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月の障りが終わり、穢れを落とした頃合いに私は物語を持って宮へとあがった。
まだ途中で完結をみせていない。好調であれば続きを書いてみたいと思った。
「ふふ、賢い猫だこと。結局姫の飼い猫だったのかしら」
物語を読み終えて女御様が尋ねてくる。
「それは猫のみが存じていることです」
私は適当に結末をはぐらかした。
「いいわ。丁度献上された陸奥の紙があったからそれで続きを書いてごらんなさい」
良い感触に私はついつい頬がほころんだ。
ちょっと子供っぽい物語かと思うが、漢詩の知識を少し入れてみた。
いずれは生まれてくる親王に楽しんでもらえるものであればよいと願っている。
新しい紙をもらいほくほく顔で部屋へと戻ると、おどろしい雰囲気に私は立ち止まった。このままあげた御簾を下げて他所へ行ってしまおうかと考えた。
「どうされました。染井大輔のお部屋ですよ」
部屋の奥の几帳からにょろと顔を出しているのは右衛門の君であった。
瞬きをしているのだろうかと思われるまん丸お目目が怖い。
ここで逃げたら後はもっと怖いと感じ私はゆっくりと部屋の中へと入っていった。
ああ、また失恋の愚痴話を披露されるのだろう。
本日の私の睡眠よ。さらば。
心の中で観念して、彼女の近くへと座る。
「どうして」
ぽつりと右衛門の君が呟いた。
「どうして物語にしてくださらなかったの」
彼女の言葉に私は首を傾げた。
「私とあの男の物語をっ!!」
「あー」
まさか、あの日の延々と語られる失恋話はネタ提供だったのか。
私は少し困り顔をした。
「あなたはあの物語……を描いた方でしょう。どうして……」
あのというのはどのことであろうか。
昔のことであるが思い当たる作品がざっと10作はあるのでどれなのかわからない。確か男にたぶらかされた女の嘆きの物語は4作だったかと思われる。
「とはいいましたものの」
「女御様も今の作品を満足しているように思われますが、実はあのおどろしい男女間の愛憎ものをお求めになっているのよ」
それは初耳であった。
女御様もその母上様も物語の感想は私の作風が変わってからのものばかりであった。
それをいうと右衛門の君はふぅっとため息をついた。
「わかっていないわね。あの作品を絶賛したくてもしづらい読者の気持ちを……創作者に言えるわけないでしょう」
「女御様があの物語を?」
「そうよ。入内する前にお読みになられていたもの。あなたの作品は全部読んでいたけど一番よく読まれていたのは過去のあなたの作品よ」
それはちょっと恥ずかしい気もする。
ありがたいことのように思うが、過去の作品は今読み返すとちょっと恥ずかしい部分がみられる。
うっかり漢詩の知識が間違った部分があったのなど何度書き直して配布し直したいかと思ったことか。
「と、言いましても右衛門の君の物語を描くのはちょっと遠慮が」
「遠慮なんて必要ないわ。あの男のやらかしを後世まで語り継ぐものを私は望んでいるのよ」
失恋の傷はまだ癒えていないのか。今は男憎しがかなり倍増された様子だ。
「ですが、今の私の作風は……童子向けでちょっと子育て中の親御が楽しめればいいななものを目指していて」
「どうして」
「ちょっと色々ありまして、物語までストレスなものを書くことができなくなりました」
ぼそっと応える私の様子をみて右衛門の君は唇をむぅとさせる。
私の事情をある程度は予想しているのかもしれないが、それでも納得できないようである。
「そういうのであれば右衛門の君がお書きになればいいのではないでしょうか」
「え、私……今まで物語なんて書いたことなんか」
「大丈夫です。私が手伝いますので」
物語の構成など助言するのはできる。はじめで長めの話を書くのが無理であれば、短い物語を作る練習にだって付き合う。
昔はこうして物語仲間たちと文のやりとりをしてはじめての物語を作ったものである。
「それに、私が描いたとわかれば……すぐに私が失恋したってわかっちゃうじゃない」
例の殿方のやらかしを後世まで語り継ぎたい。だが、自分の失恋が簡単に広がるのは厭だ。
その感情は何となくわかる。
「それなら匿名執筆なんてどうです。物語を広める時は私の物語仲間からにするのです。名前も適当に変更して……ちょっと事実と異なることも織り交ぜればすぐにばれないかと」
私はひそひそと右衛門の君に囁きかける。
新しい物語が生み出される瞬間に関われると考えるとちょっと楽しい。
「そう、そうね……書いてみようかな」
右衛門の君は袖をいじりながら口にした。
こうして右衛門の君の執筆を手伝うこととした。
同時並行で例の猫の物語も書きあげなければならないが、その合間に彼女の物語造りのノウハウの伝授をするのは気晴らしになる。
右衛門の君の執筆能力は思いのほか高くそこまで負担にならなかった。
基礎の短い物語造りは難なくクリアできている。
彼女が描く物語で、何となく右衛門の君と例の殿方とわかる文章は指摘して別の設定、文章で書き綴った。
まだ途中で完結をみせていない。好調であれば続きを書いてみたいと思った。
「ふふ、賢い猫だこと。結局姫の飼い猫だったのかしら」
物語を読み終えて女御様が尋ねてくる。
「それは猫のみが存じていることです」
私は適当に結末をはぐらかした。
「いいわ。丁度献上された陸奥の紙があったからそれで続きを書いてごらんなさい」
良い感触に私はついつい頬がほころんだ。
ちょっと子供っぽい物語かと思うが、漢詩の知識を少し入れてみた。
いずれは生まれてくる親王に楽しんでもらえるものであればよいと願っている。
新しい紙をもらいほくほく顔で部屋へと戻ると、おどろしい雰囲気に私は立ち止まった。このままあげた御簾を下げて他所へ行ってしまおうかと考えた。
「どうされました。染井大輔のお部屋ですよ」
部屋の奥の几帳からにょろと顔を出しているのは右衛門の君であった。
瞬きをしているのだろうかと思われるまん丸お目目が怖い。
ここで逃げたら後はもっと怖いと感じ私はゆっくりと部屋の中へと入っていった。
ああ、また失恋の愚痴話を披露されるのだろう。
本日の私の睡眠よ。さらば。
心の中で観念して、彼女の近くへと座る。
「どうして」
ぽつりと右衛門の君が呟いた。
「どうして物語にしてくださらなかったの」
彼女の言葉に私は首を傾げた。
「私とあの男の物語をっ!!」
「あー」
まさか、あの日の延々と語られる失恋話はネタ提供だったのか。
私は少し困り顔をした。
「あなたはあの物語……を描いた方でしょう。どうして……」
あのというのはどのことであろうか。
昔のことであるが思い当たる作品がざっと10作はあるのでどれなのかわからない。確か男にたぶらかされた女の嘆きの物語は4作だったかと思われる。
「とはいいましたものの」
「女御様も今の作品を満足しているように思われますが、実はあのおどろしい男女間の愛憎ものをお求めになっているのよ」
それは初耳であった。
女御様もその母上様も物語の感想は私の作風が変わってからのものばかりであった。
それをいうと右衛門の君はふぅっとため息をついた。
「わかっていないわね。あの作品を絶賛したくてもしづらい読者の気持ちを……創作者に言えるわけないでしょう」
「女御様があの物語を?」
「そうよ。入内する前にお読みになられていたもの。あなたの作品は全部読んでいたけど一番よく読まれていたのは過去のあなたの作品よ」
それはちょっと恥ずかしい気もする。
ありがたいことのように思うが、過去の作品は今読み返すとちょっと恥ずかしい部分がみられる。
うっかり漢詩の知識が間違った部分があったのなど何度書き直して配布し直したいかと思ったことか。
「と、言いましても右衛門の君の物語を描くのはちょっと遠慮が」
「遠慮なんて必要ないわ。あの男のやらかしを後世まで語り継ぐものを私は望んでいるのよ」
失恋の傷はまだ癒えていないのか。今は男憎しがかなり倍増された様子だ。
「ですが、今の私の作風は……童子向けでちょっと子育て中の親御が楽しめればいいななものを目指していて」
「どうして」
「ちょっと色々ありまして、物語までストレスなものを書くことができなくなりました」
ぼそっと応える私の様子をみて右衛門の君は唇をむぅとさせる。
私の事情をある程度は予想しているのかもしれないが、それでも納得できないようである。
「そういうのであれば右衛門の君がお書きになればいいのではないでしょうか」
「え、私……今まで物語なんて書いたことなんか」
「大丈夫です。私が手伝いますので」
物語の構成など助言するのはできる。はじめで長めの話を書くのが無理であれば、短い物語を作る練習にだって付き合う。
昔はこうして物語仲間たちと文のやりとりをしてはじめての物語を作ったものである。
「それに、私が描いたとわかれば……すぐに私が失恋したってわかっちゃうじゃない」
例の殿方のやらかしを後世まで語り継ぎたい。だが、自分の失恋が簡単に広がるのは厭だ。
その感情は何となくわかる。
「それなら匿名執筆なんてどうです。物語を広める時は私の物語仲間からにするのです。名前も適当に変更して……ちょっと事実と異なることも織り交ぜればすぐにばれないかと」
私はひそひそと右衛門の君に囁きかける。
新しい物語が生み出される瞬間に関われると考えるとちょっと楽しい。
「そう、そうね……書いてみようかな」
右衛門の君は袖をいじりながら口にした。
こうして右衛門の君の執筆を手伝うこととした。
同時並行で例の猫の物語も書きあげなければならないが、その合間に彼女の物語造りのノウハウの伝授をするのは気晴らしになる。
右衛門の君の執筆能力は思いのほか高くそこまで負担にならなかった。
基礎の短い物語造りは難なくクリアできている。
彼女が描く物語で、何となく右衛門の君と例の殿方とわかる文章は指摘して別の設定、文章で書き綴った。
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