
はじめはなかなかうまくいかず、オズワルドの言っていることには半信半疑であった。クロードは定期的に魔物や獣を退治し、得た素材で新しい道具を作成してもらった。
半年経過しても魔剣の扱いを獲得できないまま、オズワルドは雪ムカデの退治へと誘いだしてきた。
異民族の侵攻さえなければ田舎方面の雪ムカデ狩りもスムーズであったが、今は人手が足りない。
クロードは言われるままジーヴルから離れた雪山を目指した。
そこに棲んでいるのが通常の雪ムカデたちだけではなく、彼らの親玉とも呼ばれる大雪ムカデとは知らずに。
アルベルの終わらぬ冬の元凶。
遠くから山の頂上をみるとその姿を見ることができる程の巨躯と言われるだけあり対峙したときは背筋が凍った。
頭だけでもクロードの体の五倍以上はあり、クロードがたどり着いた場所の半分以上は大雪ムカデの体で埋め尽くされていた。
大雪ムカデから吐き出される息は毒であり通常の人であれば動きや思考を鈍らせてしまう。
山に入ったしばらくしたところでオズワルドに薬を飲まされていなければクロードは茫然と立ち尽くし大雪ムカデの胃の中へ運ばれるのを待つしかなかっただろう。
大雪ムカデがこんな場所にいたとは思いもよらなかった。
山々を移動するため討伐隊が追いかけるだけでも一苦労であり、討伐隊がたどり着けたとしても大雪ムカデの餌食になり帰ってこれなかった。逃げ延びた兵士は大雪ムカデの毒に中り最期まで苦しみながら、討伐隊の騎士兵士たちがどのような最期だったかを語り命を絶ったという。
最後に大雪ムカデの姿を見たのは100年前だと聞いている。
どこに生息しているかはわからず、人々はその子供のような通常の雪ムカデの狩りにいそしんだ。
大雪ムカデが消えない限りアルベルの冬は終わらないとわかっているが、雪ムカデの増殖を抑えるだけでも人が生きていける環境を維持できていると信じてきていた。
こんな難易度の高い土地を北の民が何故欲しがるかふしぎなくらい生きづらい場所であった。
それでもアルベル領民は、長くこの土地で生きており離れず残る者が多い。
魔物や北の脅威に晒されても。
クロードはオズワルドへの恨み言をまき散らしながら大雪ムカデの攻撃から逃げ出した。
多くの護竜を食べ続けぶくぶく大きくなった体は起き上がることなく、身をくねらせ足を器用に動かせクロードを襲った。
雪ムカデの女王ともいうべき存在は、目の前に現れたクロードを新しい餌と認識していたようだ。
オズワルドの言う通りクロードにも魔力が備わっていたのは本当のようである。
クロードが素早く大雪ムカデの攻撃をかわしていく。身が軽く動きを予測つかめず大雪ムカデは不気味な音を立てた。
雪の踏みぬく音と木々の揺れる音と共に現れたのは10匹の雪ムカデであった。
おそらく大雪ムカデの子分であろう。彼らが獲物を捕らえて魔力を持つものであった時大雪ムカデに献上していたようだ。
護竜が絶滅してから大雪ムカデは何を食べて過ごしているのだろうと疑問に思っていたが、すぐに応えは出た。
逃げているはずみに見かけた洞穴の中に白い骨が見え、人の形のものもあった。
通常の雪ムカデがクロードへと襲い掛かり、クロードは大雪ムカデへの攻撃を行えずにいた。
一匹一匹を仕留めるだけでも時間がかかり、その間に大雪ムカデは別の場所にいる子分を呼び寄せているようであった。
長引けば不利になる。
大雪ムカデの攻撃範囲内に入れば、大きな足の1つがクロードめがけて降りかかってくる。上からの攻撃をかわしながら剣を振り下ろすが大雪ムカデの体はぴくともしない。
通常の雪ムカデと違い体が頑丈になっているようだ。
これでどうやって退治すればいいのだ。
こうなったのもそもそも誰の誘導のせいだろうか。
通常の雪ムカデを相手しているオズワルドへ叫んだ。彼は何のこともないように魔剣を扱えればいいと言った。
それがまだできないから苦労しているというのに。
クロードが危うくなるとオズワルドは攻撃魔法で支援してくれている。
途中からクロードは通常の雪ムカデは放置して、大雪ムカデ攻略の方に専念することとした。
大雪ムカデが毒を吐き、クロードは自分の動きが鈍くなるのを感じた。息を切らしながらクロードは大雪ムカデの動きを見続けた。
他の通常の雪ムカデとの違いがないか確認し、気づいたことがあった。
大雪ムカデは体の一部に魔力を溜め込み、薄い膜のようなものを作っていた。
何度も攻撃をしているうちに膜の存在に気付いた。
それが魔剣と同じイメージではないかと考え、クロードは自分の剣に向けて魔力を注いでみる。
今までオズワルドに何度も自身の魔力を感じ取り、流れを変える訓練を行ってきた。
剣や防具に魔力を注ぎこむ方法は今までうまくいっていなかった。オズワルドのお手本をみてもピンとこず、自分には向いていないと諦めかけていた。
大雪ムカデの魔力の扱い方をみて、それを真似てみた。はじめはうまくいかなかったが、何度も繰り返していくうちに大雪ムカデへ攻撃が通るようになった。
ぼとりと大きな足が雪の上へ落ちていくのをみてクロードは感触をつかんだ。
大雪ムカデの魔力の流れを読み取れるようになり、ようやく一番守っている場所を突き止めた。
目の奥と、体の中央に存在する心臓部分。
クロードは大雪ムカデの心臓部分へと剣を突き通した。
強い熱を発して確実に大雪ムカデを苦しめた。まだ目の奥の部分が残っており、大雪ムカデは足を動かしクロードを捕えようとする。
すぐに彼を捕食すれば命は繋げられるから必死のようだった。
クロードは疲れた体に鞭を打ち、足から逃れ大雪ムカデの体の上へとのり走りよった。
オズワルドがクロードに予備の剣を投げつける。先ほどまでクロードが使っていた剣はまだ大雪ムカデの腹に打ち込まれていた。
2匹の雪ムカデが大雪ムカデの腹に刺さった剣を抜こうと必死であるが、クロードの魔力が込められた剣を抜くことはできない。
頭上までたどり着いたクロードは大雪ムカデの頭に向けて剣を振り下ろした。
もうその頃にはクロードの魔剣は完成されていた。
腹の中央、目の奥の2か所の急所を同時に貫けられて大雪ムカデは不気味な悲鳴をあげのたうちまわり動かなくなった。
「おめでとう。これで君はアルベルの英雄になった」
残りの雪ムカデを退治した後、オズワルドは大雪ムカデの頭の上で座り込むクロードへ称賛を送った。
クロードはじろっとオズワルドを睨みつけた。
「お前、せめてここに大雪ムカデがいることくらい教えろよ」
「教えれば、クロードは弱腰になって逃げだすだろう」
逃げ出したりするものかと言いたいところだが、疲れ果てたクロードは口を開くのもおっくうになってきた。
クロードは戦いの最中で負った傷を癒しながら、大雪ムカデの退治後の処理を行った。
近くの村の者に手伝ってもらい、解体作業を行う。
頭の部分だけジーヴルへと運び出し、ギルドへと討伐終了の報告をした。
さすがにギルドスタッフも啞然としていた。ジーヴルの人々はこぞってクロードの戦果を見るために道へと顔を出した。
その日、ジーヴルはちょっとしたお祭り騒ぎであった。
ノースギルドのマスターがすっ飛んできて、どうやって退治したのかと詳細に聞いてきた。
クロードはありのまま教えたが、全く信じてもらえなかった。
「それができれば苦労しない!」
説明後一番に言われた言葉である。
クロードが言っている内容が簡単そうに聞こえたようである。全く簡単ではないのであるが。
ギルドマスターは本当にクロードが退治したのか半信半疑であったが、証拠の首をみては信じないわけにはいかない。
今まで誰も退治することができなかった大雪ムカデである。
それを退治したのがジーヴルの騎士団でもなく、屈強な傭兵でもない。
18歳の無名の青年だということはアルベル中を驚かせた。
クロード・スタンリー。
アルベルの冬を終わらせた男。
その年の冬は普段よりましなもので、2月を過ぎると春の息吹を感じた。待ち望んだ春がアルベルに戻ってきたのである。
良い話がいつまでも続く訳ではなかった。
新たに砦を異民族に奪われ、北の脅威は一層強くなっていく。
その時にクロードの元へ便りが訪れた。クロードをジーヴル城へ呼び寄せたいというものだ。
呼び出し人はジーヴル城の主、アルベル辺境伯である。
彼はクロードの武名を見込み、力を貸してほしいと嘆願した。
オズワルドの勧めもあり、クロードはこの時に騎士見習いとなり騎士団へ入った。
辺境伯としては騎士の称号を与えたいと言っていたが、無名のクロードが騎士になっては周りの反発を買い替えない。
まずは騎士見習いとなり、騎士団の在り方を肌身で学んでからが望ましい。
1年の見習いを経てクロードは騎士となった。
◆◆◆
ライラの知りたがっていた大雪ムカデ退治の話をしてみたがどうだったかとクロードはライラの反応を確認した。
なるべく血なまぐさい内容は省いたつもりであったが。
「あまり面白くなかっただろう」
「いいえ。クロード様が無事に帰還できて良かったです」
特別退屈ではなかったようでとりあえず安心した。ブランシュの方は退屈だったようでライラの膝で寝息をたてていた。午前中も眠っていたと思うのだが。
クロードはリリーが用意してくれたお茶を口に運んだ。
時計の方をみると夕食の時間である。
「今日はどうする? 上の階の料理店で食べるか、それとも部屋まで持ってきてもらうか」
この宿屋は高所に建てられており、3階からは町や山の景色を楽しむことができる。そこに料理店が入っており、旅行者への売りとなっていた。
「お店で食べましょう」
ライラの部屋からでも景色は楽しめるが、お店で食べる食事は雰囲気が異なる。
そうなればまた着替える必要が出てくる。宿屋には富裕層や貴族が利用しており、身だしなみにも注意する必要が出ていた。
「わかった。俺も着替えてくるから、リリーに支度してもらおう」
夜のシャフラは昼とはがらりと雰囲気が異なる。酒場が盛大に盛り上がっており、そこかしこに灯りがともっていた。
山の方は真っ暗で形のみぼんやりとみることしかできない。
それでもライラにとっては今まで見たことがない景色で楽し気にしていた。食事もリリーがあらかじめ店に注文をしていたので、ライラにとって丁度いい辛さのようだ。
食事が終わった頃にはリリーが温泉湯を部屋のバスルームに運び込ませておりライラがすぐに利用できるようにしてくれた。
露店風呂を使用しようと思っていたライラは少し複雑な表情を浮かべていた。
「明日、熱を出していなければ露天風呂へ入ってもいいぞ」
クロードにそういわれてライラはこくりと頷いた。クロード自身は下の階へ降りて露店風呂を利用した。
きちんと整備されていて利用しやすくなっていた。
これならライラが使用しても問題ないだろう。時々リリーに様子を伺ってもらう必要があるが。
「ブランシュは私と一緒に寝ましょうね」
ライラの夜の身支度を終わらせたリリーは寝台へダイブしようとしたブランシュを掴み、腕の中へと抱きしめた。
「ぴゅー」
ブランシュはじたばた暴れ不服だと訴えた。
「今日は旦那様が一緒に寝る日なのですよ。我慢しましょうね」
リリーが窘めるがブランシュはいっこうに聞こうとしない。昨日はライラの体調不良の為に我慢していたのだから今日はいいじゃないかと目で訴えている。
「ブランシュ、リリーの言うことを聞きましょう。ね?」
ライラがブランシュの頭を撫でてようやく大人しくなった。ライラとリリーの言葉は何となく理解できているようだ。
「本当にブランシュは奥様のことが好きですね」
「母竜と思っているのよ」
リリーが部屋を出た後、ライラは寝台に腰をかけた。
しばらくしてクロードが部屋へ入ってきた。彼は右手で2つのコップを持っていた。
温めてもらったワインである。
二人はそれを少しずつ飲みながら会話を楽しんだ。
「今日は楽しかったです」
「ほぼ俺が引きずるような形になったがそれで良かったか」
「私だと、市場に慣れていませんのでどのように行けばいいか悩んでしまいます。すぐに迷子になってしまうでしょうし」
クロードが手を引いてくれて心強かった。
その言葉にクロードは少し照れてしまう。
「市場にはあまり出かけたことは」
「帝都ではあまり……。でも、イセナにいた時はよくでかけていました」
幼馴染の手を引かれながら、はじめて買い物をしたときのことを思い出した。
「確か、オズの実家があるところだったな」
「はい。ブラック=バルト伯爵家には私と同じ年ごろの子供が三人いて、私は彼らの妹のように扱われました。遠出をするときは大人の目が必要だったので、その時はオズワルド様が引率で出てきておりました」
はじめて市場へ出た時に幼馴染らが一斉に離れた時があり、オズワルドは面倒臭そうにライラの手を握り幼馴染が戻ってくるのを待っていた。
他には朝一番の漁へ連れていかれたことがあった。幼馴染と、オズワルドが傍にいて、漁師と共に船を漕いだ経験がある。
「船を漕ぐのか? そなたが」
「はい。そのほかにお祭りで競争の船漕ぎにも出ましたよ。負けてしまいましたが」
ライラはあの時のことを思い出しながら手を動かした。
「イセナの方々は荒っぽい性格の方が多いのですが、とても面倒見がよく親切にしてくださいました」
ライラの母の為滋養にきく魚を届けてくれることが頻繁であった。
懐かし気に昔を思い出す。
「そうか。本当にオズとは昔馴染みなんだな」
「とはいえ、ほんの1年の付き合いで……突然ブラック=バルト伯爵家から姿を消したのです」
オズワルドがいなくなったことに首を傾げたが、それでもライラの日常は母と一緒に過ごし、幼馴染と遊ぶことである。
次第にオズワルドがいなくなった日に慣れてしまい彼のことを思い出さなくなってしまった。
ちょうどその時期を確認すると、クロードがオズワルドに出会う半年前のことである。
「まさか、このアルベルで彼と再会するとは思いもしませんでした。名前も変えていましたし、彼とはすぐに気づけませんでした」
オズワルドはブラック=バルト姓ではなく、ヴィヴィという適当に考えた姓を名乗っていた。
「そうだな。あれの出自についてはあまり詳しく聞いていなかった。元は帝国のイセナ出身でアルベルに妙な関心を持っていたということ以外は知らなかったな……いや、そなたが嫁いでくると聞いて妙に俺の肩を叩く仕草をみせるようになったな」
はじめは帝国貴族のアメリー令嬢が嫁いでくると聞き、オズワルドは形式として帝国流をクロードに教え込もうとしていた。
すぐにライラへと婚約が変ったら、なお一層彼女を大事にするようにとくどくどと説教をするようになった。
「あの夏の社交界の前の時も色々とオズに教わった」
「まぁ、では私はオズワルド様に感謝しないといけませんね」
こうしてクロードと打ち解け合えるようになったのはオズワルドが人肌脱いでくれたからだ。
「そうだわ。何か彼にお礼をしないと」
クロードは微妙な面持ちでライラの髪を撫でた。
「別に気にしなくてもいいし、そなたは自分の体のことを一番に考えなさい」
「大丈夫ですよ。もう治っておりますし……ふぁ」
ライラはにぶくあくびをした。
「ほら、今日はもう寝よう」
ホットワインのコップをテーブルに置いて、クロードはライラの手を引き寝台へと潜り込んだ。
クロードは左腕を伸ばして、その上にライラの頭を載せ腕枕をしてやった。
肩をぽんと叩くとライラはそのまますっと眠りについた。
少しずつできる範囲を広げていき、難易度の高い魔物や盗賊の討伐にも参加するようになった。
盗賊討伐の時は他の傭兵との協力を受けながら実践し、この時に集団の動きを身に着けていく。
稼ぐ金銭が増えていく毎に武器や防具の精度についても考えるようになり、魔物から得た素材を利用するようになる。
この時に鍛冶職人の元へ通い、自分の見合う武器を模索していった。
武器に魔力が通りやすいものを選ぶようになり、オズワルドはクロードに魔力についての勉強を開始した。
クロードには魔術師としての素質はないが、魔力が体の中にあることを教わった。
武器にうまく作動させれば、魔剣を操ることもできるだろうと訓練が開始される。武器も魔剣へと作り替えられていった。
はじめはなかなかうまくいかず、オズワルドの言っていることには半信半疑であった。クロードは定期的に魔物や獣を退治し、得た素材で新しい道具を作成してもらった。
半年経過しても魔剣の扱いを獲得できないまま、オズワルドは雪ムカデの退治へと誘いだしてきた。
異民族の侵攻さえなければ田舎方面の雪ムカデ狩りもスムーズであったが、今は人手が足りない。
クロードは言われるままジーヴルから離れた雪山を目指した。
そこに棲んでいるのが通常の雪ムカデたちだけではなく、彼らの親玉とも呼ばれる大雪ムカデとは知らずに。
アルベルの終わらぬ冬の元凶。
遠くから山の頂上をみるとその姿を見ることができる程の巨躯と言われるだけあり対峙したときは背筋が凍った。
頭だけでもクロードの体の五倍以上はあり、クロードがたどり着いた場所の半分以上は大雪ムカデの体で埋め尽くされていた。
大雪ムカデから吐き出される息は毒であり通常の人であれば動きや思考を鈍らせてしまう。
山に入ったしばらくしたところでオズワルドに薬を飲まされていなければクロードは茫然と立ち尽くし大雪ムカデの胃の中へ運ばれるのを待つしかなかっただろう。
大雪ムカデがこんな場所にいたとは思いもよらなかった。
山々を移動するため討伐隊が追いかけるだけでも一苦労であり、討伐隊がたどり着けたとしても大雪ムカデの餌食になり帰ってこれなかった。逃げ延びた兵士は大雪ムカデの毒に中り最期まで苦しみながら、討伐隊の騎士兵士たちがどのような最期だったかを語り命を絶ったという。
最後に大雪ムカデの姿を見たのは100年前だと聞いている。
どこに生息しているかはわからず、人々はその子供のような通常の雪ムカデの狩りにいそしんだ。
大雪ムカデが消えない限りアルベルの冬は終わらないとわかっているが、雪ムカデの増殖を抑えるだけでも人が生きていける環境を維持できていると信じてきていた。
こんな難易度の高い土地を北の民が何故欲しがるかふしぎなくらい生きづらい場所であった。
それでもアルベル領民は、長くこの土地で生きており離れず残る者が多い。
魔物や北の脅威に晒されても。
クロードはオズワルドへの恨み言をまき散らしながら大雪ムカデの攻撃から逃げ出した。
多くの護竜を食べ続けぶくぶく大きくなった体は起き上がることなく、身をくねらせ足を器用に動かせクロードを襲った。
雪ムカデの女王ともいうべき存在は、目の前に現れたクロードを新しい餌と認識していたようだ。
オズワルドの言う通りクロードにも魔力が備わっていたのは本当のようである。
クロードが素早く大雪ムカデの攻撃をかわしていく。身が軽く動きを予測つかめず大雪ムカデは不気味な音を立てた。
雪の踏みぬく音と木々の揺れる音と共に現れたのは10匹の雪ムカデであった。
おそらく大雪ムカデの子分であろう。彼らが獲物を捕らえて魔力を持つものであった時大雪ムカデに献上していたようだ。
護竜が絶滅してから大雪ムカデは何を食べて過ごしているのだろうと疑問に思っていたが、すぐに応えは出た。
逃げているはずみに見かけた洞穴の中に白い骨が見え、人の形のものもあった。
通常の雪ムカデがクロードへと襲い掛かり、クロードは大雪ムカデへの攻撃を行えずにいた。
一匹一匹を仕留めるだけでも時間がかかり、その間に大雪ムカデは別の場所にいる子分を呼び寄せているようであった。
長引けば不利になる。
大雪ムカデの攻撃範囲内に入れば、大きな足の1つがクロードめがけて降りかかってくる。上からの攻撃をかわしながら剣を振り下ろすが大雪ムカデの体はぴくともしない。
通常の雪ムカデと違い体が頑丈になっているようだ。
これでどうやって退治すればいいのだ。
こうなったのもそもそも誰の誘導のせいだろうか。
通常の雪ムカデを相手しているオズワルドへ叫んだ。彼は何のこともないように魔剣を扱えればいいと言った。
それがまだできないから苦労しているというのに。
クロードが危うくなるとオズワルドは攻撃魔法で支援してくれている。
途中からクロードは通常の雪ムカデは放置して、大雪ムカデ攻略の方に専念することとした。
大雪ムカデが毒を吐き、クロードは自分の動きが鈍くなるのを感じた。息を切らしながらクロードは大雪ムカデの動きを見続けた。
他の通常の雪ムカデとの違いがないか確認し、気づいたことがあった。
大雪ムカデは体の一部に魔力を溜め込み、薄い膜のようなものを作っていた。
何度も攻撃をしているうちに膜の存在に気付いた。
それが魔剣と同じイメージではないかと考え、クロードは自分の剣に向けて魔力を注いでみる。
今までオズワルドに何度も自身の魔力を感じ取り、流れを変える訓練を行ってきた。
剣や防具に魔力を注ぎこむ方法は今までうまくいっていなかった。オズワルドのお手本をみてもピンとこず、自分には向いていないと諦めかけていた。
大雪ムカデの魔力の扱い方をみて、それを真似てみた。はじめはうまくいかなかったが、何度も繰り返していくうちに大雪ムカデへ攻撃が通るようになった。
ぼとりと大きな足が雪の上へ落ちていくのをみてクロードは感触をつかんだ。
大雪ムカデの魔力の流れを読み取れるようになり、ようやく一番守っている場所を突き止めた。
目の奥と、体の中央に存在する心臓部分。
クロードは大雪ムカデの心臓部分へと剣を突き通した。
強い熱を発して確実に大雪ムカデを苦しめた。まだ目の奥の部分が残っており、大雪ムカデは足を動かしクロードを捕えようとする。
すぐに彼を捕食すれば命は繋げられるから必死のようだった。
クロードは疲れた体に鞭を打ち、足から逃れ大雪ムカデの体の上へとのり走りよった。
オズワルドがクロードに予備の剣を投げつける。先ほどまでクロードが使っていた剣はまだ大雪ムカデの腹に打ち込まれていた。
2匹の雪ムカデが大雪ムカデの腹に刺さった剣を抜こうと必死であるが、クロードの魔力が込められた剣を抜くことはできない。
頭上までたどり着いたクロードは大雪ムカデの頭に向けて剣を振り下ろした。
もうその頃にはクロードの魔剣は完成されていた。
腹の中央、目の奥の2か所の急所を同時に貫けられて大雪ムカデは不気味な悲鳴をあげのたうちまわり動かなくなった。
「おめでとう。これで君はアルベルの英雄になった」
残りの雪ムカデを退治した後、オズワルドは大雪ムカデの頭の上で座り込むクロードへ称賛を送った。
クロードはじろっとオズワルドを睨みつけた。
「お前、せめてここに大雪ムカデがいることくらい教えろよ」
「教えれば、クロードは弱腰になって逃げだすだろう」
逃げ出したりするものかと言いたいところだが、疲れ果てたクロードは口を開くのもおっくうになってきた。
クロードは戦いの最中で負った傷を癒しながら、大雪ムカデの退治後の処理を行った。
近くの村の者に手伝ってもらい、解体作業を行う。
頭の部分だけジーヴルへと運び出し、ギルドへと討伐終了の報告をした。
さすがにギルドスタッフも啞然としていた。ジーヴルの人々はこぞってクロードの戦果を見るために道へと顔を出した。
その日、ジーヴルはちょっとしたお祭り騒ぎであった。
ノースギルドのマスターがすっ飛んできて、どうやって退治したのかと詳細に聞いてきた。
クロードはありのまま教えたが、全く信じてもらえなかった。
「それができれば苦労しない!」
説明後一番に言われた言葉である。
クロードが言っている内容が簡単そうに聞こえたようである。全く簡単ではないのであるが。
ギルドマスターは本当にクロードが退治したのか半信半疑であったが、証拠の首をみては信じないわけにはいかない。
今まで誰も退治することができなかった大雪ムカデである。
それを退治したのがジーヴルの騎士団でもなく、屈強な傭兵でもない。
18歳の無名の青年だということはアルベル中を驚かせた。
クロード・スタンリー。
アルベルの冬を終わらせた男。
その年の冬は普段よりましなもので、2月を過ぎると春の息吹を感じた。待ち望んだ春がアルベルに戻ってきたのである。
良い話がいつまでも続く訳ではなかった。
新たに砦を異民族に奪われ、北の脅威は一層強くなっていく。
その時にクロードの元へ便りが訪れた。クロードをジーヴル城へ呼び寄せたいというものだ。
呼び出し人はジーヴル城の主、アルベル辺境伯である。
彼はクロードの武名を見込み、力を貸してほしいと嘆願した。
オズワルドの勧めもあり、クロードはこの時に騎士見習いとなり騎士団へ入った。
辺境伯としては騎士の称号を与えたいと言っていたが、無名のクロードが騎士になっては周りの反発を買い替えない。
まずは騎士見習いとなり、騎士団の在り方を肌身で学んでからが望ましい。
1年の見習いを経てクロードは騎士となった。
◆◆◆
ライラの知りたがっていた大雪ムカデ退治の話をしてみたがどうだったかとクロードはライラの反応を確認した。
なるべく血なまぐさい内容は省いたつもりであったが。
「あまり面白くなかっただろう」
「いいえ。クロード様が無事に帰還できて良かったです」
特別退屈ではなかったようでとりあえず安心した。ブランシュの方は退屈だったようでライラの膝で寝息をたてていた。午前中も眠っていたと思うのだが。
クロードはリリーが用意してくれたお茶を口に運んだ。
時計の方をみると夕食の時間である。
「今日はどうする? 上の階の料理店で食べるか、それとも部屋まで持ってきてもらうか」
この宿屋は高所に建てられており、3階からは町や山の景色を楽しむことができる。そこに料理店が入っており、旅行者への売りとなっていた。
「お店で食べましょう」
ライラの部屋からでも景色は楽しめるが、お店で食べる食事は雰囲気が異なる。
そうなればまた着替える必要が出てくる。宿屋には富裕層や貴族が利用しており、身だしなみにも注意する必要が出ていた。
「わかった。俺も着替えてくるから、リリーに支度してもらおう」
夜のシャフラは昼とはがらりと雰囲気が異なる。酒場が盛大に盛り上がっており、そこかしこに灯りがともっていた。
山の方は真っ暗で形のみぼんやりとみることしかできない。
それでもライラにとっては今まで見たことがない景色で楽し気にしていた。食事もリリーがあらかじめ店に注文をしていたので、ライラにとって丁度いい辛さのようだ。
食事が終わった頃にはリリーが温泉湯を部屋のバスルームに運び込ませておりライラがすぐに利用できるようにしてくれた。
露店風呂を使用しようと思っていたライラは少し複雑な表情を浮かべていた。
「明日、熱を出していなければ露天風呂へ入ってもいいぞ」
クロードにそういわれてライラはこくりと頷いた。クロード自身は下の階へ降りて露店風呂を利用した。
きちんと整備されていて利用しやすくなっていた。
これならライラが使用しても問題ないだろう。時々リリーに様子を伺ってもらう必要があるが。
「ブランシュは私と一緒に寝ましょうね」
ライラの夜の身支度を終わらせたリリーは寝台へダイブしようとしたブランシュを掴み、腕の中へと抱きしめた。
「ぴゅー」
ブランシュはじたばた暴れ不服だと訴えた。
「今日は旦那様が一緒に寝る日なのですよ。我慢しましょうね」
リリーが窘めるがブランシュはいっこうに聞こうとしない。昨日はライラの体調不良の為に我慢していたのだから今日はいいじゃないかと目で訴えている。
「ブランシュ、リリーの言うことを聞きましょう。ね?」
ライラがブランシュの頭を撫でてようやく大人しくなった。ライラとリリーの言葉は何となく理解できているようだ。
「本当にブランシュは奥様のことが好きですね」
「母竜と思っているのよ」
リリーが部屋を出た後、ライラは寝台に腰をかけた。
しばらくしてクロードが部屋へ入ってきた。彼は右手で2つのコップを持っていた。
温めてもらったワインである。
二人はそれを少しずつ飲みながら会話を楽しんだ。
「今日は楽しかったです」
「ほぼ俺が引きずるような形になったがそれで良かったか」
「私だと、市場に慣れていませんのでどのように行けばいいか悩んでしまいます。すぐに迷子になってしまうでしょうし」
クロードが手を引いてくれて心強かった。
その言葉にクロードは少し照れてしまう。
「市場にはあまり出かけたことは」
「帝都ではあまり……。でも、イセナにいた時はよくでかけていました」
幼馴染の手を引かれながら、はじめて買い物をしたときのことを思い出した。
「確か、オズの実家があるところだったな」
「はい。ブラック=バルト伯爵家には私と同じ年ごろの子供が三人いて、私は彼らの妹のように扱われました。遠出をするときは大人の目が必要だったので、その時はオズワルド様が引率で出てきておりました」
はじめて市場へ出た時に幼馴染らが一斉に離れた時があり、オズワルドは面倒臭そうにライラの手を握り幼馴染が戻ってくるのを待っていた。
他には朝一番の漁へ連れていかれたことがあった。幼馴染と、オズワルドが傍にいて、漁師と共に船を漕いだ経験がある。
「船を漕ぐのか? そなたが」
「はい。そのほかにお祭りで競争の船漕ぎにも出ましたよ。負けてしまいましたが」
ライラはあの時のことを思い出しながら手を動かした。
「イセナの方々は荒っぽい性格の方が多いのですが、とても面倒見がよく親切にしてくださいました」
ライラの母の為滋養にきく魚を届けてくれることが頻繁であった。
懐かし気に昔を思い出す。
「そうか。本当にオズとは昔馴染みなんだな」
「とはいえ、ほんの1年の付き合いで……突然ブラック=バルト伯爵家から姿を消したのです」
オズワルドがいなくなったことに首を傾げたが、それでもライラの日常は母と一緒に過ごし、幼馴染と遊ぶことである。
次第にオズワルドがいなくなった日に慣れてしまい彼のことを思い出さなくなってしまった。
ちょうどその時期を確認すると、クロードがオズワルドに出会う半年前のことである。
「まさか、このアルベルで彼と再会するとは思いもしませんでした。名前も変えていましたし、彼とはすぐに気づけませんでした」
オズワルドはブラック=バルト姓ではなく、ヴィヴィという適当に考えた姓を名乗っていた。
「そうだな。あれの出自についてはあまり詳しく聞いていなかった。元は帝国のイセナ出身でアルベルに妙な関心を持っていたということ以外は知らなかったな……いや、そなたが嫁いでくると聞いて妙に俺の肩を叩く仕草をみせるようになったな」
はじめは帝国貴族のアメリー令嬢が嫁いでくると聞き、オズワルドは形式として帝国流をクロードに教え込もうとしていた。
すぐにライラへと婚約が変ったら、なお一層彼女を大事にするようにとくどくどと説教をするようになった。
「あの夏の社交界の前の時も色々とオズに教わった」
「まぁ、では私はオズワルド様に感謝しないといけませんね」
こうしてクロードと打ち解け合えるようになったのはオズワルドが人肌脱いでくれたからだ。
「そうだわ。何か彼にお礼をしないと」
クロードは微妙な面持ちでライラの髪を撫でた。
「別に気にしなくてもいいし、そなたは自分の体のことを一番に考えなさい」
「大丈夫ですよ。もう治っておりますし……ふぁ」
ライラはにぶくあくびをした。
「ほら、今日はもう寝よう」
ホットワインのコップをテーブルに置いて、クロードはライラの手を引き寝台へと潜り込んだ。
クロードは左腕を伸ばして、その上にライラの頭を載せ腕枕をしてやった。
肩をぽんと叩くとライラはそのまますっと眠りについた。
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