風に還る時には傍に―白き狼の戦士は盲目の主君に身を捧げる―

子犬一 はぁて

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岩のような男(2)

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 風呂に入ろうかと風呂場の扉を開いたところ、後ろでなにやら白狼がもぞもぞと動いている。

 ん? どうしたのだ?

 目で見て確認することはできないため、音に集中する。衣が床にぱさりと落ちる音が聞こえた。

 何故。何故そなたが脱ぎ始めるのだ!?

 初めてフュン自身が戸惑った。慌てて聞いてみる。

「そなた、何をしている。早くわたしを風呂に入らせぬか」

「俺も入ろうと思う。待たせてわりいな」

「なっ」

 そんな……前任者は共に風呂など入らなかった。わたしだけが服を脱ぎ、清められていた。前任者は服を着ていた。

「わ、わかった。では入るとしよう」

 風呂場は屋根の付いた露天風呂になっている。風呂椅子を手探りで持ち寄せ、それに座った。お湯の張った浴槽から、桶を見つけた白狼がフュンに湯をかけてくる。

「っひ」

 急に、なんの合図もなく熱湯を浴びせられ息が止まりそうになった。

「そ、そなた湯をかける合図くらいはしろ。驚いたではないか!」

「ああ、そうか。よし、いくぞ」

 バッシャーン、と豪快な音を立ててフュンの頭から湯がかかる。ずぶ濡れになってから、口をパクパクと言わせる。

「なっ……な……」

「じゃあ洗うぞ」

 ぐに、と男の手に腹を摘まれる。その手はぬるぬると滑る。石鹸を泡立てたようだ。なぜ腹を摘まれているのか、フュンには理解できない。

「な、なにをしておる」

「いや、細ぇなって」

「わたしはそなたの主君だぞ! 勝手に身体を弄るなど……こんな屈辱は初めてだ」

「じゃあ自分で洗えよ」

「くっ」

 こやつ。痛いところを突いてくる。

「てめぇは黙って洗われてりゃいいんだよ。わかったか」

「……ああ。わかった」

 ふん、と今度はフュンが鼻を鳴らす番だった。こやつ、時々意地が悪いな。まだ出会って数刻しか経っていないのに。まるで旧友との距離感のように感じてしまう。

 それにしても、手が大きいな。わたしの2倍近くあるのでは?

 濡れた手で白狼がフュンの肩を洗う。がさがさした手のひらだ。手を握ったときにも気づいたが、この皮豆の数と厚み。余程の大剣の使い手なのだろう。

 ぺた、と白狼の手がフュンの胸元で止まる。しばらくその1点をつんつんとつついてくる。

 なんだそなた、キツツキか何かか?

「おい。何をしておる」

「いや、なんとなく」

 白狼はしれっと答えると、今度は胸の飾りの辺りをくるくると指で撫で付けてきた。

「な、なんとなくとは何だっ。気になるではないかっ」

 フュンはくすぐったさのあまり身を捩り、抵抗する。

「ひっ」

 ぴんっ、と胸の飾りを弾かれた。指の腹で。なんだ何をするんだ。

「無礼なっ!」

「そーカッカすんな。女みてえだなと思って試しただけだ」

「試す? 何をだ」

 フュンの問いに白狼はもそもそと小さく呟く。

「いや、胸で感じるなら女だなって」

「なっ! わたしはれっきとした男だ!」

 激しく反抗すれば、白狼は「ふうん」と軽く溜息をつく。

 なんなのだ。その残念です、みたいな溜息は。こやつわたしが女だったら襲ってやろうなどという不埒な考えを持っているんじゃないか。なんたる獣の如き心だ。
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