【完結】アーデルハイトはお家へ帰る

ariya

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15 レガルドの日記

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 場面は王都・伯爵家別邸へと移る。
 クラウスは不在中にマリアが勝手にしてきたことの後処理に奔走していた。
「夫人部屋はどういたしましょう」
 既に一部とりかかっている途中で今中断すれば不格好な壁が残ったままになってしまう。
「このまま作業してもらおう。ただし壁紙のデザインは見直す」
 技術者が見せてくれるカタログをみながらクラウスは新しい色を選んだ。マリアが選んだのは派手な赤い壁であったが、クラウスは別の物を指定した。薄い白に木の葉の紋様が連なっている自然を彷彿させるデザインだ。
 伯爵領屋敷のアデルの部屋を思い出しながら、彼女の持ち物の色を基調することにした。
 そしてマリアの我儘に巻き込まれ、注意して罰を受けた使用人たちのリストを確認する。怪我を負った者らの保障を見直した。治療費も出し、フォルテ子爵家の貴族侮辱罪の訴訟に関しても弁護士と必要経費を用意した。
 それでも奉公に戻る気がないようであれば良い場所へ勤められるように紹介状を手配した。
 よくも数日間でここまでの問題を起こせたものだとクラウスは呆れる。
 フォルテ子爵としてはこのままローゼンバルト伯爵家を牛耳る気であったのだろう。
 可愛がってくれた大伯母の嫁ぎ先だったし、葬式の時に手伝ってもらった恩もあるがここまでされればさすがに縁を切ってしまいたくなる。
 大伯母が亡くなった後で良かった。きっと彼女は悲しむことだろう。
 屋敷内の片付けを進めているうちに父の形見を見つけた。書斎の奥に細かい細工が施されており鍵を使わなければ開けることができない。マリアの騒動で屋敷の大掃除をしている際中に鍵を見つけられた。
 カチャリと金属のはまる音がして本棚に備え付けられた箱は開いた。中には日記と手紙の束が保管されていた。上の方に「息子クラウスへ」と書かれている。いずれは読んでもらうことを想定されたものだったのだろう。
 鍵を渡す前に急死してしまうとはレガルドも考えていなかったようだ。
 早く仕事を済ませてアデルの元へ飛び立とうと思うが、興味がありぱらっと中身を覗く。
「……」
 ここでささっと読んでいい内容ではないとクラウスは感じて一度閉ざす。とはいえ、アデルのことについても記載されており気になって仕方ない。
「旦那様」
 パトリックは手紙を持ち書斎を訪れた。
「何だ。フォルテ子爵の文句の手紙を今読む気はないぞ」
「アルフォス団のヴィムという男からの手紙です。速達で届けられ、急ぎの要件のようで」
 ヴィムという名にクラウスは反応し手紙を受け取る。手紙の内容をみてクラウスは机を強くたたいた。
 手紙の内容はアデルが誘拐され、エミルが重傷を負い動けなくなったという内容であった。
「すぐにアルフォス山脈へ行く」
 鞄の中に先ほどの日記と手紙を詰め込み、準備をする。
「私がいない間はパトリックに委ねる」
 何か法的問題が起きれば弁護士も用意している。フォルテ子爵が勝手に屋敷に上がり込めば法的に断罪するよう手配している。友人にもこの件は相談済である。
「どうしても無理というのであれば、田舎のクリスを呼び戻せ。臨時で管理を任せる」
 肺病を患い引退したとはいえ、今は落ち着いているという。3か月前に会った時はまだ働けそうであるが、体力の問題でこのまま隠居生活を送ると希望があった。
 クリス宛の手紙を急いで書く。アデルの危機と知ればあの男も瀕死状態でも動いてくれるだろう。

 クラウスがゴース市にたどり着いた時、駅にはヴィムが迎えてくれた。そのまま二人はエミルが入院している病院へと向かった。
 エミルは肺を傷つけられしばらくは呼吸もままならない状態だったそうだ。処置が間に合い一命をとりとめたと聞きクラウスは最善を尽くした医師に感謝した。

「申し訳、ありません」

 見ているだけで動くのも痛々しいエミルはそれでも主人が訪れ身を起こそうとした。
「寝たままでいい。何があったか話せ」
 エミルは起きたことをそのまま語りだした。傷が痛む時はすでに話を聞いているヴィムが補うように説明した。
 アデルの元に新しい仕事がやってきたが、雇い主がメルティーナ共国の要人であった。彼は無理やりアデルをメルティーナ共国へと連れて行こうとしてアデルは抵抗したが、護衛のエミルが負傷しアデルはエミルの命を救う為に彼らの要求を呑んだ。
「守るべき主人に守られるなど情けなく思います。どうか罰を」
「罰はアーデルハイトが戻ってからにする」
 治療に専念しろとクラウスは命じた。
「メルティーナ共国か……」
 クラウスは深くため息をついた。そしてこの旅の途中に読んだ父の日記を思い出した。もっと早く知っておけばアデルの護衛をもっと強固なものにしていた。大事なことを教えないまま死んだ父に文句を言いたい気分である。
「すぐにメルティーナへの汽車に乗る」
 入国申請書などすぐに手配できる。
 汽車は無理であるとヴィムは首を横に振った。
「俺も汽車で追いかけようとしたけど、トンネル事故が起きてしばらく運航休止になっている」
 土砂崩れが起きてトンネルが塞がれたという。土砂の除去作業で復帰に時間がかかってしまう。
「何でこんなタイミングで……」
 クラウスは舌打ちした。
 あまりに不自然な流れである。おそらく誘拐犯が何かしらの仕掛けをしたのだろう。
「他に国境を超える方法は」
「トンネルが開通する前までは徒歩だった。険しい山道で大変だったけど、まだ雪の季節じゃない分ましかも」
 ヴィムの説明にクラウスは他の選択肢はないとすぐに山登りの準備を始めた。必要なものをヴィムに用意してもらう。そして道案内をヴィムに依頼した。
「私は道に不案内だ。頼む、一緒についてきて欲しい」
 クラウスの頼みにヴィムは快く受け入れてくれた。彼自身アデルのことが心配である。その代わり入国の為に必要な手続きをクラウスに頼んできた。
 それくらいはお安い御用である。
 クラウスはすぐに二人分の入国申請を完了させた。

 トンネル開通後、汽車で行き来できるようになってから山道の方は利用者がかなり減っていた。それでも通る者はおり最低限の舗装はされている。
 山の斜面を登るのはきついが、幼少時から体力を作っているクラウスとしてはどうということはない。休む余裕もない。アデルを連れ去った者たちは汽車で国境を超えたのだ。休んでいる間にアデルはどんどん遠くへ行ってしまう。

「何故、アデルはメルティーナに連れていかれたんだ?」

 道中ヴィムは疑問を口にした。
 ヴィムには理解できなかった。幼馴染でもアデルのことは山羊飼いのアルベルトの孫娘としてしか知らない。
「アーデルハイトはメルティーナにとって特別な血筋だからだ」
 彼に話しても問題ないだろう。
 何度か彼と話して、彼は信用できる。現にアデルの誘拐について一番にクラウスへ届けてくれたのは彼であった。
「血筋?」
 アデルは山羊飼いの娘である。確か先祖は子爵の地位を持つ貴族の家系であったが今は何の珍しくもない平民である。
「アーデルハイトの母親はマリー=アリス・シャルル……メルティーナ国王の王弟・シャルル大公の娘、公女だった」
 クラウスも最近知ったことである。はじめから知っていればもっと辺境付近に滞在することを警戒していた。

 ◇◇◇

 これはクラウスの父・レガルドが残した日記の一部である。

 6月27日
 伯爵領に帰ると、私宛に見知らぬ男から手紙が届けられていた。大量の手紙の中から見つかった簡素な便箋。
 アルベルト・バイエル、アルフォス山脈の山羊飼いの男である。あの地域とは縁はないはずだがと中身をみて私は目を疑った。
 私のかつての友人の姪のことが書かれていた。
 友人は既に他界したはずだ。姪など存在するはずもない。
 友人は国家反逆の汚名を着せられ家族と共に断頭台の露へと消えた。
 ジャン=クロード。シャルル大公家の子だったという理由だけで処刑された。
 親兄弟全て殺されたと聞いている。だから、姪など存在するはずもない。
 同封した手紙がなければバカげたことだと破って捨てたであろう。同封された手紙は間違いなく友人の筆跡であった。
 そうか、ジャンは妹だけは逃がそうとしたのか。
 一度だけであったことがある。メルティーナに遊学したとき、ジャンに紹介された幼い少女を。名前はマリー=アリスだったな。
 天使のように愛らしい少女だった。ジャンは彼女をことさら溺愛していた。
 確か、マリー=アリス公女は大公家逮捕の前に焼身自殺をはかったと聞いた。おそらくあれは偽装だったのだろう。

(中略)内容はメルティーナへ遊学したときの思い出が綴られている。

 7月18日
 仕事をあらかた片付けた後にアルフォス山脈へ向かった。長い旅になりそうだ。

(略)旅で見て来た内容を記載している。

 7月30日
 ブラン町へとたどり着いた。そこで私はアルベルト・バイエルの家へと訪れた。そこで遊ぶ少女をみて私は声を失った。
 着ているものは粗末なものであったが、間違いなくあの日みたマリー=アリス公女とうり2つの少女だった。
 髪の色も、目の色も、顔も間違いなくあの時であった天使そのものだ。
 私は彼女はジャンの姪だと確信した。

 8月1日
 何度かアルベルトと会話を交わす。彼からすると新聞に載っているメルティーナの情勢である。貴族派と三民派と対立が激しく、政治が迷走し続けている。バルテル公爵が何とかもたせているがいつまでもつかはわからない。中には国王が必要だと訴える者もおり、シャルル大公家の生き残りを探し続けているという。たわいもないゴシックであるがこのようなものをみるとアルベルトは心配になってくるだろう。何も知らないまま孫がメルティーナの政治争いに利用されるかもしれない。自分が死んだ後はどうなるか。しっかりとした保護が欲しいというのがアルベルトの願いであった。
 クリスを呼び寄せ色々と考えた結果、私が彼女を引き取る方がいいだろう。
 彼女の母・マリー=アリスは元々私が預かるべきだったのだから。

 8月2日
 クリスと話し合った案をアルベルトに伝える。
 アデルを伯爵家が引き取る。これはアルベルトも願ってもいないと受け入れてくれた。
 となるとアデルの将来についてである。養女にすればいずれは外に出す必要がある。アデルは他所の家門に預けるのは心もとない。伯爵家の手から離れてしまう。
 アデルを伯爵家の夫人にする。私がアデルを後妻にすることをひとつの考えで出すとアルベルトは噴火した火山のごとく怒りだした。
 親子程の年齢差の男に孫を嫁がせるなど抵抗が強い。
 となると我が子・クラウスの妻に迎えるのが妥当だろう。2歳差でありちょうどいい。
 そういうとアルベルトは頷いた。

 8月3日
 アデルに今後のことを話す。アデルには理解できない様子であった。ただアルフォス山脈を離れる、祖父と別れるのは嫌だと拒否した。私とクリスは何とか宥めて説得した。中には多少の嘘も混じっていた。後でアデルに恨まれるかもしれない。だが、早めに彼女を私の手元で保護したくて必死であった。

(略)5日かけてレガルドはアデルを説得したことが書かれている。

 8月8日
 夏だというのにアルフォス山脈の山頂は白い化粧がされている。
 アデルを説得できてよかった。このまま雪の季節になるのではないかと冷や冷やしていた。
 クリスには先に伯爵領へ戻って準備をしてもらう。私はゆっくりとアデルと一緒に旅をして今後の暮らしについて話した。彼女の勉強もみた。彼女は真面目な生徒だったようだ。これであればすぐに伯爵夫人の教育も身に着くことだろう。
 アデルの名前はアーデルハイトというらしい。マリー=アリス公女が名付けの時に考えた時、アーデルハイトからアデルと決めた。アルベルトはその時の名が忘れられず戸籍ではアーデルハイトと記録したそうだ。田舎町では仰々しい名であるからアデルと呼ぶようにしていたそうだ。
 それならばこれからはアーデルハイトと呼ぶべきだろう。
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