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1章
7 休日の試飲会
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酒場に入るとすでにテーブルにはずらりとワイン瓶が並んでおり、村の面々がすでにワインを味わっている最中だった。
「あ、来た来た!」
赤毛の女性がすでに出来上がった様子でディルクにワイングラスを持たせた。
有無を言わさず持たされたグラスになみなみと赤色の酒が注がれる。甘いトマトの香りがした。
「もう、待ちくたびれたよ。あんたが来るまで何瓶か開けちゃったじゃないか」
女性が座っていたらしい座席には大量のワイン瓶が転がっていた。
一緒に座っていたらしきケヴィンは頭を抱えて顔を真っ赤にして放心していた。
「ささ、飲んじゃえ飲んじゃえ」
そう言われディルクはこくんとワインを飲んだ。
癖があるが、案外飲みやすい。
トマトといえば野菜のイメージが強いが、果実酒と同じくらいの甘さがあった。
「おお、いけるね。もっとのめや」
空になったグラスにまた女性は注いできていた。
「こら、マーヤ。そうやって誰彼構わず酒で潰すのはやめなさい」
ルッツはマーヤを窘めた。
「いいじゃん」
「全くトマト祭りでもないのにそんなに酔っぱらって。今日は試飲会ですよ。祭り前の味見ということを忘れているでしょう?」
「だぁって美味しいんだもん」
女性はきゃははと瓶を逆さにしてがぶがぶと飲みだした。
見た目によらず飲みやすいとはいえ、かなり強い方に分類される酒である。
それを急テンポで空けていくとはかなりの酒豪であった。
「ルッツものめやー」
「私はすでに嗜み程度にいただきましたので十分です。あなたもほどほどになさいなさい」
「あのー、こちらの方は?」
赤髪の女性が果たして何者かディルクは首を傾げた。
「あっはっは、紹介が遅れたね。私はマーヤ。旅の剣客だったけど、すっかりここのトマトワインに惚れちゃって住みついちゃったよ。ちなみに自警団の一員なんで、何かあったらよろしく。んで、こいつは私の亭主」
マーヤはルッツを指差し、ディルクは驚愕した。
照れたように頬を染めたルッツは困ったように咳払いをした。
「全く。はちゃめちゃな嫁ですみません」
「なーによ。あんたみたいなお堅い聖職者のお守をずっとしてやっているんだから感謝しなさいよ」
「昔のことでしょう。今はあなたに守られずとも自分の身は自分で守れます」
話しによれば、昔のルッツは教会巡りの旅をしていたようだ。
しかし、人狼があちこちにいる危険な道中でありその護衛として傍にいたのがマーヤだったらしい。
いろいろあって夫婦となり、この地に住むようになったという。
丁度クルス村の教会に神父が空席になっていたのもあったし、すぐに二人は村に溶け込んでいった。
ルッツは聖職者であり、同時に治癒術に優れていた。
村医者はいるのだが、自警団の応急処置という地位を築いている。
また、医学にも精通しているため必要があれば村医者の手伝いにもまわっていた。
マーヤは幼い頃は傭兵団体で養育されていたようで、剣の腕はかなり立つ。依頼があれば盗賊や獣を退治することは珍しくなかった。
(色々あるんだなぁ)
「んでもって、この前は人狼退治ありがと。おかげで助かったよ」
マーヤの言葉にディルクの表情に影が落ちた。
それにマーヤはおよと首を傾げた。
その様子にルッツははぁとため息をついた。
「僕は結局クレアさんを守れませんでした。そして、ニコルさんの目の前で人狼になり果てたクレアさんの身体を傷つけ、ひどいことをしました」
何度も同じことをしたことがある。
人を守るためと言っても、ディルクとしては心地のいいものではなかった。
「いや! あんたには損な役回りをさせて悪かったと思っているよ。私たちに果たしてクレアの姿をした人狼を倒せたかどうか怪しい」
マーヤはそう言いながらディルクの肩をばんばん叩いた。
彼女にとってクレアはよく知る仲である。
明るく妹のように可愛く思っていたマーヤにとってクレアの姿をした人狼をすぐに倒せたか怪しい。
それはルッツもケヴィンも同様であった。
「しかし………」
「やめろ。そうやって自分を責めるのは………迷惑だ」
今まで放心状態だったケヴィンはつんとしたように言った。
「元はと言えば俺たち自警団がしっかりと警護していればよかったんだ。いや、村の収入源だからといっても、狼が動き回り始める季節でしばらくは非戦闘者の薬草摘みは控えるべきだともっと強く言うべきだったんだ」
しかし、外れの田舎村にとっては死活問題であった。トマトワインと薬草で経済をまわしている為だった。
「お前が責任を感じるなら、それは俺たちも同じだ」
そう呟きケヴィンは立ち上がり、店の奥へと消えた。
「おっ。あいつがあんなことを言うなんて。この前まで狩人に敵意むきだしだったのに」
マーヤは面白気に笑った。
「気にしていたんですよ。クレアの母親に恨みごとを全てディルクさんが引きうけているのに何もできなかったことを。ああ見えて良い子ですよ、彼」
「昔はやんちゃな盗賊君だったのに、立派になっちゃってマーヤママは嬉しいわ」
マーヤはよよと泣き真似をしてみせた。
向こうで新しいワイン瓶が開く音を聞きつけ、すぐにどっちへ走って行った。
「全く、見苦しいところをお見せしました」
妻の行動にルッツは頭を抱えながら、ディルクに詫びた。
「いえ、とても明るい女性ですね」
ふと目の前に皿を差し出された。
「トマトと兎肉の炒め物です。酒のつまみにどうぞ」
そう差し出したのはドーリスであった。
一瞬、ディルクの脳裏にニコルの顔が浮かんだ。
友人を目の前で失い慟哭した少女の姿を思い出しうまく笑えたか自信がない。
「あ、ありがとうございます」
ディルクはぎくしゃくしながら皿を受け取った。
「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です」
ドーリスは深く頭を下げた。
「僕はお礼を言われることはしていません。お孫さんの大事な友人を救えなかったのですから」
「あなたはニコルを助けてくれました」
ドーリスは強くそう言った。
「確かに、クレアちゃんのことは残念なことです。クレアちゃんの母親は今辛いでしょう。私が彼女の立場だったらあなたを責めていたでしょう。ですが、あなたがいなかったらニコルは今頃死んでいました。私のたった一人の肉親をまた人狼に奪われずにすんだのです」
そういえばニコルも言っていた。人狼に父母を殺されたと。
「ありがとうございました」
老女は深く頭を下げディルクにお礼を言った。その言葉にディルクは胸の内から込み上げる熱いものを感じた。
「あ、来た来た!」
赤毛の女性がすでに出来上がった様子でディルクにワイングラスを持たせた。
有無を言わさず持たされたグラスになみなみと赤色の酒が注がれる。甘いトマトの香りがした。
「もう、待ちくたびれたよ。あんたが来るまで何瓶か開けちゃったじゃないか」
女性が座っていたらしい座席には大量のワイン瓶が転がっていた。
一緒に座っていたらしきケヴィンは頭を抱えて顔を真っ赤にして放心していた。
「ささ、飲んじゃえ飲んじゃえ」
そう言われディルクはこくんとワインを飲んだ。
癖があるが、案外飲みやすい。
トマトといえば野菜のイメージが強いが、果実酒と同じくらいの甘さがあった。
「おお、いけるね。もっとのめや」
空になったグラスにまた女性は注いできていた。
「こら、マーヤ。そうやって誰彼構わず酒で潰すのはやめなさい」
ルッツはマーヤを窘めた。
「いいじゃん」
「全くトマト祭りでもないのにそんなに酔っぱらって。今日は試飲会ですよ。祭り前の味見ということを忘れているでしょう?」
「だぁって美味しいんだもん」
女性はきゃははと瓶を逆さにしてがぶがぶと飲みだした。
見た目によらず飲みやすいとはいえ、かなり強い方に分類される酒である。
それを急テンポで空けていくとはかなりの酒豪であった。
「ルッツものめやー」
「私はすでに嗜み程度にいただきましたので十分です。あなたもほどほどになさいなさい」
「あのー、こちらの方は?」
赤髪の女性が果たして何者かディルクは首を傾げた。
「あっはっは、紹介が遅れたね。私はマーヤ。旅の剣客だったけど、すっかりここのトマトワインに惚れちゃって住みついちゃったよ。ちなみに自警団の一員なんで、何かあったらよろしく。んで、こいつは私の亭主」
マーヤはルッツを指差し、ディルクは驚愕した。
照れたように頬を染めたルッツは困ったように咳払いをした。
「全く。はちゃめちゃな嫁ですみません」
「なーによ。あんたみたいなお堅い聖職者のお守をずっとしてやっているんだから感謝しなさいよ」
「昔のことでしょう。今はあなたに守られずとも自分の身は自分で守れます」
話しによれば、昔のルッツは教会巡りの旅をしていたようだ。
しかし、人狼があちこちにいる危険な道中でありその護衛として傍にいたのがマーヤだったらしい。
いろいろあって夫婦となり、この地に住むようになったという。
丁度クルス村の教会に神父が空席になっていたのもあったし、すぐに二人は村に溶け込んでいった。
ルッツは聖職者であり、同時に治癒術に優れていた。
村医者はいるのだが、自警団の応急処置という地位を築いている。
また、医学にも精通しているため必要があれば村医者の手伝いにもまわっていた。
マーヤは幼い頃は傭兵団体で養育されていたようで、剣の腕はかなり立つ。依頼があれば盗賊や獣を退治することは珍しくなかった。
(色々あるんだなぁ)
「んでもって、この前は人狼退治ありがと。おかげで助かったよ」
マーヤの言葉にディルクの表情に影が落ちた。
それにマーヤはおよと首を傾げた。
その様子にルッツははぁとため息をついた。
「僕は結局クレアさんを守れませんでした。そして、ニコルさんの目の前で人狼になり果てたクレアさんの身体を傷つけ、ひどいことをしました」
何度も同じことをしたことがある。
人を守るためと言っても、ディルクとしては心地のいいものではなかった。
「いや! あんたには損な役回りをさせて悪かったと思っているよ。私たちに果たしてクレアの姿をした人狼を倒せたかどうか怪しい」
マーヤはそう言いながらディルクの肩をばんばん叩いた。
彼女にとってクレアはよく知る仲である。
明るく妹のように可愛く思っていたマーヤにとってクレアの姿をした人狼をすぐに倒せたか怪しい。
それはルッツもケヴィンも同様であった。
「しかし………」
「やめろ。そうやって自分を責めるのは………迷惑だ」
今まで放心状態だったケヴィンはつんとしたように言った。
「元はと言えば俺たち自警団がしっかりと警護していればよかったんだ。いや、村の収入源だからといっても、狼が動き回り始める季節でしばらくは非戦闘者の薬草摘みは控えるべきだともっと強く言うべきだったんだ」
しかし、外れの田舎村にとっては死活問題であった。トマトワインと薬草で経済をまわしている為だった。
「お前が責任を感じるなら、それは俺たちも同じだ」
そう呟きケヴィンは立ち上がり、店の奥へと消えた。
「おっ。あいつがあんなことを言うなんて。この前まで狩人に敵意むきだしだったのに」
マーヤは面白気に笑った。
「気にしていたんですよ。クレアの母親に恨みごとを全てディルクさんが引きうけているのに何もできなかったことを。ああ見えて良い子ですよ、彼」
「昔はやんちゃな盗賊君だったのに、立派になっちゃってマーヤママは嬉しいわ」
マーヤはよよと泣き真似をしてみせた。
向こうで新しいワイン瓶が開く音を聞きつけ、すぐにどっちへ走って行った。
「全く、見苦しいところをお見せしました」
妻の行動にルッツは頭を抱えながら、ディルクに詫びた。
「いえ、とても明るい女性ですね」
ふと目の前に皿を差し出された。
「トマトと兎肉の炒め物です。酒のつまみにどうぞ」
そう差し出したのはドーリスであった。
一瞬、ディルクの脳裏にニコルの顔が浮かんだ。
友人を目の前で失い慟哭した少女の姿を思い出しうまく笑えたか自信がない。
「あ、ありがとうございます」
ディルクはぎくしゃくしながら皿を受け取った。
「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です」
ドーリスは深く頭を下げた。
「僕はお礼を言われることはしていません。お孫さんの大事な友人を救えなかったのですから」
「あなたはニコルを助けてくれました」
ドーリスは強くそう言った。
「確かに、クレアちゃんのことは残念なことです。クレアちゃんの母親は今辛いでしょう。私が彼女の立場だったらあなたを責めていたでしょう。ですが、あなたがいなかったらニコルは今頃死んでいました。私のたった一人の肉親をまた人狼に奪われずにすんだのです」
そういえばニコルも言っていた。人狼に父母を殺されたと。
「ありがとうございました」
老女は深く頭を下げディルクにお礼を言った。その言葉にディルクは胸の内から込み上げる熱いものを感じた。
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