緋色の魔王(α)と暴君王子(α)の寵愛は愛に飢えた僕(Ω)を離してくれない

子犬一 はぁて

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1 僕を待っていてくれた人

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「待っていたよ」

 柔らかな、雨粒のように澄んだ声が、阿月の耳に落ちた。その声音は、反響するように僕の脳内を揺り動かす。

 待っていたよ、だなんて優しい言葉をかけてくれる人なんてこの世にはいない。だから僕は、安堵のうちに溜息をつく。よかった。ちゃんと、自分の人生に幕を下ろすことができたんだ。よかった。この夢はきっと、死後の夢で僕の脳内が無意識に作る光景に違いない。いいよね。最後くらい。死んだあとにくらい、いい思いしても。

 僕は床に大の字に寝転んでいるようだ。手足に力を込めると、ぴくぴくとこわばるように動き出した。仰向けの体勢から、1度横になる。仄暗い視界の中で、弱々しくもなんとか身体を起こした。立ち上がろうとすれば──。

「そんなに、急がなくていい。まずはゆっくりでいい」

 と、頭上から先程の澄んだ声が降りてきた。その声の主は、僕の肩に手を寄せると僕の顎をひょいと持ち上げる。

 ああ、なんて、幻のような光景。

 声の主の瞳に吸い寄せられるように意識を持っていかれる。澄んだ声と似た、澄んだ緋色の瞳。その瞳の中の煌めきが天の川のようだった。

「あなたは……」

「わたしの名前はジス」

「ジス……さん」

 ふふ、と小さな笑い声。

「さん付けなどしなくてよいよ。そなたの名前は?」

阿月あつきです」

「では阿月。ようこそ、我がテルー城へ」

 ぱ、とジスという男の指がパチンと鳴って部屋に光が灯り出す。天井のシャンデリア、壁に沿うように並べられたロウソクが、ジスの姿を赤紅と映している。ジスの黒くて長い影が床に落ちてロウソクの揺らめく灯りから阿月を隠す。

「え?」

 阿月が驚いたことに、ジスの容姿はまるで普通の人間とは異なるように見えた。長身は2mはあるような大男。それでいて華奢な腰周り、長い足、黒髪の長髪。そうして、額の上に付いている小さな突起から目が離せなくなる。角のようなそれは、存在感は小さめなのだがやはり普通の人間と異なる風貌のため、阿月は戸惑いを隠せない。それに気づいたのか、ジスはふふと口端を持ち上げて微笑みながら言う。品のある笑い方だと阿月は不思議と観察していた。

「ああ、この角はそなたのいた世界では珍しいかもしれないね」

 「そなたのいた世界」という言葉に大きな違和感を覚える。

「あの、ジス……僕は死んでしまって、自分に都合のいい夢を見ているのかな?」

 すると、ジスは柔和な笑みを頬にたたえて。

「いいや。そなたはまだ死んでいないよ」

「んと、それはどういう……」

 話の状況が飲み込めずにしどろもどろしていると、ジスの背後から1人の男性が現れた。ジスよりかは少し小柄な、背は170センチの細身といったところか。執事のように畏まった様子の彼は黒いネクタイの前で右手を左胸に添えた。黒くぴんと張ったタキシードを身につけた姿は凛としていて頼もしい印象を受けた。

「事の経緯についてはわたしの従者のライアから聞いたほうが良かろう」

 ジスは部屋の奥の真ん中にある玉座にすらりと腰掛けた。長い足を組み悠々とこちらを見つめている。肘を肘掛にかけて顎の下に手を添えている。仕草や行動の一つ一つが可憐で華やかに見える。

「では、ささやかながら自分のほうから阿月様にご説明させていただきます」

 ライアと呼ばれた男性は背筋をピンと張って阿月を見つめる。その眼差しは温かく柔らかな日差しのように優しかったので阿月は驚いた。

「阿月様は本日、召喚の儀において魔王ジス様に異世界へ召喚されたのです」

「ま、おう?」

 「ええ」とライアが頬に垂れている銀髪の束を耳にかけながら答える。銀髪のウルフは、シャンデリアの光に照らされて短く反射する。まるで狼の毛並みのように艶びている。

「ジスが魔王……で、異世界に僕を召喚した?」

「その通りです」

 くら、と目眩が。阿月はそのまま床に崩れ落ちそうになる。何が何だか状況が飲み込めなかった。理解の範疇を超えていたため頭がスパークしてしまったのだ。意識を失いかける中で、ただ1人。阿月が床に落ちる前に抱きとめて支えてくれた温もりに、冷えた心が和らいでいくような気がした。

「今はまだお眠り」

 その声はやはり、鈴の音のように心地よく阿月の耳に入っていった。
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