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殿下に疑問をぶつけました
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こんな都合のいいことってあるんだろうか?
望まぬ相手とはいえ6年も別の男性の婚約者だったというのに、出会ってひと月程度しか経っていない相手を愛したばかりか、その相手から愛を返してもらえるなど。
「嘘よ…」
それを簡単に信じられないのは記憶にある3回の人生のせいだろうか、それともいまだ思い出せぬ5回の人生のせいだろうか。
いずれにしろ不運続きの私にこんな幸運が訪れるだなんて思えなかった。
「嘘ではない。いきなり言われても信じられないとは思うが、誓って真実だ」
首を振る私にそう訴える殿下の目には確かに嘘の色もなければ誤魔化しの色も浮かんではいない。
だからと言ってならばそれを素直に信じられるかと言われれば別問題だと思う。
だって愛される理由がないし、何より私にはまだ疑問があるのだから。
「…殿下、私は先日殿下よりお話を聞き、疑問に思っていることがあるのです」
その疑問が解けなければ、私は殿下への愛を口にすることもできなければ彼の愛を信じることもできない。
殿下の胸からそっと体を離し、私は彼の顔を真っ直ぐに見た。
「……なんだ」
胸から離れることを許しはしても完全に離れることは許さないと言うように私の背に腕を回した殿下は眉間に皺を寄せた顔で応えを返す。
面白くない、渋々だ、という気持ちが滲み出ているようだ。
「そんな怖いお顔をされると言い難くなってしまいますね」
その顔があまりにも険しかったものだから、私はついそう言ってしまった。
そして言ったことを後悔した。
「仕方ないだろう。早く口説き落とさないと君はまたどこかへ行ってしまうかもしれないのだから」
殿下は眉間の皺をさらに深くしながらそう返したのだ。
こんな一面があると知らなかったとはいえ、そんなことを言われてはこれからしようとしている話がさらに切り出し難くなってしまう。
「あの、逃げませんから…」
だからせめてお互い椅子に座り直しましょう。
私は場の空気を変えようと言外にそう言ったつもりだった。
「…わかった」
そして殿下も今回はそれを読み取ってくれた。
ぽすん。
「……へ?」
だが何故私は殿下の膝の上に座らされたのか。
当然ながら私はそう座ろうと言ったわけではない。
「で、でで、殿下、あの、下ろして」
「下ろすわけがないだろう、せっかく乗せたのに」
「あ、あわわわ…」
誰かこの状況を説明してほしい。
できれば100文字以内程度で簡潔に。
そんな私の混乱など空気を読んでくれない殿下には通じないのか、殿下は再び私の手を取り、持ち上げたその甲に口づけを落とす。
「君の話はちゃんと聞くし疑問にも答える。けれど俺は俺で君を口説くぞ」
ちらりと振り返れば、殿下は獰猛とすら思えるような顔で笑っていた。
本当に人が変わってしまったのかと思うほどの変貌だ。
一体何が殿下をこんな風にしたのか。
「実はここに来る前にマイラたちに会ってきた。そこで君が俺との結婚を嫌がっていないと聞いて舞い上がる気持ちを必死に抑えていたんだ。なのに君はとんでもない誤解をしていて、おまけに俺の気持ちを信じてもくれない。なら誤解を解いて信じてもらうしかないだろう」
私の心の声が聞こえたわけでもあるまいに、殿下はこの行動の理由を教えてくれる。
けれどそれを聞いて「それでしたら存分に口説いてください」とはならない。
むしろ今は先にしたい話があるのだから非常に困る。
「誤解はもう解けましたから!!」
だからこの状況を何とかしたいのだが、殿下は聞いてくれない。
「どうだろうな。ならば何故俺の気持ちを信じてくれない?」
持ち上げたままの私の右手を握り込み、髪や項にも唇を寄せる。
柔らかで温かな感触が微かに何度も触れるのが二重の意味で擽ったい。
当然今までそんなことを誰にもされたことがないから、恥ずかしさがどんどん募っていく。
初めての結婚式であんなことになったせいか、私は今までの人生で男女の接触をしたことがなかったのだ。
「それは…」
熱に浮かされたような頭でそう思った時、ある事実に気がついてその熱を全て消し去るような冷や水を浴びせられた気分になった。
私はこんな風に甘やかされるように男性に触れられるのは初めてだった。
けれど何度か結婚をしていた、立場上絶対に世継ぎを残さなければならなかった殿下は、絶対に初めてではない。
妙に手慣れているのも、恥ずかしそうな様子がないのも、全部私以外の誰かと『経験済み』だからなのだ。
私は殿下しか知らないのに。
何故だろう、そう思ったら急に冷静になれた。
嫉妬という感情を知らなかった私は胸に不快感を抱えたまま、殿下から手を奪い返し、急いで立ち上がって体の自由も奪い返し、さっさと彼から離れて不満げな色を浮かべている緑の瞳を睨んだ。
「殿下、一時休戦です」
「俺は戦っていた覚えはないが」
「今大事なのはそこではありません」
「俺にとっては大事な」
「殿下?」
「……わかったよ」
私が食い気味に呼ぶと、殿下は両手をあげてため息を吐いた。
降参、ということだろう。
「口説くのは君の話を聞いて答えてからにする。それでいいんだろう?」
「………はい」
本当はよくないが、とりあえず今はそういうことにしておく。
ともあれ了承は得たと、私は居ずまいを正して殿下に問うた。
「以前のお話しで、私はこの国の牢に捕らえられていたと仰っていましたね?」
「……ああ」
殿下はその言葉を聞くなり「その件か」と言いたげな様子で顔を顰める。
あの時の話しぶりからも察していたが、余程言い難い内容なのだろう。
それでも私は私のために聞かなければならない。
「何故私はこの国の牢に捕らえられていたのでしょう?何故私は心に傷を負ったのでしょう?」
そこで一度言葉を切り、気持ちを整えようと私は息を吸う。
「…何故私は、貴方に殺されたのでしょう?」
そして真っ直ぐに殿下の目を見つめながら一番聞きたいことを訊ねた。
それがどんな理由でもいい。
今の人生に、そしてこれからの生に関係ないのならば。
以前感じた通り、本当に私を助けてくれるためだけなのだとしたら問題はないのだ。
でももし何か、もっと根本的な理由からだとするならば、私はそれを知らなければならない。
「答えてくださいますか?」
私は黙ってきつく結ばれた殿下の口がゆっくりと開いていくのを見つめていた。
望まぬ相手とはいえ6年も別の男性の婚約者だったというのに、出会ってひと月程度しか経っていない相手を愛したばかりか、その相手から愛を返してもらえるなど。
「嘘よ…」
それを簡単に信じられないのは記憶にある3回の人生のせいだろうか、それともいまだ思い出せぬ5回の人生のせいだろうか。
いずれにしろ不運続きの私にこんな幸運が訪れるだなんて思えなかった。
「嘘ではない。いきなり言われても信じられないとは思うが、誓って真実だ」
首を振る私にそう訴える殿下の目には確かに嘘の色もなければ誤魔化しの色も浮かんではいない。
だからと言ってならばそれを素直に信じられるかと言われれば別問題だと思う。
だって愛される理由がないし、何より私にはまだ疑問があるのだから。
「…殿下、私は先日殿下よりお話を聞き、疑問に思っていることがあるのです」
その疑問が解けなければ、私は殿下への愛を口にすることもできなければ彼の愛を信じることもできない。
殿下の胸からそっと体を離し、私は彼の顔を真っ直ぐに見た。
「……なんだ」
胸から離れることを許しはしても完全に離れることは許さないと言うように私の背に腕を回した殿下は眉間に皺を寄せた顔で応えを返す。
面白くない、渋々だ、という気持ちが滲み出ているようだ。
「そんな怖いお顔をされると言い難くなってしまいますね」
その顔があまりにも険しかったものだから、私はついそう言ってしまった。
そして言ったことを後悔した。
「仕方ないだろう。早く口説き落とさないと君はまたどこかへ行ってしまうかもしれないのだから」
殿下は眉間の皺をさらに深くしながらそう返したのだ。
こんな一面があると知らなかったとはいえ、そんなことを言われてはこれからしようとしている話がさらに切り出し難くなってしまう。
「あの、逃げませんから…」
だからせめてお互い椅子に座り直しましょう。
私は場の空気を変えようと言外にそう言ったつもりだった。
「…わかった」
そして殿下も今回はそれを読み取ってくれた。
ぽすん。
「……へ?」
だが何故私は殿下の膝の上に座らされたのか。
当然ながら私はそう座ろうと言ったわけではない。
「で、でで、殿下、あの、下ろして」
「下ろすわけがないだろう、せっかく乗せたのに」
「あ、あわわわ…」
誰かこの状況を説明してほしい。
できれば100文字以内程度で簡潔に。
そんな私の混乱など空気を読んでくれない殿下には通じないのか、殿下は再び私の手を取り、持ち上げたその甲に口づけを落とす。
「君の話はちゃんと聞くし疑問にも答える。けれど俺は俺で君を口説くぞ」
ちらりと振り返れば、殿下は獰猛とすら思えるような顔で笑っていた。
本当に人が変わってしまったのかと思うほどの変貌だ。
一体何が殿下をこんな風にしたのか。
「実はここに来る前にマイラたちに会ってきた。そこで君が俺との結婚を嫌がっていないと聞いて舞い上がる気持ちを必死に抑えていたんだ。なのに君はとんでもない誤解をしていて、おまけに俺の気持ちを信じてもくれない。なら誤解を解いて信じてもらうしかないだろう」
私の心の声が聞こえたわけでもあるまいに、殿下はこの行動の理由を教えてくれる。
けれどそれを聞いて「それでしたら存分に口説いてください」とはならない。
むしろ今は先にしたい話があるのだから非常に困る。
「誤解はもう解けましたから!!」
だからこの状況を何とかしたいのだが、殿下は聞いてくれない。
「どうだろうな。ならば何故俺の気持ちを信じてくれない?」
持ち上げたままの私の右手を握り込み、髪や項にも唇を寄せる。
柔らかで温かな感触が微かに何度も触れるのが二重の意味で擽ったい。
当然今までそんなことを誰にもされたことがないから、恥ずかしさがどんどん募っていく。
初めての結婚式であんなことになったせいか、私は今までの人生で男女の接触をしたことがなかったのだ。
「それは…」
熱に浮かされたような頭でそう思った時、ある事実に気がついてその熱を全て消し去るような冷や水を浴びせられた気分になった。
私はこんな風に甘やかされるように男性に触れられるのは初めてだった。
けれど何度か結婚をしていた、立場上絶対に世継ぎを残さなければならなかった殿下は、絶対に初めてではない。
妙に手慣れているのも、恥ずかしそうな様子がないのも、全部私以外の誰かと『経験済み』だからなのだ。
私は殿下しか知らないのに。
何故だろう、そう思ったら急に冷静になれた。
嫉妬という感情を知らなかった私は胸に不快感を抱えたまま、殿下から手を奪い返し、急いで立ち上がって体の自由も奪い返し、さっさと彼から離れて不満げな色を浮かべている緑の瞳を睨んだ。
「殿下、一時休戦です」
「俺は戦っていた覚えはないが」
「今大事なのはそこではありません」
「俺にとっては大事な」
「殿下?」
「……わかったよ」
私が食い気味に呼ぶと、殿下は両手をあげてため息を吐いた。
降参、ということだろう。
「口説くのは君の話を聞いて答えてからにする。それでいいんだろう?」
「………はい」
本当はよくないが、とりあえず今はそういうことにしておく。
ともあれ了承は得たと、私は居ずまいを正して殿下に問うた。
「以前のお話しで、私はこの国の牢に捕らえられていたと仰っていましたね?」
「……ああ」
殿下はその言葉を聞くなり「その件か」と言いたげな様子で顔を顰める。
あの時の話しぶりからも察していたが、余程言い難い内容なのだろう。
それでも私は私のために聞かなければならない。
「何故私はこの国の牢に捕らえられていたのでしょう?何故私は心に傷を負ったのでしょう?」
そこで一度言葉を切り、気持ちを整えようと私は息を吸う。
「…何故私は、貴方に殺されたのでしょう?」
そして真っ直ぐに殿下の目を見つめながら一番聞きたいことを訊ねた。
それがどんな理由でもいい。
今の人生に、そしてこれからの生に関係ないのならば。
以前感じた通り、本当に私を助けてくれるためだけなのだとしたら問題はないのだ。
でももし何か、もっと根本的な理由からだとするならば、私はそれを知らなければならない。
「答えてくださいますか?」
私は黙ってきつく結ばれた殿下の口がゆっくりと開いていくのを見つめていた。
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