身代わりの月【完結】

須木 水夏

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幸せでいてください

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 お姉様。
 陽だまりの中で生まれたような、優しい私のお姉様。

 逢いたいです。



 貴女はいつの日まで、幸せだったのかしら。














 「お母さま!」

 息子の呼ぶ声に、月花は顔を上げた。
 
 初夏の頃、まだ人もまばらな海辺のレストランの、白いパラソルの下で物思いに耽っていた月花は、走ってこちらへとやってくる小学生になる息子の姿に微笑んだ。


月夜ツキヤ、砂に足をとられて転んでしまいますよ。」

 真っ黒な髪に青い眼の、咲夜にそっくりな少年は母のすぐ傍まで走ってくると、ニコッと笑った。

「平気!それに転んでも痛くないし!」
「ふふ、怪我をしてからでは遅いのに。…お父様とはーちゃんは?」
「あそこにいるよ。」

 椅子に座りながら息子が指さす方向を見ると、遠くの波打ち際で遊ぶ二人の姿が見えた。
 長身の咲夜が、赤いワンピースを着た小さな女の子を両手で支えて、打ち寄せる波を避けるようにして行ったり来たりしている。時折幼子の柔らかな笑い声が響いた。


咲花ハナはいいなあ」

 楽しそうに声を上げる妹を見て、少年はちょっとだけ唇を突き出した。
 それを見て、月花は微笑んだ。

「…月夜もお父様と遊びたい?」
「そりゃあ…でもいいの!ぼくはお兄ちゃんだから、こういう時は咲花に譲ってあげるんだ。咲花が寝た後にお父様に遊んでもらうんだ!」
「来年には、ちゃんも増えるのだから、頼みましたよ、お兄ちゃん。」
「うん!まかせて!早く出てきてもいいんだよ~」

 月夜はそう言って、大きく膨らんだ月花のお腹を小さな手で優しく撫でた。




 まだ性別は分かっていない。
 でもどちらであってもこの子には姉の陽日ハルヒの名前をつけるつもりでいる。

 三人目の命がお腹に宿ったことが分かった日の夜、どうしても姉の名前を付けたいと月花が咲夜に頼み込み、彼は泣きながらありがとうと何度も小さく呟いて。自分達のエゴだと分かっていても、どうしてももう一度会いたい、そして今度こそ必ず幸せにしようと、二人で誓った。


 皆で幸せになるのだ。今度こそ。



「おーいっ!」

 月夜が、波打ち際の咲夜たちに手を振る。小さな手がそれに振り返すのが見えた。


 何もかもが、幸せだった。こんなに幸せなのに、何かがずっと欠けてしまっている気持ち。
 





 お姉様。大好きなお姉様。

 毎日のように貴女の事を思い出して、貴女に逢いたいと今でも思います。

 この子が産まれたら、この子は貴女ではないけど、貴女を想うように愛します。


 だから。




 涙に滲む目を細めて、月花は夕日の落ちてゆく海を見つめる。お日様の彩る鮮やかな世界。あと何度この景色を見るのだろう。

 生きるという事は、明日を自分達で作っていくという事だった。上手くいくことばかりではない。失敗も沢山ある。今までもこれからも、たくさんの間違いを気が付かないうちに犯してしまうのだろう。失敗も間違いも、それで良いのだと思えるようになれたら、と月花は思う。
 穏やかに見えるこの時間も、かけがえのない人達も、何度も泣いて何度もぶつかってやっと出来上がった月花の宝物だ。決して平坦な道のりではなかった。
 同じ繰り返しに思えるこの時間を、大切にしていないと得られないものなのだと、今は分かる。

 捨てられない物もたくさん増えてしまった。あの頃、咲夜の為になら捨ててもいいと思っていた自分の命さえ、今はもう守りたいもの、そして生きて見届けたい景色があるから。




 だから。





 お姉様、私、


 幸せでいます。


 貴女をずっと思い出し続けられるように。










~完~







✩・✩・✩・✩・✩


初投稿を、読んでくださってありがとうございました。
『逃げる太陽』という話で、陽日視点のお話も投稿を本日18時にしてます。そちらも短めです。
ぜひ、お時間良かったら読んでください。((。´・ω・)。´_ _))ペコリン

 

 
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