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1 ローゼンバルト伯爵夫人
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アーデルハイト・ローゼンバルト伯爵夫人。
別名・現在のシンデレラ姫と呼ばれるこの少女は山羊飼いの娘であった。
元々は子爵家であったが落ちぶれてしまっている。今ではしがない山羊飼いの家である。
ある日村に訪れたローゼンバルト伯爵がアーデルハイトを見つけ、息子の花嫁として引き取ったのである。教育を施し、彼女はクラウス・ローゼンバルトの妻となった。
ローゼンバルト伯爵家が何故没落貴族の末裔の山羊飼いの娘を花嫁に選んだか理由は不明である。彼女を気に入ったという噂であるが、愛人に据える予定だったのではないかともいわれている。
貧しい山村でいきるしかなかった娘があっという間に伯爵夫人として持て囃され、庶民たちは誰もが羨んだ。
しかし、当の本人としては気の病む日々であった。
夫のクラウスとは不仲で有名であった。
結婚生活も結婚式と初夜だけすませるとクラウスは仕事ばかりでほとんど王都で過ごし、アーデルハイトを伯爵領に放置していた。お茶会・社交界に呼ばれることがあっても、夫のエスコートはない。アーデルハイトは貴族たちの笑いの的にされていた。
田舎の庶民の娘が、夢など見なければよかったのに。
アーデルハイトは何度も悔しい思いをしながら、夫にせめて社交界のエスコートを頼んだ。毎回は無理でも、数か月に1回はしてほしいと。
それは聞き届けられることなく、アーデルハイトは屋敷内でも使用人たちから軽んじられ鬱屈な日々を送っていた。
「庶民が、夢をみるな……ね」
久々に聞いた陰口をアーデルハイトは反芻した。
「別に夢なんて見てもいない」
彼女が夢をみるのは故郷の山村である。冬は寒く厳しい環境の中であるが、祖父と山羊と一緒に暮らす雪山での生活に不満などなかった。近所付き合いも悪くなかったし、学校にだって友人はいた。
その日々を突然壊したのは亡き先代伯爵のレガルド・ローゼンバルトである。
アーデルハイトとクラウスの結婚を見届けて数か月後に脳溢血で亡くなってしまった。そこから伯爵位をクラウスが引き継ぐ為に動き回り、ほとんど王都にいる有様。
「忙しいのを理由に私なんかに会わなくて済むものね」
結婚して2年もうこの日々に慣れてしまった。慣れたくないのだけど。
それでもアーデルバルトは伯爵夫人として居続けた。伯爵夫人としての仕事をこなし帳簿の計算が合わない時は夜遅くまで不備を探し続けた。
山羊飼いの娘にしては頑張っている方ではないかと自分で褒めておかないとやってられない。
使用人にも軽んじられる。朝の身支度は結局誰もしない。アデルは一人でする他なかった。ドレスもぐちゃぐちゃにされるので保管管理は自分でやらざるを得ない。
執事のヨハンはアーデルハイトの相談に乗ってくれるだろう。だが、女のもめごとを相談する気になれない。
彼自身、引退した執事の引継ぎで余裕がなかった。先代執事は自分が今までやっていた夫人の仕事も全部丸ごとヨハンに回したのである。アデルの負担にならないようにという配慮であるが、気の毒に感じアデルがやるべきことは進んでやることにした。
下着の洗濯は実はアーデルハイトが人目に隠れてしているのを若い執事は知らないであろう。
ドレスのクリーニングもやりたいのだけど、さすがに憚った。もし見られたら何といわれるか予想ができてしまう。他家の令嬢・夫人に知られれば次のお茶会の話題にされるだろう。
はぁ、とアーデルハイトはため息をついた。
「私、一生このままなのかな」
自分を見ようともしない夫、使用人たちから軽んじられながらこの屋敷でおばあちゃんになるまで過ごすなど。
もう先代伯爵はいないのだから適当な理由で離婚してくれないだろうか。
噂ではクラウスのいる王都の屋敷には、親戚のフォルテ子爵家令嬢が住んでいるという。王都に屋敷を構えていないフォルテ子爵家令嬢の婚約者探しの為に部屋を貸しているという。
メイドたちの噂ではとても美しい女性という。クラウスと同じ黄金の髪にルビーの瞳を持つ少女だという。
彼女こそローゼンバルト伯爵夫人に相応しい。どこぞの山羊女と違い。
クラウスは2年間嫁を放っておき若い娘を屋敷に置いているのでますますお茶会では笑いのネタにされている。
社交界のエスコートを買って出ているというではないか。アーデルハイトはおおいに腹を立てた。
今までアーデルハイトのエスコートをしてくれたこともないのに、親戚の子爵令嬢のエスコートはしてさしあげるのか。
そのフォルテ子爵令嬢を恋仲にあるというのであればいっこうに構わない。
アーデルハイトとしてはお幸せにと、屋敷から去ってやりたい気持ちである。
「うん、出よう」
何度も、何度も考えた選択肢にアーデルハイトはようやく踏ん切りつけた。早速革の鞄を取り出した。実はいうと何度か計画を練っていたので準備は終わっている。もう一度荷物の中身を確認した。
本当はクラウスと話して、一緒に今後のことを話した上で出ていくのが筋だと思っていた。だが、その旨を記載した手紙を送っても返事は戻ってこない。大事な話があると書いてもだ。
ヨハンにクラウスと相談したいことがあると言ったが、彼経由で返ってきた答えはアーデルハイトの好きに決めていいということだった。
そうであればアーデルハイトの好きに決めさせてもらおうではないか。
鞄の中には簡単な着替えと、今まで少しずつ貯金してきたお金である。今まで屋敷の帳簿管理、伯爵夫人としての領地視察の仕事をしてきたのだ。これくらいは頂いても罰は当たらないだろう。豪華なドレスも宝石類もアーデルハイトは入れないでおいた。後で色々言われても困る。貯めておいたアーデルハイトのお小遣いだけでも十分な額だった。
「お店を建てられそうね。いえ、山羊を100匹買っても全然余るわ」
故郷の祖父の元に帰っても祖父の負担にならず、むしろ祖父を養う自信すらある。
アルフォス山脈に帰ろう。
こっそりと仕入れた離婚届に自分の必要な分を記載し、手紙と一緒にテーブルの上に置く。
後はクラウスが自分の分を記載して役所に届ければ離婚は成立する。
もう先代伯爵はいない。
何故先代伯爵がアーデルハイトの嫁入りにこだわったかは理由はわからない。
しかし、彼がいなくなったのであればクラウスも自由になれるだろう。
好きに貴族の令嬢と結ばれればよいのである。
アーデルハイトは荷物をまとめて、すたすたと屋敷の出入り口まで歩いた。馬車を出すように言うが誰もアーデルハイトがどこへ行くか気に留めない。
領地視察にでも行くのだろう、それとも教会に愚痴でもいいにいくのだろうか。
その程度の認識だったのだ。わかっていたとはいえ、笑みが零れ落ちてしまう。もう笑うしかない。
「奥様、つきました」
御者はアーデルハイトに駅まで届けてくれた。あと30分で汽車が出発する。
あらかじめ購入していた切符の時間を確認して、しばらく駅と周辺の街並みを見渡した。本当に綺麗な街並みである。人の出入りも盛んで、活気にあふれている。
アデルはこの街並みも農園や山の景色も好きであった。
残念なことはこの土地の領主である伯爵が2年間不在であるということ。
アーデルハイトがいなくなったのだから彼は新しい妻を連れて戻ってくることだろう。
新しい妻が少しでも早く夫人の仕事に慣れるようにと引継ぎは作っておいた。貴族出身であれば使用人たちも馬鹿にすることがないからずっとアーデルハイトよりもずっと気楽でいいだろう。
しばらくこの土地での思い出に耽り、出発の時間が間近になったところでアーデルハイトは御者の方に振り返った。
この男はトマスという名の男である。
この御者はよく働いてくれている。他の使用人とは違いきちんと仕事を全うしてくれた。視察の時もお茶会や社交界へ行くときもアーデルハイトを軽んじることをせず丁重に送り迎えをしてくれた。
腰の曲がった年かさの男、もう少しすれば定年だろう。
「あの、奥様いつ迎えにくればよいのでしょうか?」
屋敷に戻るように言うアーデルハイトにトマスは質問する。
ここでアーデルハイトは屋敷に帰る予定はないとようやくいう。トマスはぎょっと目を見開いた。何か言おうとしても言葉が見つからないようである。真面目な男にアーデルハイトは目を細めた。
「今までありがとう。これはほんの気持ちよ。奥さんを大事にね」
アーデルハイトはトマスに気持ちばかりの金銭の入った封筒を渡した。ローゼンバルトのお金であるが、これはアーデルハイトが自由にしていいお金である。ほんの少しでもこの親切な男に形のあるものを渡したかった。
トマスにお別れを告げ、駅の中へと消えていった。
茫然としたトマスは、汽車の音にびくりと跳ねた。我に返った時にはもう汽車は出発してしまっている。
「奥様、お待ちください!!」
ようやくアーデルハイトを呼び止めておかなければと体が動いたのだが遅すぎた。
汽車の中でアーデルハイトは駅の外でぴょんぴょんと跳ねるトマスをみてふふと笑った。転んで怪我をしなければいいのだがと手を振ってやる。こちらの姿がみえているかは不明であるが。
「さて、私はようやく解放されたのね」
アーデルハイトはのびぃっと両手を伸ばして笑顔になった。
今日この時から彼女はただのアデルになったのだ。アルフォス山脈の山村を飼っていた庶民のアデルに。
「おじいちゃん、さすがに驚くかな」
追い出したりされないだろうか。離婚した出戻り娘などいらんとか。
頑固なおじいちゃんなのでありえそうである。
それでもアデルに甘かった老人である。結局折れてアデルを家に入れてくれるだろう。
「戻ったらどうしようかな。そうだ、学校に相談しよう。一応読み書きそろばん、語学は教えられるし」
後は山羊の世話をどうするか、近所の人手のいりそうな家にも声をかけてみよう。
別名・現在のシンデレラ姫と呼ばれるこの少女は山羊飼いの娘であった。
元々は子爵家であったが落ちぶれてしまっている。今ではしがない山羊飼いの家である。
ある日村に訪れたローゼンバルト伯爵がアーデルハイトを見つけ、息子の花嫁として引き取ったのである。教育を施し、彼女はクラウス・ローゼンバルトの妻となった。
ローゼンバルト伯爵家が何故没落貴族の末裔の山羊飼いの娘を花嫁に選んだか理由は不明である。彼女を気に入ったという噂であるが、愛人に据える予定だったのではないかともいわれている。
貧しい山村でいきるしかなかった娘があっという間に伯爵夫人として持て囃され、庶民たちは誰もが羨んだ。
しかし、当の本人としては気の病む日々であった。
夫のクラウスとは不仲で有名であった。
結婚生活も結婚式と初夜だけすませるとクラウスは仕事ばかりでほとんど王都で過ごし、アーデルハイトを伯爵領に放置していた。お茶会・社交界に呼ばれることがあっても、夫のエスコートはない。アーデルハイトは貴族たちの笑いの的にされていた。
田舎の庶民の娘が、夢など見なければよかったのに。
アーデルハイトは何度も悔しい思いをしながら、夫にせめて社交界のエスコートを頼んだ。毎回は無理でも、数か月に1回はしてほしいと。
それは聞き届けられることなく、アーデルハイトは屋敷内でも使用人たちから軽んじられ鬱屈な日々を送っていた。
「庶民が、夢をみるな……ね」
久々に聞いた陰口をアーデルハイトは反芻した。
「別に夢なんて見てもいない」
彼女が夢をみるのは故郷の山村である。冬は寒く厳しい環境の中であるが、祖父と山羊と一緒に暮らす雪山での生活に不満などなかった。近所付き合いも悪くなかったし、学校にだって友人はいた。
その日々を突然壊したのは亡き先代伯爵のレガルド・ローゼンバルトである。
アーデルハイトとクラウスの結婚を見届けて数か月後に脳溢血で亡くなってしまった。そこから伯爵位をクラウスが引き継ぐ為に動き回り、ほとんど王都にいる有様。
「忙しいのを理由に私なんかに会わなくて済むものね」
結婚して2年もうこの日々に慣れてしまった。慣れたくないのだけど。
それでもアーデルバルトは伯爵夫人として居続けた。伯爵夫人としての仕事をこなし帳簿の計算が合わない時は夜遅くまで不備を探し続けた。
山羊飼いの娘にしては頑張っている方ではないかと自分で褒めておかないとやってられない。
使用人にも軽んじられる。朝の身支度は結局誰もしない。アデルは一人でする他なかった。ドレスもぐちゃぐちゃにされるので保管管理は自分でやらざるを得ない。
執事のヨハンはアーデルハイトの相談に乗ってくれるだろう。だが、女のもめごとを相談する気になれない。
彼自身、引退した執事の引継ぎで余裕がなかった。先代執事は自分が今までやっていた夫人の仕事も全部丸ごとヨハンに回したのである。アデルの負担にならないようにという配慮であるが、気の毒に感じアデルがやるべきことは進んでやることにした。
下着の洗濯は実はアーデルハイトが人目に隠れてしているのを若い執事は知らないであろう。
ドレスのクリーニングもやりたいのだけど、さすがに憚った。もし見られたら何といわれるか予想ができてしまう。他家の令嬢・夫人に知られれば次のお茶会の話題にされるだろう。
はぁ、とアーデルハイトはため息をついた。
「私、一生このままなのかな」
自分を見ようともしない夫、使用人たちから軽んじられながらこの屋敷でおばあちゃんになるまで過ごすなど。
もう先代伯爵はいないのだから適当な理由で離婚してくれないだろうか。
噂ではクラウスのいる王都の屋敷には、親戚のフォルテ子爵家令嬢が住んでいるという。王都に屋敷を構えていないフォルテ子爵家令嬢の婚約者探しの為に部屋を貸しているという。
メイドたちの噂ではとても美しい女性という。クラウスと同じ黄金の髪にルビーの瞳を持つ少女だという。
彼女こそローゼンバルト伯爵夫人に相応しい。どこぞの山羊女と違い。
クラウスは2年間嫁を放っておき若い娘を屋敷に置いているのでますますお茶会では笑いのネタにされている。
社交界のエスコートを買って出ているというではないか。アーデルハイトはおおいに腹を立てた。
今までアーデルハイトのエスコートをしてくれたこともないのに、親戚の子爵令嬢のエスコートはしてさしあげるのか。
そのフォルテ子爵令嬢を恋仲にあるというのであればいっこうに構わない。
アーデルハイトとしてはお幸せにと、屋敷から去ってやりたい気持ちである。
「うん、出よう」
何度も、何度も考えた選択肢にアーデルハイトはようやく踏ん切りつけた。早速革の鞄を取り出した。実はいうと何度か計画を練っていたので準備は終わっている。もう一度荷物の中身を確認した。
本当はクラウスと話して、一緒に今後のことを話した上で出ていくのが筋だと思っていた。だが、その旨を記載した手紙を送っても返事は戻ってこない。大事な話があると書いてもだ。
ヨハンにクラウスと相談したいことがあると言ったが、彼経由で返ってきた答えはアーデルハイトの好きに決めていいということだった。
そうであればアーデルハイトの好きに決めさせてもらおうではないか。
鞄の中には簡単な着替えと、今まで少しずつ貯金してきたお金である。今まで屋敷の帳簿管理、伯爵夫人としての領地視察の仕事をしてきたのだ。これくらいは頂いても罰は当たらないだろう。豪華なドレスも宝石類もアーデルハイトは入れないでおいた。後で色々言われても困る。貯めておいたアーデルハイトのお小遣いだけでも十分な額だった。
「お店を建てられそうね。いえ、山羊を100匹買っても全然余るわ」
故郷の祖父の元に帰っても祖父の負担にならず、むしろ祖父を養う自信すらある。
アルフォス山脈に帰ろう。
こっそりと仕入れた離婚届に自分の必要な分を記載し、手紙と一緒にテーブルの上に置く。
後はクラウスが自分の分を記載して役所に届ければ離婚は成立する。
もう先代伯爵はいない。
何故先代伯爵がアーデルハイトの嫁入りにこだわったかは理由はわからない。
しかし、彼がいなくなったのであればクラウスも自由になれるだろう。
好きに貴族の令嬢と結ばれればよいのである。
アーデルハイトは荷物をまとめて、すたすたと屋敷の出入り口まで歩いた。馬車を出すように言うが誰もアーデルハイトがどこへ行くか気に留めない。
領地視察にでも行くのだろう、それとも教会に愚痴でもいいにいくのだろうか。
その程度の認識だったのだ。わかっていたとはいえ、笑みが零れ落ちてしまう。もう笑うしかない。
「奥様、つきました」
御者はアーデルハイトに駅まで届けてくれた。あと30分で汽車が出発する。
あらかじめ購入していた切符の時間を確認して、しばらく駅と周辺の街並みを見渡した。本当に綺麗な街並みである。人の出入りも盛んで、活気にあふれている。
アデルはこの街並みも農園や山の景色も好きであった。
残念なことはこの土地の領主である伯爵が2年間不在であるということ。
アーデルハイトがいなくなったのだから彼は新しい妻を連れて戻ってくることだろう。
新しい妻が少しでも早く夫人の仕事に慣れるようにと引継ぎは作っておいた。貴族出身であれば使用人たちも馬鹿にすることがないからずっとアーデルハイトよりもずっと気楽でいいだろう。
しばらくこの土地での思い出に耽り、出発の時間が間近になったところでアーデルハイトは御者の方に振り返った。
この男はトマスという名の男である。
この御者はよく働いてくれている。他の使用人とは違いきちんと仕事を全うしてくれた。視察の時もお茶会や社交界へ行くときもアーデルハイトを軽んじることをせず丁重に送り迎えをしてくれた。
腰の曲がった年かさの男、もう少しすれば定年だろう。
「あの、奥様いつ迎えにくればよいのでしょうか?」
屋敷に戻るように言うアーデルハイトにトマスは質問する。
ここでアーデルハイトは屋敷に帰る予定はないとようやくいう。トマスはぎょっと目を見開いた。何か言おうとしても言葉が見つからないようである。真面目な男にアーデルハイトは目を細めた。
「今までありがとう。これはほんの気持ちよ。奥さんを大事にね」
アーデルハイトはトマスに気持ちばかりの金銭の入った封筒を渡した。ローゼンバルトのお金であるが、これはアーデルハイトが自由にしていいお金である。ほんの少しでもこの親切な男に形のあるものを渡したかった。
トマスにお別れを告げ、駅の中へと消えていった。
茫然としたトマスは、汽車の音にびくりと跳ねた。我に返った時にはもう汽車は出発してしまっている。
「奥様、お待ちください!!」
ようやくアーデルハイトを呼び止めておかなければと体が動いたのだが遅すぎた。
汽車の中でアーデルハイトは駅の外でぴょんぴょんと跳ねるトマスをみてふふと笑った。転んで怪我をしなければいいのだがと手を振ってやる。こちらの姿がみえているかは不明であるが。
「さて、私はようやく解放されたのね」
アーデルハイトはのびぃっと両手を伸ばして笑顔になった。
今日この時から彼女はただのアデルになったのだ。アルフォス山脈の山村を飼っていた庶民のアデルに。
「おじいちゃん、さすがに驚くかな」
追い出したりされないだろうか。離婚した出戻り娘などいらんとか。
頑固なおじいちゃんなのでありえそうである。
それでもアデルに甘かった老人である。結局折れてアデルを家に入れてくれるだろう。
「戻ったらどうしようかな。そうだ、学校に相談しよう。一応読み書きそろばん、語学は教えられるし」
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