1 / 72
1 僕を待っていてくれた人
しおりを挟む
「待っていたよ」
柔らかな、雨粒のように澄んだ声が、阿月の耳に落ちた。その声音は、反響するように僕の脳内を揺り動かす。
待っていたよ、だなんて優しい言葉をかけてくれる人なんてこの世にはいない。だから僕は、安堵のうちに溜息をつく。よかった。ちゃんと、自分の人生に幕を下ろすことができたんだ。よかった。この夢はきっと、死後の夢で僕の脳内が無意識に作る光景に違いない。いいよね。最後くらい。死んだあとにくらい、いい思いしても。
僕は床に大の字に寝転んでいるようだ。手足に力を込めると、ぴくぴくとこわばるように動き出した。仰向けの体勢から、1度横になる。仄暗い視界の中で、弱々しくもなんとか身体を起こした。立ち上がろうとすれば──。
「そんなに、急がなくていい。まずはゆっくりでいい」
と、頭上から先程の澄んだ声が降りてきた。その声の主は、僕の肩に手を寄せると僕の顎をひょいと持ち上げる。
ああ、なんて、幻のような光景。
声の主の瞳に吸い寄せられるように意識を持っていかれる。澄んだ声と似た、澄んだ緋色の瞳。その瞳の中の煌めきが天の川のようだった。
「あなたは……」
「わたしの名前はジス」
「ジス……さん」
ふふ、と小さな笑い声。
「さん付けなどしなくてよいよ。そなたの名前は?」
「阿月です」
「では阿月。ようこそ、我がテルー城へ」
ぱ、とジスという男の指がパチンと鳴って部屋に光が灯り出す。天井のシャンデリア、壁に沿うように並べられたロウソクが、ジスの姿を赤紅と映している。ジスの黒くて長い影が床に落ちてロウソクの揺らめく灯りから阿月を隠す。
「え?」
阿月が驚いたことに、ジスの容姿はまるで普通の人間とは異なるように見えた。長身は2mはあるような大男。それでいて華奢な腰周り、長い足、黒髪の長髪。そうして、額の上に付いている小さな突起から目が離せなくなる。角のようなそれは、存在感は小さめなのだがやはり普通の人間と異なる風貌のため、阿月は戸惑いを隠せない。それに気づいたのか、ジスはふふと口端を持ち上げて微笑みながら言う。品のある笑い方だと阿月は不思議と観察していた。
「ああ、この角はそなたのいた世界では珍しいかもしれないね」
「そなたのいた世界」という言葉に大きな違和感を覚える。
「あの、ジス……僕は死んでしまって、自分に都合のいい夢を見ているのかな?」
すると、ジスは柔和な笑みを頬にたたえて。
「いいや。そなたはまだ死んでいないよ」
「んと、それはどういう……」
話の状況が飲み込めずにしどろもどろしていると、ジスの背後から1人の男性が現れた。ジスよりかは少し小柄な、背は170センチの細身といったところか。執事のように畏まった様子の彼は黒いネクタイの前で右手を左胸に添えた。黒くぴんと張ったタキシードを身につけた姿は凛としていて頼もしい印象を受けた。
「事の経緯についてはわたしの従者のライアから聞いたほうが良かろう」
ジスは部屋の奥の真ん中にある玉座にすらりと腰掛けた。長い足を組み悠々とこちらを見つめている。肘を肘掛にかけて顎の下に手を添えている。仕草や行動の一つ一つが可憐で華やかに見える。
「では、ささやかながら自分のほうから阿月様にご説明させていただきます」
ライアと呼ばれた男性は背筋をピンと張って阿月を見つめる。その眼差しは温かく柔らかな日差しのように優しかったので阿月は驚いた。
「阿月様は本日、召喚の儀において魔王ジス様に異世界へ召喚されたのです」
「ま、おう?」
「ええ」とライアが頬に垂れている銀髪の束を耳にかけながら答える。銀髪のウルフは、シャンデリアの光に照らされて短く反射する。まるで狼の毛並みのように艶びている。
「ジスが魔王……で、異世界に僕を召喚した?」
「その通りです」
くら、と目眩が。阿月はそのまま床に崩れ落ちそうになる。何が何だか状況が飲み込めなかった。理解の範疇を超えていたため頭がスパークしてしまったのだ。意識を失いかける中で、ただ1人。阿月が床に落ちる前に抱きとめて支えてくれた温もりに、冷えた心が和らいでいくような気がした。
「今はまだお眠り」
その声はやはり、鈴の音のように心地よく阿月の耳に入っていった。
柔らかな、雨粒のように澄んだ声が、阿月の耳に落ちた。その声音は、反響するように僕の脳内を揺り動かす。
待っていたよ、だなんて優しい言葉をかけてくれる人なんてこの世にはいない。だから僕は、安堵のうちに溜息をつく。よかった。ちゃんと、自分の人生に幕を下ろすことができたんだ。よかった。この夢はきっと、死後の夢で僕の脳内が無意識に作る光景に違いない。いいよね。最後くらい。死んだあとにくらい、いい思いしても。
僕は床に大の字に寝転んでいるようだ。手足に力を込めると、ぴくぴくとこわばるように動き出した。仰向けの体勢から、1度横になる。仄暗い視界の中で、弱々しくもなんとか身体を起こした。立ち上がろうとすれば──。
「そんなに、急がなくていい。まずはゆっくりでいい」
と、頭上から先程の澄んだ声が降りてきた。その声の主は、僕の肩に手を寄せると僕の顎をひょいと持ち上げる。
ああ、なんて、幻のような光景。
声の主の瞳に吸い寄せられるように意識を持っていかれる。澄んだ声と似た、澄んだ緋色の瞳。その瞳の中の煌めきが天の川のようだった。
「あなたは……」
「わたしの名前はジス」
「ジス……さん」
ふふ、と小さな笑い声。
「さん付けなどしなくてよいよ。そなたの名前は?」
「阿月です」
「では阿月。ようこそ、我がテルー城へ」
ぱ、とジスという男の指がパチンと鳴って部屋に光が灯り出す。天井のシャンデリア、壁に沿うように並べられたロウソクが、ジスの姿を赤紅と映している。ジスの黒くて長い影が床に落ちてロウソクの揺らめく灯りから阿月を隠す。
「え?」
阿月が驚いたことに、ジスの容姿はまるで普通の人間とは異なるように見えた。長身は2mはあるような大男。それでいて華奢な腰周り、長い足、黒髪の長髪。そうして、額の上に付いている小さな突起から目が離せなくなる。角のようなそれは、存在感は小さめなのだがやはり普通の人間と異なる風貌のため、阿月は戸惑いを隠せない。それに気づいたのか、ジスはふふと口端を持ち上げて微笑みながら言う。品のある笑い方だと阿月は不思議と観察していた。
「ああ、この角はそなたのいた世界では珍しいかもしれないね」
「そなたのいた世界」という言葉に大きな違和感を覚える。
「あの、ジス……僕は死んでしまって、自分に都合のいい夢を見ているのかな?」
すると、ジスは柔和な笑みを頬にたたえて。
「いいや。そなたはまだ死んでいないよ」
「んと、それはどういう……」
話の状況が飲み込めずにしどろもどろしていると、ジスの背後から1人の男性が現れた。ジスよりかは少し小柄な、背は170センチの細身といったところか。執事のように畏まった様子の彼は黒いネクタイの前で右手を左胸に添えた。黒くぴんと張ったタキシードを身につけた姿は凛としていて頼もしい印象を受けた。
「事の経緯についてはわたしの従者のライアから聞いたほうが良かろう」
ジスは部屋の奥の真ん中にある玉座にすらりと腰掛けた。長い足を組み悠々とこちらを見つめている。肘を肘掛にかけて顎の下に手を添えている。仕草や行動の一つ一つが可憐で華やかに見える。
「では、ささやかながら自分のほうから阿月様にご説明させていただきます」
ライアと呼ばれた男性は背筋をピンと張って阿月を見つめる。その眼差しは温かく柔らかな日差しのように優しかったので阿月は驚いた。
「阿月様は本日、召喚の儀において魔王ジス様に異世界へ召喚されたのです」
「ま、おう?」
「ええ」とライアが頬に垂れている銀髪の束を耳にかけながら答える。銀髪のウルフは、シャンデリアの光に照らされて短く反射する。まるで狼の毛並みのように艶びている。
「ジスが魔王……で、異世界に僕を召喚した?」
「その通りです」
くら、と目眩が。阿月はそのまま床に崩れ落ちそうになる。何が何だか状況が飲み込めなかった。理解の範疇を超えていたため頭がスパークしてしまったのだ。意識を失いかける中で、ただ1人。阿月が床に落ちる前に抱きとめて支えてくれた温もりに、冷えた心が和らいでいくような気がした。
「今はまだお眠り」
その声はやはり、鈴の音のように心地よく阿月の耳に入っていった。
48
あなたにおすすめの小説
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している
逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」
「……もう、俺を追いかけるな」
中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。
あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。
誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。
どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。
そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。
『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』
『K』と名乗る謎の太客。
【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる