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「それでは行きます」
それ、とドクトが放った石が俺の足目掛けて落ちてくる。
勢いがなくても重力に従った石は真っ直ぐに俺の足の甲を目指すが、
カィンッ
足から5cmほどのところで見えない壁に阻まれた。
「いったあああぁい!」
それに合わせて俺が石が当たった演技をする。
実際には全く痛みも衝撃もなかったので幾分わざとらしくなってしまったが大目に見てほしい。
「あー、やっぱりうまく機能してないねー」
俺の大根ぶりを嘲笑うかのように、ハーピスは顔はにやにやしているのに声音だけは真剣に失敗を悔いているような響きを持たせるという芸当をやってのけた。
くそ、こいつに弱点はないのか!?
「ネージュ、大丈夫ですか?」
俺が敗北感に打ちひしがれていると、ドクトが傍にやってきて心配してくれる。
石が当たっていないのは見ていたはずだが、俺の打ちひしがれた姿を見て気にかけてくれたのだろう。
なんと人間のできた男だ。
「ええ、大丈夫です。元々そんなに威力はありませんでしたから」
気遣ってくれてありがとうという気持ちを込めて彼に微笑めば、彼はほっとしたような笑顔を返してくれた。

さて、これで作戦の第二段階までクリアしたと言っていいだろう。
後は施設に戻り、その途中でドクトが俺を襲えばいいだけだ。
そして俺がそこで死んだふりを、って、ちょっと待て。
ハーピス、回復薬持ってなかったか?
しかもそれ、はっきり言っちゃわなかった?
さぁっと血の気の引く音が聞こえた気がした。
だって、もしかしたらそのせいで今までの演技が全て無駄になるかもしれないのだから。
俺は焦って2人にそのことを伝えようとした。
生半可な攻撃ではなく、一撃で俺を即死させたというほどのものにしないと、用心深い側妃に疑われるかもしれないと。
しかし伝える術がない。
どうしようかと迷っているうちに、慌てる俺に2人が気づいた。
揃って首を傾げ、声に出さずに「どうした」と語り掛けてくる。
俺はジェスチャーなどで必死に説明を試みて、すぐに無理だと悟ると、砂浜に視線を転じた。
そうだ、ここになら書ける!
近くにあった木の枝を拾い、あまり音が出ないよう、慎重に文字を書いていく。
『私を即死させないと側妃に疑われる』
そしてそれを読み終わったハーピスの懐を指差し、口の動きだけで「ポーション」と伝えた。
頭の良い彼らはそれですぐに俺の言いたいことを理解してくれ、俺に向かって頷いた。
よし、これで舞台は整った。
この後俺は殺されるだけだから、残った2人が上手くやるだけ。
どうか成功しますように。
俺は夢で出会ったおじさん神様の顔を思い浮かべながら祈ったが、何か違う気がして無の心境でもう一度祈っておいた。
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