とある女房たちの物語

ariya

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 実家へ帰ったとたんにどっと疲れがたまり、眠気が押し寄せた。
 着たものはそのままで爆睡していたので侍女の有里(ゆうり)が呆れていた。

 目が覚めた頃には、どっと押し寄せてくる痛みと吐き気に私はうんざりした。
 宮仕えする前はここまで重くなかったが、それなりにストレスが重なったようだ。
 宮仕えは今までない世界に飛び込めて楽しいものだが、人付き合いがきついのが困りものだ。
 せめてナイーブな展開に遭遇したくないものだが。

「いいじゃないですか。物語のネタになるじゃないですか」

 有里が運んでくれたお薬湯を啜りながら私は渋い反応をした。

「留衣子(るいこ)様の物語にあったじゃないですか。あのドロドロな……私の友人からも評判で。また書けばよいのでは。女御様もそれをお望みでしょう」

 私は昔から物語が好きで、女流作家たちにあこがれを抱き物語を自分でも書いて行っていた。
 はじめはつたないものであったが、色んな話に触れ、侍女や姉妹から伝わる話を糧に物語を作り続けていった。

 一番話題となったのが妻子のいる貴公子と入内前の姫との恋愛ものだった。
 今思えば不謹慎な内容であるが、それがかえって刺激的で良いと高評価をもらっていった。

 しばらくは殿方から文をもらったり、垣間見する殿方が出たりと大変だった。
 はじめは自分の作品が評価されて嬉しいと舞い上がったが、下世話な内容の文をもらうこともあり時が経つにつれそうした内容、視線が増えていきげんなりとしてきた。

 一番堪えたのは異性との交遊だった。
 素敵だなと思い招き入れた殿方はとんでもない遊び人で、3日目にはぱったりと音信が途絶えてしまい落ち込んだこともあった。
 これも経験だと必死に考えたものの堪えたものはなかなか立ち直れない。

 そうこうしているうちに私の作風は少しずつ変わっていった。
 一番の転機は姉の子が生まれたことだ。
 はじめての甥、身近な赤子とのふれあいに心動かされ動物と子供が戯れる物語を描くようになった。
 作風が大人向けから子供向けに変わったのだ。

 しゃべる犬と一緒に富士山を見に行く話。
 遠国で命を落とした男が雀になり昔別れた姫の元へと訪れる話。
 すっかり読む層が変わってしまったが、以前よりはゆったりとした気分で日々を過ごせた。
 この物語のおかげか上流貴族の幼い姫や若君の手習いの仕事を依頼されることがありそれなりに満たされた。
 父としては早く良い殿方と出会い、身を固めて欲しいと願っているようだが。3日目で疎遠になった殿方の件が引っ張りなかなかそういう気分になれなかった。
 いざとなれば寺に籠り御仏に仕える道も考えてある。他の兄弟姉妹の面倒にならないようにするつもりだ。

 それなりに満足した日々を過ごしていたが、尊い方から文がきて仰天してしまう。
 文は右大臣様の北の方 (正妻)からのものであった。
 私の物語を読んでくださり、宮仕えをしてほしいと願われた。
 続いて彼女の娘で現在帝の後宮におられる弘徽殿女御様からも文が送られた。

 面食らったものの、右大臣の北の方、そして女御様からの文を送られては無碍にはできない。

 前々から宮仕えには興味があったため私は話を受けた。
 憧れの女流作家たちが務めていた宮仕え、そこで様々な物語が生まれたことを考えると楽しみで仕方なかった。

 冷静に考えれば大変だとわかっていたのに、この時はありえないほどの雲の上の存在からの文に舞い上がっていたのだろう。
 そうこうしているうちに6か月経過し、人付き合いに困惑している中での例の右衛門の君の失恋を聞いてしまった。
 
「留衣子様、紙の補充は十分です。体調が治った頃におなぐさめにどうですか?」

 ぜひぜひとせがむ有里に私は首を横に振った。

「もうあんな感じの物語は書ける気はしないわ」

 女房たちからも同じく昔の男女のどろどろした物語をせがまれたが、私はあれこれと言っては逃げていた。
 今の作風もそれなりの評価を受けており、こちらの方が好きだという声だってある。執筆をやめたわけではないのだしと女御様にはこのままの作風でいさせてくれた。

「何でですか? 確かに今の作風も素敵ですが」
「何というかね。物語内までストレスな話を書くのは、疲れる」
「ああ……」

 率直な主人の声に有里は察したように頷いた。

「確かに、留衣子様の物語……しばらく立ち直れなかったものが多かったですね。あれを書くとなれば、大変でしょうね」

 過去に有里が一番目を真っ赤にして泣いた物語は、月の世界へ訪れた殿方が美しい姫と恋愛する話であった。
 最後は殿方は月では生きられず無理に地上へと戻され、姫君は追いかけるものの地上での生活に耐えられず倒れ命を落とす。この世をはかなく感じた殿方は月の満ちる夜に入水してしまう。

 この時の有里の慟哭はいまだに思い出せてしまうほど新鮮なものであった。
 さすがにいたたまれなくなり私は彼女を慰めるありさまだった。
 だが、物語の終わり方を変えたり、付け加えなどは一切しなかった。
 後々の誰かに勝手に変えられるかもしれないが、自分はあれで満足していたからだ。

「それに、すぐ目の前にいる人の失恋を物語のネタにするのってちょっと困るわ」

 本人が望もうが、書けなくなった。

「そうですか。残念です」

 有里は心底残念そうにしていた。
 どうして人はストレスな物語を読みたがるのだろうか。
 自分もそういった物語を好んで読んでいた時期があるが、あの中毒性は何というのだろうか。

 そうこうしているうちに体調が回復して、紙もあることだし短い物語を描いた。
 どこぞのお姫様が夜に目が覚めると猫が庭で和歌を諳んじながら踊っている物語である。
 女御様も帝も猫がお好きであり、宮へあがったおりに女御様にお見せしよう。
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