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……え?あれと?

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「エル、マイラ、席を外せ」
笑いが収まらない様子の殿下が俯いたままで追いやるように手を振れば、二人は静かに一礼して部屋を出た。
恐らくそれは彼が猫を被っている理由が侍女がいるせいだと判断したからだろうが、当のハリス様はなんだか呆気に取られたような顔をしている。
「なんで…」
呆然としたようなその声は小さかったが、しっかりと私の耳に、そしてアゼリアの耳に届いた。
「馬鹿ね兄様、言ったでしょう?アンネローゼ様は『私が』仕えようと思った方よって」
だから無駄なことはやめなさいって言ったのに、と紅茶を含もうとしたが笑って飲めなそうだと判断したのか口をつけずに戻した。
「ハリスお前まさか、侍女がいるからというだけではなく、アンネローゼ様を試そうとしたのか!?」
一方の侯爵はアゼリアの言葉からハリス様の意図に気づき慌てたように声を大きくした。
王太子妃となられる方になんと無礼な、などと説教を始めているがまだ立ち直っていないハリス様には聞こえていないようだし、私はまだただの婚約者なのでその辺は気にしないでもらいたい。
私は不敬を咎めたわけではなく、単に彼が賢いのに馬鹿のフリをしているような態度を取るのが鼻についただけなのだから。
一瞬合っただけでもわかるほど彼の目は愚か者のそれではなかった。
かつて愚かな婚約者の横に立たされていた私が言うのだ、間違いない。
「どういうことですの?」
けれど彼はマリー様にも猫を被っていたらしく、その上それがバレていなかったものだからマリー様は意味がわからないと人差し指を唇に当てながら首を傾げた。
その顔が可愛かったので幾分癒された私はこほんと空咳をし、マリー様に端的に説明をする。
「あの人のあの妙に軽薄そうな態度は作り物ということですわ。本当はもっと理知的で、けれど狡猾で油断ならない人物のように思えます。あの様子だとそれを知っているのは家族と極近しい人たちだけみたいですが」
「まあ…!」
マリー様は大きな瞳をさらに大きくさせて静々とハリス様に近寄る。
え、何故?
今度は私が首を傾げていると、マリー様はハリス様の前に立ってこう言った。
「貴方は今まで私に嘘を吐いてきたの?」
それは静かな問いかけではあったが、この場を新たな戦場に変える声だった。
そう、最近不思議とよく耳にする、マリー様が怒った時の声だったのだ。
って、いやだから何故?
いくら長年(かどうかは知らないけれど)騙されていたからって、それでマリー様がそんなに怒る理由はないでしょう?
「貴方は私のことを愛していると言いながら、今までずっと嘘を吐いてきたの!!?」
「はああああああっ!!!?」
いつの間にか目に涙を浮かべていたマリー様の大きな声に私の大声が重なった。
だって、え、どういうこと?
愛してるってなに?
ハリス様が、マリー様を?
殿下の婚約者だったマリー様を?
なにそれなにそれなにそれ!!
ちょっとー!誰か私に説明してよー!!
「では私が説明しましょう」
状況についていけないと頭を抱える私にそっとアゼリアが寄り添った。
また思考を読まれていたようだが今はありがたい。
私はこくりと頷きアゼリアに説明を求めた。
「マルグリット様はアンネローゼ様がいらっしゃるまで殿下の婚約者でしたね」
「ええ、そうね」
「けれどずっと破棄を望んでいらっしゃいました」
「それも聞いているわ」
「その理由があれです。彼女はあそこにいる我が兄と想い合っているのですよ」
「へぇ、そうなの」
「ええ」
アゼリアは都度区切りながらゆっくりと私に説明してくれる。
誤解がないほど簡潔に。
だから私も過たず理解したのだが、納得するまでには時間がかかった。
「…………え?待って、あれと!?」
というか納得できなかった。
マリー様にとっては殿下よりもあれがよかったなんて。
「………お気持ちはお察ししますが、一応あんなのでも私の兄でして…」
「あ、そうよね、ごめんなさい」
つい信じられなくてアゼリアを見てしまったが、確かにそこで当人の妹を見るのは間違っていた。
かと言ってまさか殿下を見るわけにはいかない。
そう思って侯爵を見たのだが、
「……あんなのでも一応、私の腹心でして……」
苦虫を噛み潰したような顔で侯爵は胃を抑えていた。
なんか、ごめんなさい。
だがそうなると侍女がいない今、私は誰にこの気持ちをわかってもらえばいいのだろう。
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