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似た者同士はきっかけも一緒で
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「冗談はさておき」
「いえ、冗談は言っていないわ」
「ふふ、またご冗談を」
「だから言ってないってば」
こほんと空咳をしたアゼリアはリチャード様にすいと手を向ける。
「ご懸念のリチャード様ですが、私がお二人から伺った『時戻しの短剣』のことと『狂王の針』についてまで全て話し終えております」
私が促されるように目を向けると彼は小さく頷いた。
彼の顔には疑念も困惑も何もなく、ただ納得と理解だけがあった。
「お陰で何故頑なに結婚を拒否し続けた殿下が初対面であるはずのアンネローゼ様にここまで執心なさるのか納得出来ました。いやはや、まさかそれほど長い時間懸想していらっしゃったとはなんとも愉快で…おっと」
「おいわざとらしいぞ」
「わざとですので」
そしてその理由をそれはそれは清々しい笑顔で語ってくれたのだが、すぐにルード様から横槍が入った。
本当にこの二人は気の置けない仲なのだろうが、たまに単に子供の頃の悪友関係がそのまま大きくなっただけのような関係に見える。
「あの二人を相手にそんなことをお考えになるのはアンネローゼ様だけでしょうけれど」
同じく二人のやりとりを聞いていたアゼリアは私の考えを読んでふっと笑った。
内容を口に出さないでくれたことには感謝しよう。
「それには及びませんが、実は私がリチャード様に惹かれた理由はそこなんですよ」
「……は?」
だがそこで予想外の言葉を告げられて私はアゼリアを二度見しながらぽかんと口を開けてしまった。
まさかこの状況でそんな話をされるなど思ってもみなかったのだから仕方がない。
「そうですね、いきなりこんな話をされて驚かれるのも無理はありませんが、それでも先日アンネローゼ様がリチャード様を説き伏せた時の話を聞きまして、一応お伝えしておかなければと考えておりました」
アゼリアは苦笑を浮かべつつも私の目を真っ直ぐに見る。
「確かにリチャード様に好意を寄せるきっかけになったのは彼の頭脳です。けれどそれが恋に変わったのは偶然垣間見た殿下との軽口の応酬でした」
そう言ってはにかむような笑みを浮かべたアゼリアは年相応で本当に可愛らしかった。
この笑顔を見逃しては惜しいわとリチャード様を見ると、彼は先ほどの私のようにぽかんと口を開けてアゼリアを見ている。
その向かい側のルード様はニヤニヤと笑っており、そのお顔は陛下にそっくりだった。
「本当に取るに足らないようなくだらない話だったのです。ですがあれほどの頭脳を持った方がこんな風に子供のような面を見せるのだと驚き、同時になんだかとても可愛くて、次第にそれが愛おしいと感じるようになりました。普段公の場で見せる大臣たちへの冷徹とも言えるお顔の裏にこんな顔が隠されていたのだと知ってしまったらもう戻れません。あとは落ちるばかりでしたよ」
「そうだったの…」
私は自分が思っていたよりも遥かに乙女だったアゼリアの思いに驚きすぎて気の利いた言葉が一つも出てこなかった。
アゼリアの思いを知ったリチャード様など彫像のように動かなくなってしまったし、ニヤニヤと笑っていたルード様はえらく真剣な瞳でじっと私を見つめていた。
まさか私にもアゼリアのように思いを言えというのだろうか?
申し訳ないけれど、絶対に嫌よ?
「あ、アゼリア…」
そう思ってルード様を睨み返していると、それまで微動だにしなかったリチャード様がゆっくりと動き出す。
そろりそろりとアゼリアに手を伸ばし、ゆっくりと彼女の両頬に手を添えた。
「そんな風に思っていてくれたなんて、どうしてもっと早く言ってくれなかったのです?私との会話だけが貴女にとっての救いで魅力なのだろうと、私個人のことなどどうでもいいのだろうと思っていたのに」
リチャード様は泣きそうにも見えるほどに眉間に皺を寄せ目元を歪ませていた。
「だって、そう言ったら誰よりも高い矜持を持つ貴方はその顔を私に見せてくれなくなるでしょう?そんな惜しいことできるわけがないではないですか」
その彼に見つめられるアゼリアはふふっと幸せそうに笑う。
今までアゼリアの笑顔を何度か見る機会があったが今日ほど柔らかく笑う姿を見たのは初めてで、なんだかこちらが面映ゆい。
「いいや、そうとわかっていれば僕は気持ちを押し込めたりなどしなかった。僕個人を愛してくれていなければ一緒にいても虚しいだけだと思って耐えていたけれど、三年前の殿下の生誕祭で普段冷静な君が不意に見せた少女のような笑顔に心奪われてから、僕はずっと我慢していたんだよ」
「え…」
「君は気づいていなかっただろうけれど、僕だって君の素顔に惹かれたんだ」
そう言って深い笑みを浮かべたリチャード様がそのままアゼリアに顔を近づけていくのを察し、私はそっと顔を背けた。
けれど今はルード様のお顔を見る気がしなかったので反対を向いたため、彼がどんな顔をしてその光景を見ていたのかは知らない。
ただ、少し経ってからリチャード様が「殿下、空気を読んでくれませんか?」と苦言を呈しているのだけが聞こえた。
「いえ、冗談は言っていないわ」
「ふふ、またご冗談を」
「だから言ってないってば」
こほんと空咳をしたアゼリアはリチャード様にすいと手を向ける。
「ご懸念のリチャード様ですが、私がお二人から伺った『時戻しの短剣』のことと『狂王の針』についてまで全て話し終えております」
私が促されるように目を向けると彼は小さく頷いた。
彼の顔には疑念も困惑も何もなく、ただ納得と理解だけがあった。
「お陰で何故頑なに結婚を拒否し続けた殿下が初対面であるはずのアンネローゼ様にここまで執心なさるのか納得出来ました。いやはや、まさかそれほど長い時間懸想していらっしゃったとはなんとも愉快で…おっと」
「おいわざとらしいぞ」
「わざとですので」
そしてその理由をそれはそれは清々しい笑顔で語ってくれたのだが、すぐにルード様から横槍が入った。
本当にこの二人は気の置けない仲なのだろうが、たまに単に子供の頃の悪友関係がそのまま大きくなっただけのような関係に見える。
「あの二人を相手にそんなことをお考えになるのはアンネローゼ様だけでしょうけれど」
同じく二人のやりとりを聞いていたアゼリアは私の考えを読んでふっと笑った。
内容を口に出さないでくれたことには感謝しよう。
「それには及びませんが、実は私がリチャード様に惹かれた理由はそこなんですよ」
「……は?」
だがそこで予想外の言葉を告げられて私はアゼリアを二度見しながらぽかんと口を開けてしまった。
まさかこの状況でそんな話をされるなど思ってもみなかったのだから仕方がない。
「そうですね、いきなりこんな話をされて驚かれるのも無理はありませんが、それでも先日アンネローゼ様がリチャード様を説き伏せた時の話を聞きまして、一応お伝えしておかなければと考えておりました」
アゼリアは苦笑を浮かべつつも私の目を真っ直ぐに見る。
「確かにリチャード様に好意を寄せるきっかけになったのは彼の頭脳です。けれどそれが恋に変わったのは偶然垣間見た殿下との軽口の応酬でした」
そう言ってはにかむような笑みを浮かべたアゼリアは年相応で本当に可愛らしかった。
この笑顔を見逃しては惜しいわとリチャード様を見ると、彼は先ほどの私のようにぽかんと口を開けてアゼリアを見ている。
その向かい側のルード様はニヤニヤと笑っており、そのお顔は陛下にそっくりだった。
「本当に取るに足らないようなくだらない話だったのです。ですがあれほどの頭脳を持った方がこんな風に子供のような面を見せるのだと驚き、同時になんだかとても可愛くて、次第にそれが愛おしいと感じるようになりました。普段公の場で見せる大臣たちへの冷徹とも言えるお顔の裏にこんな顔が隠されていたのだと知ってしまったらもう戻れません。あとは落ちるばかりでしたよ」
「そうだったの…」
私は自分が思っていたよりも遥かに乙女だったアゼリアの思いに驚きすぎて気の利いた言葉が一つも出てこなかった。
アゼリアの思いを知ったリチャード様など彫像のように動かなくなってしまったし、ニヤニヤと笑っていたルード様はえらく真剣な瞳でじっと私を見つめていた。
まさか私にもアゼリアのように思いを言えというのだろうか?
申し訳ないけれど、絶対に嫌よ?
「あ、アゼリア…」
そう思ってルード様を睨み返していると、それまで微動だにしなかったリチャード様がゆっくりと動き出す。
そろりそろりとアゼリアに手を伸ばし、ゆっくりと彼女の両頬に手を添えた。
「そんな風に思っていてくれたなんて、どうしてもっと早く言ってくれなかったのです?私との会話だけが貴女にとっての救いで魅力なのだろうと、私個人のことなどどうでもいいのだろうと思っていたのに」
リチャード様は泣きそうにも見えるほどに眉間に皺を寄せ目元を歪ませていた。
「だって、そう言ったら誰よりも高い矜持を持つ貴方はその顔を私に見せてくれなくなるでしょう?そんな惜しいことできるわけがないではないですか」
その彼に見つめられるアゼリアはふふっと幸せそうに笑う。
今までアゼリアの笑顔を何度か見る機会があったが今日ほど柔らかく笑う姿を見たのは初めてで、なんだかこちらが面映ゆい。
「いいや、そうとわかっていれば僕は気持ちを押し込めたりなどしなかった。僕個人を愛してくれていなければ一緒にいても虚しいだけだと思って耐えていたけれど、三年前の殿下の生誕祭で普段冷静な君が不意に見せた少女のような笑顔に心奪われてから、僕はずっと我慢していたんだよ」
「え…」
「君は気づいていなかっただろうけれど、僕だって君の素顔に惹かれたんだ」
そう言って深い笑みを浮かべたリチャード様がそのままアゼリアに顔を近づけていくのを察し、私はそっと顔を背けた。
けれど今はルード様のお顔を見る気がしなかったので反対を向いたため、彼がどんな顔をしてその光景を見ていたのかは知らない。
ただ、少し経ってからリチャード様が「殿下、空気を読んでくれませんか?」と苦言を呈しているのだけが聞こえた。
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