婚約破棄から始まる4度の人生、今世は隣国の王太子妃!?

緋水晶

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微妙な情報

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「さて、このお話ももう少しで終わりそうだし、最後まで読んじゃった方がいいわよね」
「そうですね、その先にはそれなりに重要なことなども書かれておりましたので是非」
私が気を取り直そうと心持ち明るい声音で言えば、アゼリアからはいつも通り落ち着いた声が返ってくる。
しかしその言葉は中々に聞き捨てならないことではないかと思えるもので、私の頬はひくりと動いた。
「……え?」
「あ、お気になさらず。続きをどうぞ」
「ええ~…?」
いや気になるわよ。
私は再び重くなり始めた気を少しでも軽くしようとため息を吐き、再び本に目を落とした。
『彼の気持ちが落ち着くのを待ちながらふと彼は何を気にしていたのかと周囲を見回す。そこには先日見たのと何も変わらない活気のある酒場しか広がっていなかったが、彼には違う光景に見えていたのだろうか。隣の席の陽気な男性や酒樽の前に立っている女将がどこぞの国の間者にでも見えたのだろうか。気にはなったが私だけでは結論が出せず、グラスに残っていたワイネを飲み干した。ウィルド青年の重い過去が染み込んだせいかそれが妙に苦く感じて、今度はウィスカイを注文した。そのウィスカイが半分ほどに減った時、彼はようやく「……飲みすぎたかな」と苦笑交じりの声を発した。私は「そうかもしれないね」とだけ返した。それから無言で冷めた料理を平らげ、彼は「そろそろ帰る」と私に告げた。私もウィスカイを飲み切ったところだったので「では私も出よう。勘定は謝礼として任せてほしい」と告げ、共に』
頁をめくる。
『店を出た。その日は晴天で、空には煌々たる満月が輝いている。なんとはなしにそれを見上げながら、私は最後にと気になっていたことを彼に聞くことにした。視線を月から彼へと戻し「さっき君は『時戻しの短剣』で絶命した場合、そこに至る未来を選択し直せる時まで時を遡れると言っていたが、それは具体的にどういった現象なのだろう?」と訊ねた。『そこ至る未来を選択し直せる』という言葉は些か抽象的で掴めない。例えば誰かの結婚式に参加するために乗った馬車が事故に遭ったとする。その場合『時戻しの短剣』はどこまで時を戻すのだろうか。重ねて問えば彼は「そうだな、馬車を予約する時かもしれないし、結婚式の招待状が届いた時かもしれない。あるいは彼らが出会う時という場合もあり得るだろう。この場合重要なのは『時戻しの短剣』を使った人物が何故その短剣を使わなければいけない状況になったのか、だ。短剣を使用するに至った原因が事故であるなら、その事故が起こる馬車に乗らざるを得なかった状況をどの時点なら打破できるのかによる」と答える。しかし酒が回っているせいかまだよく意味がわからない。私が「というと?」と促すと「もし彼が乗る馬車を変えるだけで事故が防げたなら馬車を変えればいい。しかしそれでも事故が避けられない場合は結婚式に行かなければいい。けれどそれも不可能ならば彼らが結婚しなければいいということになり出会いを邪魔する必要がある。そうやって直近の分岐点から遡って、その未来を確実に回避できるところまで戻る。それがこの短剣の力だ」と説明してくれた。なるほど、戻ったところでまた同じ目に遭うというような過去には戻らないということか。それならば確実に生き残れるだろう。私は頷き、彼に礼を言う同時に宿泊先の宿屋の看板が「おかえり」と言うように揺れているのが見えた。扉を潜る直前に今一度見たウィルド青年は目が合うと片手を上げ、夜の闇に紛れて行った。』
そこまで読んで私は本を閉じる。
アゼリアが何も言わないところを見るとそれ以上は読まなくても問題ないらしい。
「……流石国宝と言うべきかしら」
私は閉じた本の表紙をさらりと撫でる。
全くとんでもない短剣に刺されたものだ。
お陰で私は何度人生をやり直させられていると……って、ん?
「あれ?ちょっと待って…」
そこで私はふと思い至る。
今回わかった新たな事実では私と殿下の問題が何一つ解決しないということに。
「ねえ」
「はい。アンネローゼ様のお考え通り、ウィルドという騎士の話からすると『時戻しの短剣』には『死を回避できるところまで時を遡る能力』はあるようですが、『何度も人生をやり直させる』という能力はないようです」
「そうよねぇ!?」
私が何かを言う前に全て察していたアゼリアは先回りして残念な結論を告げた。
それがわかっていたからアゼリアは「それなりに重要」としか言わなかったのだと今更気がついた。
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