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ルナ編

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「ってことで、チャキチャキ吐いちゃおー!」
「って、空気ぶち壊しか!」
2人が和解を進めている傍らでいそいそと持ち込んだお菓子とお茶を用意していたルリアーナは、話がひと段落したようだと判断して意気揚々と拳を上げた。
それにルナがツッコむもののどこ吹く風、ルリアーナはアデルがルリアーナのために用意させたウィレル家特製のフィナンシェとマシュマロを嬉しそうに眺めていた。
「そう言えばルリアーナ様はルナさんが前世持ちだとご存知でしたが、ルナさんは知らなかったんですか?」
ふとアデルが先ほどルナが知らなかったと言っていたことが気になって彼女に問うた。
それを知っていたから言うことを聞いていたのではないかと。
「知らなかったわよ。だってこの人、突然やって来て恐怖に震える私を殴ったのよ!?そんな人がどんな人かなんて考えてる余裕もなかったし、できれば思い出したくもなかったわ!」
その前にルリアーナに散々楯突いてイキり倒したのだが、そのことを蒸し返せば何が起こるかわからないとルナはそのことを口にはしなかった。
しかしそれを知らなくてもアデルはルナのその言葉を聞いて「な、なるほど」と納得した。
確かにそんな状況では冷静に対処できず、悟ることは不可能だっただろうと。
「だあって、一度痛い目見ないとわかんないでしょー?」
ルリアーナはルナにそう言い、追い討ちのように「お陰で二度とやろうとなんて思わなかったはずよ?」とにっこり笑って見せる。
それを見てルナは「あ、やっぱりこの人超危険」と判断し、この先も決して逆らいはしまいと心に誓ったのだった。
「まあまあ、前世の話をすれば状況が変わるかもしれませんし、とりあえずルナさんのお話しを聞かせてくれませんか?」
「むぐっ」
アデルはルナの口にマシュマロを突っ込みながら、前世の話を彼女に強請った。
マシュマロが邪魔ですぐにはしゃべれない、という文句をマシュマロと共に噛み砕いて飲み込んで、ルナは深いため息を吐いた。
「私の前世は普通の女子高生だったよ。一般家庭で何不自由なく過ごしたし、学校も部活も楽しくて、不満を持った記憶はない。君となは友達に勧められて、一応無印から3までのキャラや話は知っているけど、借りてプレイしたのはその時の最新作の4だけ。続きものじゃないし別にいいかなって。で、一番のお気に入りはレックスで、彼のルートだけ3周はしたわ」
「あれ?でもレックスに好みじゃないって言ったって…」
話の途中だったがそのことが気になってアデルが問えば、
「だって彼、最後には更生するけど序盤は女癖が悪くて浮気性な、絵に描いたような屑キャラなのよ?ゲームでは『危険な男』『遊び人』ってのが売りで、私もそんな彼が好きだったけど、その途中経過を目の前でやられた日には目も当てられないわ。あいつ、ヒロインの前でわざと、しかも見せつけるように他の女の子とキスするのよ!?」
その疑問にルナは「そんな奴選ぶと思う?」と顔を顰めた。
確かに君とな4でのレックスというキャラは少し長めの髪に着崩した制服がだらしない中に色気を醸し出す、所謂女誑しであった。
それは間違いないし、ルナが言っているエピソードも彼のルート序盤で確かにあった。
しかしアデルは「え?」と疑問の声を上げる。
「えっと、確かに設定はそうですが、今のレックスはいい子ですよ?私が幼い頃に教育しましたから」
「…なん、だと!?」
だってあまりにも設定が酷くて可哀想で、と語ったアデルの言葉はルナに届いているのか。
彼女は愕然とした表情で「何故レックスにあんなことを言ってしまったのか…」と後悔の涙を流した。
女誑しというただそれだけが気にかかる点で、それ以外は全て完璧に好みだったのに。
今思い出してみれば、確かにレックスは制服をちゃんと着ていたし、女の子を侍らせていたこともなかった。
自分以外に転生者がいるわけがないのだから、他の転生者の影響でキャラの性格が変わっていることもないだろうと思い込んでいたのが間違いだった。
あああああ、もう一度出会いの時からやり直したい…。
ルナは最愛のレックスと二度とまともな関係を築けないと気づき、ショックに打ちひしがれていた。
ある意味これが彼女に対する最大の罰かもしれない。
「ま、まあまあ、過ぎたことを言っても仕方ないわ。続きを聞かせてくれる?」
そんな状態のルナを見て、今は慰めの言葉を掛けるよりも別の話題で気を逸らした方がよさそうだと判断したルリアーナはやや強引にではあったが、ルナに話の続きを促した。
それに対し、やや虚ろな表情で「…そうですね、そうです、よね…」と答えたルナの声には全く覇気がなかったが、話してくれそうな雰囲気だったのでルリアーナは黙ってルナが口を開くのを待つ。
「ええっと、学校行って部活して君とな4をやって、…えーっと、あと何かしてたかな…」
再び口を開いたルナは、しかしふと眉を顰め、自分の記憶を確かめる。
「うーん、これと言って特徴のあることはしてませんね。まあ、死に方がちょっとアレだったけど」
「…覚えているの?」
うーんと頭を捻るルナの言葉にルリアーナは意外そうな声を上げた。
今まで聞いた中でしっかり覚えていたのはアデルとリーネだけだったから、ルナもまたイザベルのように何らかのきっかけがないと思い出さないのではと考えていたのだ。
「あ、はい。なんか、学校からの帰りに知らない男の人につけられて、最初は無視してたんですけど途中でいい加減腹が立ってきて、「あんたさっきからなんなのよ!キモいんだけど!?」って怒鳴ったら「ああ、君も違うんだね」とか言われて突き飛ばされて。多分車に撥ねられたかなんかで病院に運ばれて、一命は取り留めたんです、けど」
「…けど?」
ルナは「ちゃんと覚えてますよ」と自分の身に起こったことをなるべく正確に伝えようと細かく説明していたが、そこで一度言葉を区切った。
やはりいざ自分が死んだ時のことを口にするとなると躊躇われるのだろうなとルリアーナは思ったが、ルナは「あの」と一呼吸置いて、
「えっと、私の死に際って、ちょっと色々問題にされがちというか、その人の道徳観とかによっては結構問題になったりすることなんですけど、言った方がいいですか?」
ちらりと2人を窺うようにしながら言葉を止めた理由を説明した。
もちろんより詳しく状況や人物を特定するためには説明はしてもらった方がいいのだが、この時点でアデルはルナの前世に思い至っていたため「いえ」と言ってため息を吐いた。
「今までのお話しで貴女が誰であるかわかりました。だから必要ありませんよ」
「そっか」
ルナはアデルのその言葉に目に見えて肩の力を抜き、安堵を見せた。
ルリアーナには理由がわからないが、ルナのそんな様子から何かとても言い難いことだったのだろうと思い、深く追求することはなかった。
事件について知っているアデルがわかったと言うなら無駄に彼女の傷を抉る必要はない。
「恐らく貴女は私たちがストーカー事件と呼んでいる事件の2人目の被害者です」
言うが早いか、アデルは懐から例の紙を取り出し、ささっと書き込みをする。
「ちなみにお名前を伺っても?」
書きながらアデルはついでとばかりにルナの名前を問う。
「ああ、清水莉緒」
「……やっぱり」
そう言えば言っていなかったとルナが告げた前世の名。
しかしその名を聞いたアデルの反応は『自分の予測が正しかったことが証明された』というものだった。
「え?」
ルナはどういうことかと聞き返したがアデルは答えず、代わりに何事かを書き記していた紙をルナに見せた。
「…貴女の疑問には、これを見てもらってから答えてもいいですか?」

君となの登場人物に転生してきた人一覧
・君とな無印
 ヒロイン:シャーリー…転生者。今はルカリオを追ってクローヴィア?(棚橋紗理奈/ストーカー事件被害者/警察に助けられた人)
 悪役令嬢:イザベル/中村鈴華…転生者(ストーカー事件被害者)ハーティア/第一の被害者
・君とな2
 ヒロイン:カロン…転生者?処刑済み
 悪役令嬢:ルリアーナ/野田芽衣子…転生者(ストーカー事件被害者)ディア/熱中症の人
・君とな3
 ヒロイン:リーネ/中村美涼…転生者(ストーカー事件関係者)スペーディア/犯人を追っていた人
 悪役令嬢:アナスタシア…不明
・君とな4
 ヒロイン:ルナ…転生者。多分クローヴィア(清水莉緒/ストーカー事件被害者/第二の被害者)
 悪役令嬢:アデル/石橋秋奈…転生者(ストーカー事件被害者)クローヴィア/最後の対象

「……なに、これ?」
差し出された紙を受け取ったルナは食い入るようにそれを見つめる。
そこに書かれていることを一言一句見逃さないと言わんばかりだ。
「私たちが把握している、この世界に転生してきた人物の一覧です」
そんなルナの疑問にアデルは答えたが、小休止とフィナンシェを食べていたルリアーナは「おや?」と思った。
普段のアデルならもっと詳しく説明するところだろうにと。
「へぇ、なんか、みんなストーカー事件の被害者って書いてるの、ね…!?」
そう思っていると紙を読んでいたルナが不意に目を大きく見開き、バッと勢いよくアデルを振り返る。
わなわなと体を震わせ、「貴女…」と呟いてアデルを見つめた。
「…私の名前を、覚えていますか?」
そんなルナに向かってアデルは淡く微笑みながら首を傾げる。
「覚えていますか?」ということは、彼女とルナは前世の知り合いであったということ。
アデルが先ほどルナの前世の名前を知っていた理由がわかり、ルリアーナは「そういうことか」と独り言ちる。
ルナの返答を待つアデルの表情は淋しそうでもあり、泣きそうでもあり、とても懐かしそうでもあった。
「あ、あた、り、…当たり前じゃない!!」
ルナはぐっと何かを飲み込み、しかし飲み込み切れなかったものが目から溢れて出ている。
「秋奈を、可愛い後輩を忘れるなんて、あるわけない!!」
「莉緒先輩…!」
「秋奈!!」
2人は互いを呼びながらしっかりと抱き合い、先ほどとは違う再会に浸った。
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