上 下
57 / 80

最悪との最悪すぎる再会

しおりを挟む
そして時はあっという間に経ち、あと一週間で私とルード様は結婚式を行うという日になっていた。
勿論その間にも繰り返しや時戻しの短剣について調べていたのだが、流石オークリッドという大国の王太子の結婚式なだけあって途中からそれどころではなくなってしまったのだ。
当然そんな状況では侍女だけで手が足りるはずもなく、マリー様やアゼリアにも手伝いを依頼したために一旦そちらの調査は結婚式が終わって落ち着くまで全てお預けとなっている。
毎日招待状の手配や衣装合わせ、作法の確認、会場を彩る諸々の確認と忙しなく過ごしていれば時が過ぎるのは本当に早い。
そうしていると体力も思考も限界ギリギリで。
忍び寄る暗い影に私たちは誰一人気がつけないでいた。


「———これより二人は夫婦となり、いついかなる時にも互いを助け合い、人生の良き伴侶として末永く結ばれるものとする!」
わあああああぁっ!!
オークリッド正教の大司祭様による宣言が成されると、その場には歓声が満ちた。
今この瞬間、私はアンネローゼ・アリンガムからアンネローゼ・ユオラ・オークリッドとなった。
この『ユオラ』という名前は義父となる国王陛下につけていただいた。
なんでも古語で「貴女だけを愛する」という意味の言葉の一部だそうだ。
なによそれ、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない…。
陛下もニヤニヤしていたし、絶対面白がってつけたに違いないと思う。
けれど不思議とその響きがしっくりきて、私は有難くそのまま受け入れた。
陛下は「お前マジか」と言いたげな顔をしていたが、気に入ったのだからいいじゃない。
だって意味なんて、私と陛下しか知らないのだもの。
まあその後もう一人増えたのだけれど。
誰って「ユオラ?……ああ、陛下も大概ですね」とため息混じりに言ったアゼリアに決まっている。
さておき、晴れて王太子の婚約者候補から一気に王太子妃になった私は早々にお暇し、初夜に向けルード様を迎える準備をしていた。
とはいえすでに侍女が部屋を整えてくれ、あとは私が湯浴みをして夜着を着るだけだったので、少しだけ休憩として一人の時間をもらった。
忙しさから解放されて、限界だった頭を一度真っ白にしたかったのだ。
「ああ、ようやく終わった…」
達成感に満ちた呟きだったはずだが、その声音は自分が思っていたよりも疲れ切ったもので思わず苦笑が漏れる。
こんなに疲れたのはいつぶりだろう。
「……少しだけ」
私は疲労に身を委ねて重くなった瞼をゆっくりと閉じた。

けれどすぐに目が覚めた。
目を閉じていたのは多分5分くらいだろう。
その僅かな間に、私は誰かに抱きしめられて、
「…んんぅっ!?」
あろうことか先ほどルード様に捧げた唇を誰かに奪われていた。
「んー!!!!!」
感覚でそれがルード様のものではないことはすぐにわかった。
彼のはこんなにカサカサと荒れた感触ではない。
私は必死に抵抗して何とか相手を引き剥がそうとした。
けれど押しても叩いても殴っても、相手は一向に離れなかった。
こうなったら、手段は一つ。
「っつぅ!!?」
相手の唇に思いっきり噛みついてやった。
ようやく少しだけ離れた薄めの唇の端からたらりと血が流れるのが目に映る。
思いっきり噛んだわりには出血量は多くないようだ。
もっと力を込めてがっぷりといけばよかったわ。
それこそ二度とこんなことができないように噛み千切るくらいの勢いで。
「ああ、血が…。全く、久々の再会だというのに酷い人だ」
そう思ったのも束の間、その唇が紡ぐ音に背筋が凍った。
さあっと全身の血が引いていくのがわかる。
「まあ、愛しい貴女が与えてくれた痛みだと思えば、それすらも愛おしくなるけれど」
なんとか顔を上げてみれば、真っ先に目に飛び込んでくるのは一つの黒子。
左目中心の真下にある、見覚えのあるそれは、見間違いようもなくあの騎士のもので。
「会いたかったです、アンナ。私の最愛」
怖気を誘う声で、今ではもう誰も知らないはずの私のもう一つの愛称を告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

処理中です...