婚約破棄から始まる4度の人生、今世は隣国の王太子妃!?

緋水晶

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侵入経路は…

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結婚式から一週間後、私の部屋にいつものメンバーが集められた。
普段は人払いをしているが今回から給仕として事情を説明したマイラと、マイラの判断で情報を共有した方がいいと提案され承諾したエルとリリもいる。
その時「……エルはいいとして、リリに話しても大丈夫かしら?」と私は不安を口にした。
リリのことを疑ってではない、むしろ私は彼女を信じ切っている。
どころかこの城の中で彼女が愛すべきうっかりさんであるということを疑う人間はいないだろう。
ある意味の絶大な信頼により、私はこの秘密がうっかり彼女の口から意図しない誰かに広まることを恐れたのだ。
「確かにあの子は稀に見るうっかり娘ですが」
だがコホンと咳払いしたマイラはそれを肯定した上で彼女には伝えるべきだと再度言った。
「母親が男爵家のご出身だったために早くから侍女として城に出されてはしまいましたが、あれであの子はククリカーナ侯爵家の三女ですから」
彼女の家の力が使えるに越したことはないのですとマイラは頷いた。
なお、後日私の目の前でマイラからこのことを別々に伝えられたエルとリリの反応は対照的だった。
最初に説明を聞いたエルはしばし黙考した後「なるほど」と呟き、労わるような優しい目を私に向けた。
恐らく我が事のように考え同情してくれたのだろう。
私は彼女のそういう温かな優しさがとても好きだ。
対して次に聞いたリリは「ええええええー!!?」とけたたましく叫び、一瞬で間を詰めたマイラの手刀を喰らう…寸前で躱した。
「は?」という私の驚きの声は「アンネローゼ様って天使だったんですかー!?」というリリの大声にかき消される。
いや違うけど、っていうかなんかマイラも同じようなこと言ってなかったかしら?
「リリ、落ち着きなさい」
「でも!このままじゃアンネローゼ様は天上に帰ってしまわれますよ!!?」
「大丈夫だから、ね?」
私がマイラを振り返っている間に先に話を聞いて一緒に控えていたエルがリリを宥めてくれた。
そっと抱き寄せ彼女の頭を優しく撫でる。
手刀で黙らそうとしたマイラとはえらい違いだ。
って、そうよ、リリったらあのマイラの手刀を避けたわよね?
あの騎士相手に善戦した、この国の騎士なんて絶対に太刀打ちできない強さだろうマイラの本気の手刀を何故避けられたのか。
「チッ…、リリはあれで私の一番弟子です。そしてその才でいずれは私をも凌ぐでしょう」
そんな私の疑問に答えたのは不機嫌なマイラの声だった。
うん、躱されて悔しかったのはわかったから、舌打ちはやめようね。
関係ない私まで寒気がしちゃうわ。
「ちなみにそのリリを掴まえているエルは別の流派で免許皆伝どころか数百年に一度の麒麟児と謳われている逸材ですよ。ほら」
「え?」
すいっと眼前を通り過ぎたマイラの右手を目で追えば、エルの腕がリリの頸椎に当たっていた。
あ、ほんとだ、さりげなく絞めてるわ。
見た目には穏やかさしか感じないところがなによりも怖い気がする。
私のお付きに任命されていたのはなんとも恐ろしい侍女集団だったことが判明したが、強い女性はかっこよく戦う様は美しくも頼もしいのだから特段問題はない。
ということで彼女たちの参入を認めてほしいと集まった面々に伝えたのだが、驚くことに彼女たちが腕利きだということは私以外の全員が知っていた。
「アンネローゼ様は殿下が最愛と定めた御方、最上の侍女をつけるに決まっているではありませんか」
「元々私が嫁いだらエルを専属にという話でしたから、彼女のことはよく存じておりました」
「私も立場上存じ上げております」
アゼリア、マリー様、侯爵の順に生暖かい苦笑を浮べる。
知らぬは私ばかりなりということか。
……別に悔しくないもん。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
ルード様が宥めるように私の頭を軽くポンポンと叩いた。
子ども扱いされたようでなんだか面白くなかったが、これ以上この話を引き摺ってもしょうがいないと気持ちを切り替えて、私はルード様とマリー様の間に座った。
そして「えー、先日の騎士が入り込んだ件について、侵入経路を予測してみました」と最初の話題を切り出した。
エルに目配せして机の真ん中に私の部屋の周辺を拡大した王城の図面を広げてもらう。
もちろん詳細なものは最重要機密であるが、ここにいる面々はそれぞれが別の理由で閲覧権限を持っていたので問題ない。
侍女三人も私の専属ということでルード様が許可を出している。
「やはりあの騎士は私の部屋の出入り口以外の場所から侵入したと思われます」
言いながら図面の下側にある部屋の扉に大きくバツ印をつける。
「あの時間ここにはいつも通り衛士が二人立っていたそうです。私も部屋に入る時に彼らを見ましたが、どちらも普段から担当してくれている者たちでした」
そのバツ印の横に小さく丸を描き、ここに衛士がいたと示す。
気が動転していたので定かではないが、マイラが部屋に入ってきた時にちらりと見えたのもその衛士たちだったはずだ。
「彼らは職務を全うしていたはずです。だからこそ部屋の中の音に気づきすぐさまマイラを呼んでくれたのですから」
「ええ、私を呼びに来たのはケイリックでその間扉を見張っていたのがスタンでしたが、彼らは共に名門の騎士家系の出身ですから家名に懸けて全力で努めていたことでしょう」
私とマイラの言葉に侯爵が「うむ」と頷く。
今回の件で家系を調べたが、確かスタンが侯爵の従姉妹の子だったはずだ、身内だけに彼の生真面目さについては疑う余地もないといったところだろう。
ケイリックについても実はエルの叔父であるとのことだったのでこちらも疑っていない。
「そうなると残りの経路は窓ですか?」
マリー様が唇に人差し指を当ててこてりと首を傾げる。
きょとんとしたような大きな瞳も相まってとっても可愛いとつい胸元をきゅっと握ってしまった。
こんな可愛いマリー様に不意とはいえ嫉妬を抱いてしまった過去を消したい思いだ。
「……こちらも可能性は低いと思われます」
ああ胸が痛いと思っていたらばっちりと目が合ったアゼリアからものすごく醒めた目で見られてしまったため、慌てて話を続ける。
「ここがあの騎士が出て行った窓ですが、彼は窓を開けて出て行きました。もし窓から侵入したのなら逃亡時のことを考えて閉めることはないでしょう。他の窓から入ってきた可能性も考えられますが、すぐに間違いなく全ての窓が閉まっていたことは確認済みでした」
私は図面の左上にある騎士が使った大窓を四角で囲み、その横に並ぶ四つの窓にはバツ印をつけた。
「そしてこの扉の先は浴室などで、この奥には換気用の小さな窓以外ありません」
そのまま右奥にある扉にもバツ印を描く。
まだ下側左右の壁に扉が描かれているが、その扉はそれぞれ私とルード様の部屋へ繋がっているものだ。
当日両部屋は無人ではあったがどこもしっかりと施錠されており、侵入経路たりえる場所ではない。
「……ん?そうなると侵入経路がありませんが」
侯爵がバツ印の加えられた図面を覗き込む。
他に扉や窓の印がないので、侯爵の言う通りこの部屋に他の経路はない。
普通であれば。
「ええ、だけど」
私が侯爵の質問に答えようとするのとほぼ同時に
「ならば残るは王族専用の隠し通路ですね?」
アゼリアがあっさりと答えを言い当てた。
それ、私が言いたかったのにー!!
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