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核心には近づいていますが、私にはわからないことだらけです

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その場に何とも言えない沈黙が降りる。
求めていた情報がこんなに近くにあったことに驚く殿下、アゼリアの知識量に驚く私、何が何だかわからないという顔をする侯爵とマリー様、そして自分の発言が沈黙の理由だとわかっているアゼリア。
誰もがなんと言ってこの沈黙を破ればいいのか掴みあぐねていた。
「えーと、アゼリア、君は」
「あ、もしかして御伽噺の?」
だから殿下が頭を掻きながらなんとか言葉を捻り出そうと口を開いたのだろうが、それにマリー様の声が重なる。
彼女にしては少し大きな声だったが、その理由は口元に手を当てて驚きに目を丸くするマリー様の顔を見れば察せられるというものだ。
そう、彼女は「まさか」という思いで思わず口を開いたのだ。
まさか自分が知っている御伽噺に出てくるものが「それ」なのかと。
「そうです」
そしてアゼリアはホッとしたような顔でマリー様に同意を示した。
自分以外にも知っている人がいて安心したのだろうか。
「ちょっと待ちなさい、御伽噺で死んで繰り返すというとあれかね、ええと、『騎士のやり直し物語』と言ったか」
「ああ、あれか」
そう思っていたら侯爵も殿下もその御伽噺に思い至ったようだ。
ということは彼女のあの顔は「よかった、これ有名な話ですよね?」といった類のものだったのか。
しかし私はと言えば、4人が知っているというこの話に全く心当たりがなかった。
別に幼少期に絵本や御伽噺を読んでもらったことがないわけでもないのに。
「ああ、この話はオークリッドの、所謂高位貴族に当たる家にのみ伝わる話なのですよ」
そう思い一人首を傾げていると、アゼリアがまたも思考を読んだタイミングで私に告げる。
ただ今回は明らかに私がわかっていない顔をしていたから誰でも私の考えていることがわかっただろう。
それに彼らの言う『騎士のやり直し物語』がそういう性質のものならば、私が知らなくて当然だと考えもしただろうし。
「ローゼ様、よろしければ私が概要を説明させていただきますわ」
「ではお願いしても?」
「ええ!」
マリー様も気がついたのか、アゼリアの言葉に私の方を振り返るとやや遠慮がちに近づいてきた。
私が頷くと笑みを浮かべたが、その顔はまだどこか晴れない。
「マリー様?」
不思議に思って促せばハッとしたように「えっと、この物語は」と話し始めたが、なんとなくそのことが胸に引っ掛かった。
先ほど珍しく怒った姿を見せたから気まずい、とかなら別にいいのだけれど。
さておき、彼女の話を要約すると『騎士のやり直し物語』というのは題名通り主人公の騎士が人生をやり直すというものだった。
彼が仕えていたオークリッドの第二王女が何者かに攫われ、追って行った彼はそこで命を落とすが不意に目を覚ますと王女が誘拐された直後に戻っており、前回の失敗を繰り返すまいと準備をした彼は見事王女を取り返して、帰還後その王女と結ばれるという物語らしい。
「えーっと…?」
話を聞き終えた私はマリー様を、次いでアゼリアを見て再度首を傾げる。
確かに主人公である騎士の身に起きた出来事は私と殿下の『繰り返し』に似てはいるが、しかし肝心の呪具が出てこないではないかという意味を込めて。
さらに侯爵、殿下と視線を移していくが、アゼリア以外は大体同じ表情をしていた。
私に同調するような、彼らも同じ疑問を持っているという顔だ。
「それはそうでしょう。今マリー様がお話しになったものは改変後の物語ですから」
「…改変後?」
苦笑を浮かべるアゼリアに殿下が問う。
「よくあるでしょう?表現が相応しくないとか、出てくる地域やものの名称が時代に合っていないとか」
そこで一旦言葉を区切ったアゼリアに私たちは頷いたが、
「……時の権力者にとって都合の悪い内容が含まれていたりとか、することが」
苦笑を消したアゼリアの言葉にはびくりと身を竦める。
表に出ることはないものの、確かにそういう御伽噺があるのは事実だからだ。
例えば民衆の暮らしが第一だと考える優しい領主の物語が、そう言いながらも最後には領民を見捨てて国を逃げ出した領主の物語にされるだとか、領民に重税を課していた悪徳領主が、実は国を守るために憎まれ役を買って出ていたのだということにされたりすることがある。
二度目の人生で関わった一座の座長はそういう改変された物語を集めるのが趣味だったらしく、暇を見つけては私や子供たちに聞かせてくれていた。
だからアゼリアの言いたいことはわかる。
つまりこの話に本当なら存在したはずの呪具の存在が、いずれかの世で誰かに消されたのだ。
一体何のために?
「だが、これは御伽噺で、創作の物語であろう?」
侯爵は軽く頭を振りながらそう言ったが「いいえ」とアゼリアは返す。
「これは実話を元にした物語なのです」
「……何故言い切れる?」
「調べましたから」
侯爵はその先を聞くのを怖がるように顔を強張らせながらもアゼリアに続きを促した。
まるでそれが自分の義務だと言うように。
今までは普通に話を聞いていたのに、何が彼をそうさせたのか、この時の私にはわからなかった。
「まず改変についてですが、私の家には多数の書籍があり、そのほぼ全てが二冊以上存在します」
アゼリアはその侯爵の顔を見て僅かに目元を歪めて、それでもしっかりとその言葉に答える。
気づけば彼女の右手はドレスの裾を強く握っていた。
これも私にはわからない。
わからないことが多すぎて情報が頭の中でまとまらなくなりそうだ。
「1冊は初版本、そして2冊目以降は改変後のものです」
「!!」
侯爵とアゼリアは見つめ合う。
妙に緊迫した空気がその間を流れていく。
私と、殿下とマリー様にもわからない『何か』がそこには確かにあった。
けれどそれを考えるのは今ではないとして、私は彼らの話す内容にだけ集中しようと今一度耳をそばだてた。
「この物語は随分古いものですが改変は過去に1度だけで、それもほんの僅かに一文を抜いただけのものでした」
アゼリアは目を逸らさずに侯爵に告げる。
それを見る侯爵の顔は強張り、アゼリアのように拳が強く握られていた。
「その、文は…?」
「その一文は『騎士は今まさに命を落とさんとするその瞬間、国王より賜った「時戻しの短剣」を自らの胸に突き刺したのです』というものでした」
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