【完結】アーデルハイトはお家へ帰る

ariya

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8 パーティーの後

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 ロッシュ辺境伯の館ではパーティーは終了を迎え、客人たちは帰宅の馬車に乗り急いだ。
 マーシャとヴィムもジーク男爵家の馬車で帰宅につくこととなった。
「あー、疲れた」
 マーシャは足をぷらぷらとさせてだらしない声をあげた。
「ねぇ、ヴィムも疲れたでしょう。ブランまで帰るのは大変だから、今日はこのまま私の館で泊ってもいいのよ」
「いや、アルフォス団の仮眠室で寝ます」
 どんとマーシャはヴィムの肩を叩いた。頬を大きく膨らせて風船のようである。
「さすがにレディの風評に繋がるでしょう」
 そんなの気にしなくてもいいじゃないのとマーシャはため息をついた。ジーク男爵家は多くの客人を宿泊しているのでヴィムが泊っても特別噂になるようなことはない。
 ヴィムはうわの空であった。
「ヴィムはアデル先生のことが心配なの?」
「いや、その……」
「私も心配だからいいのよ。でも夫が一緒だし心配ないんじゃない?」
 先ほどのパーティーでアデルが受けた嘲笑をみてマーシャは腹を立てた。アデルの噂は何となく耳にしている。庶民の間で流れる噂と、上流階級の間で流れる噂は随分と異なった。
 アデルは山羊飼いの娘でありながら伯爵家に見初められた現在のシンデレラ、というのが庶民の間の噂。
 アーデルハイトは卑しい生まれで嫌気さした伯爵は彼女を無視し続け、夫婦関係は冷めた状態であるというのが上流階級の間で流れる噂である。
 こんなに温度さのある噂の中アデルはアルフォス山脈へ戻ってきた。自分の元へ家庭教師にやってくるなど思いもしなかった。アルフォス団のヴィムと幼馴染で、山羊使い時代のヴィムは彼女と親しかった。
 何となく面白くなく意地悪をたくさんしてしまった。
 アデルはマーシャを嫌うことなく向き合ってくれた。マーシャのことを良い子だと言い、愛してくれる。本当は良い子じゃないのだけどね。
 先ほどのドレスにワインをかけられたアデルをみてマーシャは複雑な気持ちであった。こんな状態でもアデルはマーシャのデビューを第一に考え、ヴィムが走りよるのを制したことに気づいている。
 あの状況で味方になってくれる男がいれば心強いであろう。なのに、アデルはヴィムがそうすることを許さなかった。
 マーシャはアデルに対して申し訳ない気持ちであった。マーシャがヴィムを相手に指名しなければ良かったのに。
「伯爵がアデルを連れて来た時はざまぁみろって思ったな」
 あの二人をみてマーシャは胸が熱くなった。あんなに歪な姿なのに、思った以上に二人は型にはまっている。何故2年間不仲と噂されていたのだと思う程に。
 ふとヴィムをみると、ヴィムは何ともいえない表情を浮かべていた。先ほどアデルに手を差し伸べていれば、あの場所にいたのはヴィムだったとでも考えているのだろうか。ヴィムはそこまで自惚れてはいない。それでも二人の間に入り込む余地がないと実感して複雑だっただろう。
「私はヴィムの方が良い男だと思うわ。伯爵よりもずーっと!」
 本当はマーシャとしてはヴィムがこのままアデルの元から離れてくれればいいと思っている。
「ど、どうも」
 ヴィムはきっとこれからもアデルを優先する。そんなヴィムのことがマーシャは放っておけないのだ。
「あなたはそのままでいいわ」
 マーシャはアデルも気に入っているのだ。だから仕方ないと思い見守ることにする。

「辺境伯、今回は素晴らしいパーティーに招待していただきありがとうございました」
 客人の一人がパーティー主催者に挨拶をする。酒で赤ら顔になっていたロッシュ辺境伯は上機嫌であった。
「これは、これは、明日にはお帰りになるのですか?」
「いえ、折角山を越えてきたのです。しばらくは観光巡りでもしようかと思います」
「明日からは春祭りです。是非お楽しみにください。何でしたら来年もご招待いたしましょう」
 嬉しそうに語るロッシュ辺境伯に対して、客人は是非にと答える。
「このように楽しい時間を過ごせたのです。特に赤いドレスの夫人の登場は驚きました。御気の毒にと思いましたが、あれだけ素晴らしいダンスを披露し私もダンスを申し込みたかった」
「ローゼンバルト伯爵夫人ですね。我が領地で育った女性、私にとっても娘のようなものですよ。鼻が高い」
「名前の通り赤いドレスが似合いました。ダークブラウンの髪、赤い瞳……見ていて惚れ惚れしました」
 うっとりと語る男の口調にロッシュ辺境伯は訂正した。
「ドレスで赤くみえたのでしょうな。夫人の瞳は薄いアメジストの色ですよ。あなたの国の名物の色ですよ。私もあの色が好きなのでよく覚えています」
「おお、これは何とも縁のある。また是非お会いしたいものです」
「今回の社交界でローゼンバルト伯爵とは縁を結ばせていただいております。また来年も招待いたしましょう」
 お父様、と後ろから声がかかる。辺境伯令嬢ヨハンナが父の元へ駆けつけたのだ。客人を前にヨハンナは礼をする。
「ヨハンナ様もお元気で」
 客人は挨拶し、馬車の元へと急いだ。
「先ほどの方はメルティーニ王国の」
「ヨハンナ、今は共国と呼ぶべきだ。その通り。20年前の戦争終了の際、停戦条約を持ち掛けた男だよ。国が大変な中よく来てくれたものだよ」
「確か停戦間際にあそこの王家は……」
「ああ、王族同士争い国の統制が乱れ我が国に友好的であったシャルル大公とその息女は殺され、主戦派であったアベル王が国を治めていた。しかし、戦争が長引くと長引くだけ税金は高くなり国民がつい暴動を起こし王族は皆殺しとなった。その暴動を鎮圧したのが新政府で、彼はその要人だ。シャルル大公の家臣だった為我が国との友好を重んじてくれている。アルヴィエ伯爵だ」
 ロッシュ辺境伯はいずれヨハンナが皇太子妃になった時の為に隣国の要人について語った。

 馬車の中に揺らされながらアルヴィエ伯爵は上機嫌に歌った。
「ご主人様、今日のパーティーは楽しめたのですね」
 従僕の言葉にアルヴィエ伯爵はくつくつと笑った。
「間違いない……薄いアメジストの瞳、そして公女様にうり2つの容貌。この目であのお方の姿をまたみることが叶おうとは。神よ、感謝いたします」
 ホテルに戻るとアルヴィエ伯爵は便箋を用意させた。
「ルネ、帰ったら手紙を書く。しばらくここに滞在する旨をバルテル公爵に報告せねばならない」
「バルテル閣下がお怒りになりますよ」
「何々、構わないさ。土産は我々貴族派があれだけ血眼に探し続けた王家の血なのだから」
 うっとりと夜の街の風景をアルヴィエ伯爵は楽しんでいた。
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