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殿下の話を聞きました

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告げられた言葉があまりにも衝撃的で、私は酸欠の魚よろしく意味もなく口を開けたり閉めたりしている。
いや、別にそうしたいわけではなく、何かを言わなくてはと思って口を開いても結局なんと言えばいいかわからずに口を閉ざすということを繰り返しているだけなのだが。
だってそうでしょう?
自分が死ぬと婚約破棄の瞬間に戻るという不思議な現象が何故起きているかもわかっていないのに、それを知っている人が他にもいただなんて夢にも思っていなかったのだから。
しかし、と私は気づく。
それならば、それを知っている殿下は、いえ、殿下『も』…?
「あの、もしかして殿下も、その、繰り返し、を…?」
確証はないから私は遠回しに殿下に訊ねた。
『繰り返し』という曖昧な言葉でも私と同じ経験をしているのならば、それでも意味は通じるはずだと思って。
「ああ。私は今までに何度か死んだが、その直後に気がつくと何故か君が婚約破棄を言い渡されるあの瞬間に人生が巻き戻っている」
そしてその推測通り殿下には意味が通じたし、殿下もまた繰り返しを経験していた。
同時に、だからカミラが間者だったと知っていたのだとあの時の疑問が氷解する。
「そうだったのですか…」
私は驚きながらも仲間を見つけたような喜びも感じて、やや身を乗り出しながら殿下に告げた。
「あの、私はこれまでに3回ほど死んでおりまして、これが4回目の人生なのですが、殿下もですか?」
殿下が今までに何度繰り返しを経験しているのかわからない。
私より多いのか少ないのか。
それも知りたいと考えての発言だったのだが、
「違う。私も君も、これが9回目の人生だ」
まさか自分の繰り返しの回数が違うと指摘されるとは考えてもみなかった。
だが考えてみれば殿下の繰り返しが同じ瞬間からなのであれば、殿下の繰り返し分一緒の空間にいた私も繰り返しているのは当たり前で、ならば殿下に9回分の記憶があるなら当然私も9回生きているはずなのだ。
とはいえ私には4回分の記憶しかなく、殿下が知っているその他の5回分の人生の記憶がまるでない。
「えっ!?ええっと…?」
だからすぐ納得できるはずもなく、私は出ない言葉の代わりに目で殿下に問うた。
私たちの人生が9回目とは一体どういうことなのか教えてもらえないか、と。
「……私が初めての生で見た君は、婚約破棄を告げられた後ファビアン殿に対し反論していたが衛兵に連れられてあの広間を去っていった。その後の君がどうなったかは知らないが5年後にあの間者の手引きでマリシティ国は滅び、それをきっかけにガルディアナ国は次々と戦を起こした。そして今から20年後、大国になったガルディアナと我が国は戦となり、国王となっていた私は戦死した」
殿下は私の視線の意味を正確に読み取って、自分の一度目の人生を語ってくれた。
王という立場にありながら国を滅ぼされたというその顔に浮かんでいる感情は絶望か憤りか。
きっと辛い記憶を思い出して顔を歪めているに違いないと思って申し訳なく思いながら垣間見た殿下の顔は、しかし何の感情もない凪いだものだった。
強いて言えば諦めのようなものはあったかもしれない。
けれどそれもほとんど感じないくらいに殿下の感情は『無』だった。
「その直後、というのはあくまで私の体感だが、私は気がつくと、とうの昔に滅んだはずのマリシティ国の王城の広間に立っていた。そしてすぐに「お前との婚約を破棄する!」という声が聞こえた」
「!!」
殿下のその表情の理由が気にはなったが話がそのまま続いたため黙って聞いていると、殿下が自分と全く同じ経験をしていたのだと知らされる。
死んだ時期にズレがあるはずなのに、死後の感覚も同じなら繰り返しの始まりも同じタイミングだった。
殿下は目を見開いた私の表情からそれを悟ったのか、小さく頷くと話を再開した。
「その時は私も動転しており、君がファビアン殿になんと返したのかは聞いていなかったが、それでも君が自分の意志で広間を出て行くのを見た。私はその後1度目の人生よりもほんの数分だけ長生きしたが再び戦死した」
「え?」
「次の生では君は、もう全てわかっているといった様子で辞去を告げるとさっさと広間から出て行った。私はその姿を見てもしかしたら君もこの繰り返しを経験しているのではないかと思い、マリシティ国王に君のことを訊ねたのだが、君がファビアン殿の婚約者の侯爵令嬢であることくらいしかわからなかった。無駄足に終わったかと思ったが、私はその場でふと歴史を変えられるのか試そうと思いついて、マリシティ国王にあの男爵令嬢が間者だと伝えてみた。すると思惑通り歴史は変わり、世界を巻き込んだあの戦争を阻止することができた。私はそれまで通り数年後に国王になり、備えもいらなければ戦死の心配もなくなったとやるべきことを終えるとすぐに弟に譲位して君を探すことにした。歴史が変わった今ならもしかしたら見つかるかもしれないと考えたんだ。しかし君は見つからず、私はその旅の途中で今度は事故で死んだ」
ジェラルド殿下は私がつい上げてしまった声にも答えることなく淡々と3度目の人生の話を終える。
自分の人生であるはずなのにどこか他人事のような、「どうでもいい」と思っているような雰囲気だ。
「次の生で私は君が広間を出るのと同時に控えていた側近に君を連れてくるようにと指示を出した。けれど君はいつの間にか王城から姿を消していた。だが私の側近は優秀でね、すぐに王都の夜道を平民の男と貴族の女が歩いていたという情報を掴んできた。それが君とは限らなかったが彼らがベナン国へ向かったのだろう馬車の跡を見つけたと言うので追わせたんだが、結局そちらの行方もわからないまま5年ほどが過ぎた」
なのにこの4度目の人生について話を始めた殿下は初めて表情を変えた。
まるで自分が取り返しのつかない失敗をしたことを悔いるような、そんな表情だった。
「……数年後、それまでの人生で初めて君が見つかった。しかも我が国の牢の中で」
「…牢?」
苦しそうな表情を浮かべる殿下の様子も気になったが、それよりも自分がいた場所がさらに気になる。
何故自分が牢屋になど入れられていたのか。
婚約破棄に起因する出来事にしては時間が経ち過ぎている気がするのだが。
しかしその回答は得られないまま殿下の話は続く。
「その時の君は、……心に傷を負っていて、とてもじゃないが生きていける状態ではなかった」
殿下は一瞬言い淀み、なにかを隠すように一度視線を下げた。
けれど息を吐くとすぐに戻し、再び私の方を見てはっきりと私に告げる。
「だから私は、君と私の体を剣で貫いた」
「っ!!」
そうして紡がれた言葉は予想外過ぎて、私はたまらずあげそうになった悲鳴を手で押さえて息と一緒に飲み込んだ。
だがどうしても強張った体と顔、そして恐怖を感じて揺れる瞳を殿下から隠すことはできなかった。
だって自分の記憶にはなくても、目の前に座っている殿下は私を殺したことがあるとはっきりと言ったのだ。
実感がなかったとしても、それを聞いて恐怖を感じない人間などいないだろう。
私は自分の手や体が震えるのを必死に抑えようとした。
向かいに座る殿下はそれを静かな目でじっと見ている。
言い訳するでもなく、かと言って謝罪するわけでもなく、ただ私の態度を受け入れていた。
きっと今なら叫んでも殴りかかっても、殿下は黙って受け入れるのだろう。
殿下の目を見ている内にそのことに気がつき、その静かさにつられるように段々と彼に対する恐怖は収まってくる。
少なくても今の彼には私を殺す気はないし、多分その時だって彼は私を救おうとしてくれたのだろうことが遅ればせながらに理解できたからだ。
そうなると気になってくるのが殿下がその時に共に自分の命も断ったと言ったこと。
何故、どうして、と疑問が次から次へと湧いてくる。
「……その後はまたあの婚約破棄の場に戻った。だが君は心の傷が深すぎて、戻ると同時に広間で錯乱し、そのまま侯爵家に軟禁されてガルディアナとの戦渦に巻き込まれ亡くなったと聞いた」
再び無表情に戻った殿下は私が落ち着きを取り戻したと判断したのか説明を続けたが、あっさりしすぎたその説明は先ほどの衝撃にかき消され、混乱した頭には上手く入ってこない。
何故私は捕らえられたの?
どうして生きられないほどの心の傷を負ったの?
何故私を殺したという貴方が、今回は何食わぬ顔をして私に求婚してきたの?
どうして、貴方も私と一緒に死んだの?
……駄目だ、理解ができないことが多過ぎて無意味な思考だけが回転の鈍い頭を巡る。
「その次の生で見た君はもう錯乱していなかった。……その代わり、冷静に自分の生をその場で終えた」
「……え」
それなのに不意にその言葉だけは耳に入ってきた。
けれどそれもまた理解できないものだった。
いや、頭ではちゃんと理解してはいる。
でも心が理解しようとしない。
だって、殿下が今言った言葉の、意味は……。
「……婚約破棄を告げられた君は小さく了承を返すと広間からバルコニーへ出て、そのまま柵を乗り越えて中庭に飛び降りたんだ」
巡っていた多くの疑問が新たなたった一つの疑問に塗り替えられた頭に、理解したくなかった推測が無情にも肯定される言葉が届く。
ああ、やっぱりそういうことなのね。
とうとう心の許容量を超えた私はそのまま意識を手放した。
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