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あり寄りのありってかありでしかないでしょう
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「ということで、アゼリアが調べている件についてはもう少しお時間がかかるようです」
「そうか、しかしこの短期間によく調べたものだ」
「本当に…」
夕食後の果物とお茶を口にしながら私はため息を吐く。
つい先ほどアゼリアから聞いた内容をルード様に伝えながら自身の頭の中も整理した。
そうして考えてみると今日の話は中々に内容の濃いものだったし、中々に重大なものだった。
他国の王族にまつわる秘密など早々聞けるものではない。
「ふむ、相手が王族や公爵家となると何か手伝いが必要だろうか」
飲み終えたカップを皿に戻しながらルード様は考え込むように顎に手を当てた。
隣に置いてある果物の皿はすでに空になっている。
今日は皮ごと刻んだプルと解したリーモの果肉を和えて冷やしたもので、甘さ控えめで爽やかな酸味が食を進ませたのかもしれない。
私も最後の一掬いを口に入れ、続けて紅茶を口に含む。
紅茶に果物の甘い香りが加わって少しだが頭がすっきりした気がした。
「そうしたいのは山々ですが、相手がガルディアナだと考えればいらぬ戦争の火種を撒くような気もして…」
けれどそれも束の間、カップを戻しながら自然と肩が落ちて小さくため息を吐く。
私とて力になりたいと考えているが、今の立場では助力が難しくなってしまった。
自分のことなのにアゼリアにばかり頼っていてなんと情けないのだろうと胸が苦しくなる。
彼女の頭脳と行動力が少し羨ましい。
「そうだな、もしすでにあの騎士がガルディアナと接触しているとしたら下手に刺激するのは得策ではない」
ルード様も同じように感じているのか、眉間にはしわが刻まれていた。
自分の立場のせいで身動きが取れないというのはこんなにももどかしいものだったのかと再びため息を吐きたくなった。
せめてアゼリアの頑張りに感謝を込めて報いたいところだが、今の私は何の力もないただの王太子妃だ、彼女にしてあげられることは何もないだろう。
彼女は地位や権力を欲していないし、なにより自身が望むものをその手にする手段は私よりも遥かに多いのだから。
まあ私の場合は偏り過ぎた人間関係が仇となっている気がしないではないが。
少し逸れた思考に扉を叩く音が届いた。
部屋に誰かが来たらしい、顔を上げればマイラが扉を開いて件の人物を部屋に入れていた。
「失礼します、陛」
「あー!!!!!」
そしてその人物が視界に映り、それが誰なのか思い至った瞬間、私は思いっきり叫んでいた。
彼が何かを言いかけていたとか、私の声に驚いたルード様が密かに足をぶつけていたとか、マイラが声も無く目を見開いた後なんとも迫力のある笑顔を浮かべたとか、それを見たリリが「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げたとか、そういうのを一瞬で視界に捉えていたけれど、私の目に入っていたのはただ一人、リチャード・エイム侯爵令息だけだった。
ルード様の側近にしてアゼリアが唯一手に入れられていない、彼女の想い人である。
「ローゼ、突然どうしたんだ」
「妃殿下、その、私何かしましたか?」
叫んだまま動かなかった私にルード様とリチャード様が恐る恐るといった体で声をかけてくる。
それはそうだ、というか意味もわからず突然叫ばれたリチャード様には大変申し訳ないことをしてしまった。
「あ、失礼しました」
私は慌ててそうではないと首と手を振る。
彼はホッとしたような顔をしたが、疑問の色は消えていない。
こうなれば流れで言うしかないだろう。
女は度胸と勢いだ。
「あの、リチャード様」
「はい」
私はごくりと生唾を飲み、ゆっくりと口を開く。
「どうかアゼリアとの未来について、今一度ご再考願えませんか?」
少し頭を下げながら私がそう口に出した瞬間、場の空気が凍り付いたのを痛いほどに感じた。
しかしもう私にはこれしか思いつかなかった。
たとえ彼女が私の助力を望んでいなかったとしても…。
「アンネローゼ様、それはアゼリア嬢の願いですか?」
静かな部屋にカチャリと眼鏡に手を添える音が響く。
促されるように顔を上げれば、そこには予想外の表情を浮かべたリチャード様がいた。
彼はまるで迷子の子供のような顔をして、今にも泣いてしまいそうに見えた。
「いえ、ただの私の我が儘です」
何故そんな顔をしているのか私にはわからなかった。
私と彼はそんなに接点もなく、会話したことも多くない。
表情から心情を読み取るなど不可能に近かった。
「アゼリアは間違いなく私に最も近い人間の一人になります。そうなれば必然ルード様に近い人間となりましょう。であるならばその相手にルード様の側近を望むのは当然だと思いませんか?」
「……筋は通っていますね。ですが」
でも、わからなかったからこそ変に誤魔化すべきではないと思い、私は彼に告げた。
「というのが建前です」
「……は?」
何かを言いかけた彼の声をあえて遮ったのだが、そのせいで彼はまた意味がわからないという顔をしていた。
それは取り繕った顔ではない、数少ない彼との関わりの中で初めて見た素の表情だった。
「ただ、私が彼女の頑張りに報いてあげたいと思っただけです。ここ最近彼女は私とルード様のためにかなり無茶なことをしてまで情報を集めてくれています。ですが無力な私にできることはなにもなく、情けないことにただ彼女に任せるばかりです。その中で私が唯一出来ることとして思いついたものは彼女の恋を応援してあげることだけでした」
ピクリと肩を揺らし、リチャード様は一歩後ろへ下がる。
引き攣った顔は「その先を言ってくれるな」と私に訴えている気がした。
「リチャード様はアゼリアのことがお嫌いなのですか?」
「いえ、そんなことは」
「では何故あの子の気持ちに応えられないのでしょうか。あの子の何が」
「アンネローゼ!!」
「あっ…」
しまった、焦ってつい余計なことを言ってしまった。
この国に来てまだ日の浅い私が口を出していい問題ではないかもしれないのに。
………あれでも待って、確か前にルード様に聞いた話ではリチャード様も憎からず思っているとかって言っていたような…?
私はそろりと顔を上げる。
すると今度こそ本当に泣く一歩手前のような顔のリチャード様がいて、私はまたも叫びそうになったのを両手でしっかりと口元を押さえることで必死に我慢した。
だって彼の顔は紛れもなく恋する少年のそれだったから。
これはどう見ても脈しかないでしょう!!?
「そうか、しかしこの短期間によく調べたものだ」
「本当に…」
夕食後の果物とお茶を口にしながら私はため息を吐く。
つい先ほどアゼリアから聞いた内容をルード様に伝えながら自身の頭の中も整理した。
そうして考えてみると今日の話は中々に内容の濃いものだったし、中々に重大なものだった。
他国の王族にまつわる秘密など早々聞けるものではない。
「ふむ、相手が王族や公爵家となると何か手伝いが必要だろうか」
飲み終えたカップを皿に戻しながらルード様は考え込むように顎に手を当てた。
隣に置いてある果物の皿はすでに空になっている。
今日は皮ごと刻んだプルと解したリーモの果肉を和えて冷やしたもので、甘さ控えめで爽やかな酸味が食を進ませたのかもしれない。
私も最後の一掬いを口に入れ、続けて紅茶を口に含む。
紅茶に果物の甘い香りが加わって少しだが頭がすっきりした気がした。
「そうしたいのは山々ですが、相手がガルディアナだと考えればいらぬ戦争の火種を撒くような気もして…」
けれどそれも束の間、カップを戻しながら自然と肩が落ちて小さくため息を吐く。
私とて力になりたいと考えているが、今の立場では助力が難しくなってしまった。
自分のことなのにアゼリアにばかり頼っていてなんと情けないのだろうと胸が苦しくなる。
彼女の頭脳と行動力が少し羨ましい。
「そうだな、もしすでにあの騎士がガルディアナと接触しているとしたら下手に刺激するのは得策ではない」
ルード様も同じように感じているのか、眉間にはしわが刻まれていた。
自分の立場のせいで身動きが取れないというのはこんなにももどかしいものだったのかと再びため息を吐きたくなった。
せめてアゼリアの頑張りに感謝を込めて報いたいところだが、今の私は何の力もないただの王太子妃だ、彼女にしてあげられることは何もないだろう。
彼女は地位や権力を欲していないし、なにより自身が望むものをその手にする手段は私よりも遥かに多いのだから。
まあ私の場合は偏り過ぎた人間関係が仇となっている気がしないではないが。
少し逸れた思考に扉を叩く音が届いた。
部屋に誰かが来たらしい、顔を上げればマイラが扉を開いて件の人物を部屋に入れていた。
「失礼します、陛」
「あー!!!!!」
そしてその人物が視界に映り、それが誰なのか思い至った瞬間、私は思いっきり叫んでいた。
彼が何かを言いかけていたとか、私の声に驚いたルード様が密かに足をぶつけていたとか、マイラが声も無く目を見開いた後なんとも迫力のある笑顔を浮かべたとか、それを見たリリが「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げたとか、そういうのを一瞬で視界に捉えていたけれど、私の目に入っていたのはただ一人、リチャード・エイム侯爵令息だけだった。
ルード様の側近にしてアゼリアが唯一手に入れられていない、彼女の想い人である。
「ローゼ、突然どうしたんだ」
「妃殿下、その、私何かしましたか?」
叫んだまま動かなかった私にルード様とリチャード様が恐る恐るといった体で声をかけてくる。
それはそうだ、というか意味もわからず突然叫ばれたリチャード様には大変申し訳ないことをしてしまった。
「あ、失礼しました」
私は慌ててそうではないと首と手を振る。
彼はホッとしたような顔をしたが、疑問の色は消えていない。
こうなれば流れで言うしかないだろう。
女は度胸と勢いだ。
「あの、リチャード様」
「はい」
私はごくりと生唾を飲み、ゆっくりと口を開く。
「どうかアゼリアとの未来について、今一度ご再考願えませんか?」
少し頭を下げながら私がそう口に出した瞬間、場の空気が凍り付いたのを痛いほどに感じた。
しかしもう私にはこれしか思いつかなかった。
たとえ彼女が私の助力を望んでいなかったとしても…。
「アンネローゼ様、それはアゼリア嬢の願いですか?」
静かな部屋にカチャリと眼鏡に手を添える音が響く。
促されるように顔を上げれば、そこには予想外の表情を浮かべたリチャード様がいた。
彼はまるで迷子の子供のような顔をして、今にも泣いてしまいそうに見えた。
「いえ、ただの私の我が儘です」
何故そんな顔をしているのか私にはわからなかった。
私と彼はそんなに接点もなく、会話したことも多くない。
表情から心情を読み取るなど不可能に近かった。
「アゼリアは間違いなく私に最も近い人間の一人になります。そうなれば必然ルード様に近い人間となりましょう。であるならばその相手にルード様の側近を望むのは当然だと思いませんか?」
「……筋は通っていますね。ですが」
でも、わからなかったからこそ変に誤魔化すべきではないと思い、私は彼に告げた。
「というのが建前です」
「……は?」
何かを言いかけた彼の声をあえて遮ったのだが、そのせいで彼はまた意味がわからないという顔をしていた。
それは取り繕った顔ではない、数少ない彼との関わりの中で初めて見た素の表情だった。
「ただ、私が彼女の頑張りに報いてあげたいと思っただけです。ここ最近彼女は私とルード様のためにかなり無茶なことをしてまで情報を集めてくれています。ですが無力な私にできることはなにもなく、情けないことにただ彼女に任せるばかりです。その中で私が唯一出来ることとして思いついたものは彼女の恋を応援してあげることだけでした」
ピクリと肩を揺らし、リチャード様は一歩後ろへ下がる。
引き攣った顔は「その先を言ってくれるな」と私に訴えている気がした。
「リチャード様はアゼリアのことがお嫌いなのですか?」
「いえ、そんなことは」
「では何故あの子の気持ちに応えられないのでしょうか。あの子の何が」
「アンネローゼ!!」
「あっ…」
しまった、焦ってつい余計なことを言ってしまった。
この国に来てまだ日の浅い私が口を出していい問題ではないかもしれないのに。
………あれでも待って、確か前にルード様に聞いた話ではリチャード様も憎からず思っているとかって言っていたような…?
私はそろりと顔を上げる。
すると今度こそ本当に泣く一歩手前のような顔のリチャード様がいて、私はまたも叫びそうになったのを両手でしっかりと口元を押さえることで必死に我慢した。
だって彼の顔は紛れもなく恋する少年のそれだったから。
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